第12話

 浩宇が戻って来て初めて、ずいぶん時間が経っていたのに気が付いた。夕飯を一緒にと言われたが、さすがにそれは断り、志乃は部屋を後にした。

「ありがとうございました」

 エレベーターに向かう廊下で、浩宇は言った。

「また来てやって貰えますか?」

 志乃が言葉を返す前に急いで言葉を継ぐ。

「あの子は少し変わっていますが、優しい、いい子なんです。もしご迷惑でなければ」

 そう言って浩宇は言葉を切る。少しだけ沈黙があった。

「はい。喜んで」

 志乃の返事を聞いて、浩宇はほっとしたように笑った。

 連絡先を交換し、来週また来る約束をして、志乃はひとり直通エレベーターに乗った。


 志乃ゆきのはペントハウスに通うようになった。バイトの時間が減るのを気にしてか、浩宇ハオユー豪華ごうかな昼食を用意してくれた。初めは辞退じたいしたが、一緒に食べてくれた方がリーシャンの食が進むからと言われるとことわり切れず、ご相伴しょうばんにあずかることになった。と言ってもリーシャンはいつも、志乃の半分ほどしか食べないのだが。

 リーシャンは志乃のことを知りたがり、大学での授業の話を目を輝かせて聞いた。時折り質問を挟むので理解しているのが分かる。しかし聡明そうめいなのかと思いきや、驚くほど世間知らずで子供っぽい。不思議ちゃんだ。そしてハープやピアノを奏でるリーシャンは、とても素敵だった。

 彼はいつから此処ここにいるのだろう。そして、この部屋を出たことがあるのだろうか。いつでも電源ランプが点いている天井の隅の監視カメラは、防犯の為というよりは見守りに近い。どんな事情があるのだろう。いてはいけないような気がした。秘密を暴こうとすれば何かが壊れてしまいそうな気がして、志乃は問いかけたい言葉をそっと胸に仕舞い込んだ。

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