第9話
「先日は大変失礼しました」
そう言ってハオユーは頭を下げた。テーブルに置かれた名刺は、横文字で書かれた職業の下に「
「今日はお願いがあって」
注文した品が運ばれてきて、浩宇はそこで言葉を切った。どうぞと言うように手でパフェを勧める。間が持たなくて、志乃はストローを手に取った。
「実はリーシャン……弟が、今日十七歳の誕生日で」
弟? 兄弟なんだ。でもずいぶん歳が離れているように見える。
「十一歳下の弟です。訳あって、あそこに一人で住んでいます」
そう言って浩宇はアイスコーヒーを掻きまわした。涼し気な氷の音がしてクリームが混ざっていく。
「私が君を追い返してしまってから、二か月経っても機嫌が直らなくて困っています。誕生日に何が欲しいか聞いたらユキノに会いたいと言って。無理だと言ったら拗ねて寝室に閉じこもってしまった。こんな風に駄々をこねる事など、今まで一度もなかったのに」
溜息交じりに浩宇は言った。次の言葉を探しているのか、また
「こんな事を
氷の音が鳴った。
「会いに来てやって貰えないでしょうか」
驚いて顔を上げた志乃の目の前に真剣な顔があった。「お願いします」と頭を下げる。状況に付いていけない志乃は、とりあえずパフェにスプーンを刺した。
冷たいパフェが頭を冷やしていく。浩宇は志乃の名前を知っていた。通っている大学も、おそらくは
ふと、弟に拗ねられて困り果てている浩宇を想像して可笑しくなった。
「分かりました。伺います」
あの眼差しを疑ってはいけないような気がした。そして志乃は、彼が住むあの世界に
「本当ですか。ありがとう」
ほっとしたようにそう言って、浩宇はすっかり氷が溶けたアイスコーヒーに手を付けることなくレシートを手に取った。
車をまわしてきますと言って浩宇が席を立った後、志乃は残ったアイスティーを飲み干し、水のグラスも空にした。喉が渇いて仕方がなかった。
のろのろと立ち上がり店を出ようとした時、ちょうど入って来たカップルとぶつかりそうになった。
「しーちゃん」
驚いたように声を上げたのは、水野直樹だった。そして隣には斎木めぐみがいた。
こんなところで会いたくなかった。一瞬の表情から読み取れたのは、申し訳なさという名の
ふと直樹たちに目をやった浩宇は、何を思ったか志乃の背中に手をまわした。エスコートするように肩を抱いてドアに向かう。めぐみの表情が優越感から嫉妬と羨望に変わるのを見て、志乃は何故かむなしさを感じた。
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