第22話

 私たちの父は、琳 博文ブォウェン、母は翠蘭スイラン。あなたがテレビで見た通りです。若くして起こした会社が軌道に乗りかけた頃、長男の浩然ハオラン……兄が生まれました。二年後に次男の私が生まれた頃から業績は急上昇し、父は実業家として名を馳せるようになりました。父は日本に拠点を置き、あのマンションで私たち家族は暮らしていました。そして私が十一歳のとき、年の離れた兄弟が出来ました。男と女の双子でした。男の子の名前は莉静リージン、女の子の名前は、莉香リーシャン

 莉香は美しい子供でした。周りの大人たちはその微笑ほほえみに心をうばわれ、聡明そうめいで愛くるしい彼女のとりこになりました。一目見て愛さずにはいられない。莉香はそんな少女でした。一方、莉静は臆病おくびょうで引っ込み思案で、いつも莉香の後ろに隠れているような子供でした。その差は圧倒的で、両親の愛情も、より多く莉香に注がれました。会社の業績は順調で、後継あとつぎとなる長男は優秀、次男―僕という予備もいる。もう男の子は必要なかったんです。

 もう一つ、大きな理由がありました。残念なことに莉香は生まれつき腎臓じんぞう欠陥けっかんがあり、医者からは二十歳まで生きられないと言われていました。そのせいで両親は莉香を溺愛できあいするようになり、次第に莉静はかえりみられなくなっていきました。

 四歳の頃、莉香と莉静は幼児教室でマトリョミンを習いました。莉静の才能の片鱗へんりんが見えたのはその時でした。莉静のつむぎ出す音は、他の子供とも、先生たちとも全く違った。あまりにも鮮烈に、魂に響く音。天賦てんぷの才能と言えました。

 けれどコンクールに出たのは莉香の方でした。両親に気をつかった先生たちは莉香をめそやし、莉静の才能から目をらしたのです。

 その頃からでしょうか。幼児が物心ついて、自分と他人の区別が分かってくる頃です。莉香は、あざとさを身に着けました。自分が愛されていることを理解した上で、より多くの愛情を手に入れようとした。悪いことは莉静のせいにして、自分は被害者となり、また救いの手を差し伸べる女神を演じました。大人たちは、それを信じ、莉静を叱りました。気の弱い莉静は弁明べんめいすることも出来ず、ただ泣いていました。いや、無実を訴えても無駄だったことでしょう。大人たちは分かっていました。その上でなお、莉静に大人と同じ忖度そんたくを要求したのです。幼い莉静に理解できるわけがない。さぞかし辛かったことでしょう。

 六歳になる少し前から、莉香は体調をくずすことが多くなりました。医者からは早急に移植いしょくをしなければ命にかかわると言われました。莉香の状態をかんがみると適合率の高いものでないと危険だとのことで、両親は血眼になってドナーを探しました。あらゆる国に提供者を求め、時には闇ルートも含めて探しても、莉香に適合する腎臓は見つかりませんでした。一年かけて探しても見つからない。絶望に沈みかけた時、一条の光が見えました。

 それは残酷な光でした。双子の弟、莉静に白羽の矢が立ったのです。

 白血球の型が完全に一致する確率は、兄弟で四分の一だそうです。検査の結果、兄と私は不適合でしたが、莉静だけは見事に適合しました。両親は涙を流して喜び、大人たちは掌を返したように莉静を持てはやしました。母は莉静を抱きしめて言いました、「あなたは私のほこりよ」と。

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