第19話 球技大会⑤

「おぉ」


俺は学年の垣根を越え、相良先輩と練習に励んでいた。

相良先輩のサーブが相手コートに突き刺さる。

かなりのスピードだ。


「返すのかよ、すげぇ」


相良先輩のサーブを最も簡単に返した女テニの副主将。

この人もかなりの実力者のようだ。


「俺狙いか」


副主将は俺の足元を狙って来る。

俺はもう一人に弾き返した。


「おぉ、椎名すげぇ」

「あざっす」


もう一人は追いつけず、悔しそうにする。

俺は声を上げた三年生に会釈した。


「ナイスよ、椎名くん」

「あざっす」


相良先輩とハイタッチを交わすと男子から刺すような視線が注がれるが俺は無視し、相良先輩に笑顔を向ける。

そして、この後もラリーが続き、俺と相良先輩の息は段々と合っていく。

相良先輩が合わせてくれているのか、俺が着いて行けてるのかはわからないがダブルスは楽しい。


「今日はこの辺にしておきましょうか。

椎名くん、この後空いているかしら?」

「はい」

「よかった」


日も暮れて来た。

俺は頷き、更衣室へ向かう相良先輩に着いて行く。


「あとでね」

「はい」

「なぁ、椎名」

「なんすか?」

「相良は機嫌を損ねると大変だから気をつけろよ」

「はい」


更衣室の扉の前で別れた俺と相良先輩。

俺は先に着替えていた先輩と話す。

相良先輩にそんなイメージはないがそれは後輩だからなのだろうか。


「カフェでお茶しましょう。」

「はい」


更衣室を出ると既に相良先輩は着替え終えていた。

相良先輩の言うカフェとは巷で人気のオシャレなカフェだろう。


「ここのカフェは行きつけなの」

「そうなんですね

何がおすすめですか?」


女子だらけの空間に男一人というのは非常に辛いものがある。

俺はメニューを手に取り、先輩に見せた。


「パンケーキね。

ここのは生クリームがたっぷりで美味しいの」

「じゃあ、それにします」


麗蘭や歌恋、凛も好きそうな感じだな。


「私も」


嬉しそうに微笑む先輩。

俺は微笑み返し、注文した。


「椎名くん、スポーツで1番楽しい瞬間って何かな」

「勝ったときじゃないですかね」


逆に負けた時はクソつまらないのがスポーツだと思う。


「それはなんで?」

「負けるとつまらないじゃないですか。

運動神経悪い子がスポーツやってもつまらないのと一緒で自分の思う通りに出来ないのが1番悔しいし、つまらないと思います。」

「そっか」


俺の返しを聞いた相良先輩はどこか寂しそうに頷く。


「私はね、わからない。

違うな、わからなくなっちゃった。

今ね、テニスやってても楽しくないの。」


ため息を吐く先輩。


「燃え尽きたとかですかね?」

「かもね。」


ほとんどのタイトルを手に入れ、日本代表にまで選出された先輩は目標を失ってしまったのだろうか。


「一度離れてみるのも手かなと思ってる。

ちょうど、やりたい競技もあるし」

「へぇ、どんな競技ですか?」

「野球」


俺は驚き、言葉を失った。

まさか、先輩が野球をやりたいと思っていたなんて想像すらしていなかった。


「何故ですか?」

「キミがいるから。

私、椎名くんのことが好きなの。

本当に。」


先輩は頬を赤く染めながら優しい声色を放った。


「俺とペアを組んだのも?」

「うん」


俺はかなりを間を開け、尋ねた。

先輩は小さく頷く。


「相良先輩じゃなくて、梨依奈、もしくは梨依奈先輩と呼んでほしい。」

「わ、わかりました」


あの先輩が頬を赤く染めながらお願いする。

俺は声を震わせ、顔を真っ赤にした。


「梨依奈先輩」

「なに、遥斗」


口調を変え、俺よりももっと顔を真っ赤にする先輩。

ーーか、可愛いすぎる!


「あ、明日絶対勝とうな」

「う、うん!」


某アニメの主人公キャラの代名詞、ファイトだよ!をする先輩。

ーーやばい、先輩可愛すぎる


「お、お待ちどうさまです」

「ありがとうございます」


ニヤつく店員が来るとキリッとする先輩。

かっこいい、かっこよすぎる。


「食べよっか」

「はい!」


そして、甘い純粋無垢な笑顔を見せる。

俺のテンションは過去にないほど上がる。


「美味しいですね」

「そうだね」


一緒に食べてるだけで幸せなこの時間。

一生続いて欲しい至福の時間だ。

だが、こういう時間ほどあっという間に過ぎ去ってしまう。

たわいもない雑談をしながら食べるパンケーキはみるみるうちに減って行き、あっという間になくなってしまった。

最後に俺は名残惜しさを紛らわすためにスプーンを舐めた。


「また来ようね」

「是非」


執事の方が運転する車に乗り込み、手を振る先輩。

俺は手を振り返し、満面の笑みを向けた。

明日も来たいくらいだ。


────────────────────


「お嬢様、あの殿方とは上手く行ったのですか?」

「そうね、かなり進んだかも。」

「それはそれは。」

「恋って青春ね」

「そうですね」


私はばぁやと話しながら外を見る。

確定している未来から少しだけ逃げるために。

ーー許嫁が遥斗だったらなぁ。

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