第14話

 リーシャンは不思議な子だ。消えてしまいそうに儚げな佇まいの中に、磁石のように人を引き付ける何かがある。素直な眼差しで見詰められると、何故か志乃は不安になった。

『ユキノ』

 愛おし気に呼びかける声は鼓膜こまくを通して、胸の奥にある何かを震わせる。この感情は何だろう。恋愛感情ではないような気がする。けれど志乃はリーシャンが愛おしい。守ってあげたくなる。母性に近いものだろうか。たった三歳しか違わないのに。

『ユキノ、明日も来る?』

 志乃はここに来ている事を友人にも家族にも内緒にしていた。上昇するエレベーターの中でスマホの電源を落とし、外界との繋がりを絶つ。この青い部屋でリーシャンと過ごすひと時は、いつしか志乃にとって何者にも邪魔されたくない大切な時間となっていた。


「また失敗~。悔しい」

 お昼に浩宇が置いて行ったパズルは、非常に難しかった。ヘキソミノというらしい。正方形が六個つながった色々な形のピースを箱に納めていく。何度やっても最後のピースが入らない。志乃は何回も箱をひっくり返して、パズルと格闘していた。

「ユキノ」

 囁くような声と共に、右肩が重くなる。

「なあに、リーシャン」

 返事がない。柔らかなコロンの匂いがした。顔を動かすとリーシャンの髪が頬に触れた。そのままずるずると頭が滑り落ち、志乃の膝で止まる。

「寝ちゃったの?」

 退屈だったのだろうか。呼びかけた声は寝言だったのだと思うと、胸がきゅんと音を立てた。柔らかな髪を掻き上げると、子供のような寝顔が見えた。少し大きめで形の良い耳が目の前にある。志乃は顔を近づけ、そっとささやいた。

「好きよ、リーシャン」

 リーシャンの睫毛まつげが揺れた。あわてて顔を離すと、まぶたが幾度か震えた後、リーシャンは目を開けた。

「ユキノ?」

 聞かれただろうか。少々決まりが悪くて、志乃は目を逸らせた。

「ユキノ、こっち向いて」

 ねじれの位置に互いの顔があった。不思議なことに、この角度だと視線がぴったり合う。奇妙な形で見詰めあったまま、少しだけ時間が過ぎた。

「ねえ、ユキノ」

 志乃のひざで仰向けになったまま、リーシャンが言った。

「来年の夏、僕が十八歳になったら」

「ん?」

「結婚しよう、ユキノ」

 真っ直ぐな、幼気いたいけとも思える視線だった。

「リーシャン」

 幼稚園の頃、仲良しの男の子と結婚の約束をした。幼い、他愛ない指切り。リーシャンのプロポーズは、それを思い出させた。

「ありがとう、リーシャン」

 志乃はリーシャンの目を見て微笑んだ。愛おしさが胸に溢れて泣いてしまいそうだ。

「でも、返事はしばらく待ってね」

 そう言うと、リーシャンの眉が下がった。

「どうして?」

 不安そうに言うリーシャンに、志乃は優しく笑いかけた。

「大人だからよ」

 曖昧な表情のまま黙り込んでいたリーシャンは、しばらくして小さく頷いた。

「うん。待ってる」

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