ワンデイ

たぬきち

ワンデイ


 快晴の空の下、微かなエンジン音を響かせながら軽自動車を走らせる。


 バックミラーを確認しながら駐車場に車を止め、外に出ると俺は手を空高く上げて伸びをして長距離の運転で固くなった身体を解す。


「ふぐぅ~~~つかれた~~~」


 久しぶりの長距離運転のせいか思ったよりも疲れてしまった。


「これから楽しむって時になんで疲れてるんだろうな」


 なんて苦笑いしながら独り言を呟くと車の中から元気な鳴き声が聞こえてきた。


「お、わるいわるい、すぐに出してやるよ」


 車のドアを開けると元気よく薄茶色の柴犬が飛び出してきた。


「ワンッ! ワンッ!」

「相変わらず元気だな、イチロウ」 


 こいつの名前はイチロウ、俺の愛犬だ。 今日はこいつと一人旅ならぬ一人一匹旅をしている。


 元気に回りまくっているイチロウを横目に俺は荷物を車から出して移動の準備をする。


「いくぞ、イチロウ」


 俺が声をかけるとイチロウは尻尾を振りながら後ろを付いてくる。


 受付を済ませて、そこの敷地内に入ると荷物を置く。


「ついたぞ、イチロウ今日はここがお前の庭だぞ……ってもうお楽しみですか」


 俺がいう前にイチロウは走り出して回りだす。 


「さてと」


 ここはペットもオッケーなキャンプ場、今日は俺達はソロ一匹キャンプを楽しみに来たのだ。 因みにキャンプは初心者でやったことすらない、だから、超絶ド素人ソロキャンナウだ。 失敗に終わる気配しかありませんな!


 なんて考えながらもリュックの中からテントの用意を取り出す。 まずは、寝床を作らないとな。


 説明書をみながらテントを組み立てていく。




「……できた」


 数十分程時間をかけてようやく完成させることができた、なんでそんなに時間がかかったかって? そりゃあ……テントの中に目を向ける、そこには大変満足そうにテントの中でくつろいでいるイチロウの姿があった。 まあ、簡潔にいえばイチロウくんがやんちゃをしていたとでも云っておきましょう。 テントのペグを口にくわえて走り回っていたり、シートの上に乗ってどいてくれなかったりな。


 溜息をつく俺を知ってか知らずか、イチロウはテントから出てきて、また外に走っていく。


「楽しそうでなによりですよ」


 イチロウを見送ると折り畳み式の机と椅子を用意して軽く生活スペースを作り、貴重品をバッグに詰めるとそれを肩にかける。


「おーい、イチロウいくぞー」


 声をかけるとイチロウは走って戻ってくる。 そして、俺が歩きだすとその後ろを着いてくる。


 しばらく歩いて行くとちょっとした坂道についた。 そして、その坂道を登って行くと少し開けた場所に出た。


「うおーすげーな」


 そこは、展望台の様な場所だった。このキャンプ場は少し高い山の上にありそこから街並みや少し離れた海までみえた。


「眺めもいいしここでごはんにでもするか」


 近くにあった椅子と机にバックを置くとコンビニのパンなどを取り出しイチロウのごはんもだす。


 食事を済ませると俺達はしばらく景色を楽しんだ後、キャンプ場にあるドッグランで沢山楽しんだ。


 そして、日も傾いてきて空が少し暗くなりはじめたので自分達のテントに戻った。


「よし、まずは灯りの確保だな」


 荷物をあさりあるものだす。


 それは、数本の木の枝と木の板と紐だ。


 俺が持ってきたのは舞ぎり式の火起こし器だ。 キャンプの火起こしといったら枝で火を起こすのを憧れる。 だが、ド素人がそれに挑戦しても失敗してしまうのは目にみえている。 だから、この火起こし器だ。


「えーっと、なになに……」


 『主軸(錐)を火床材にこすり合わせて火種を作ります、紐をつけた取っ手を下に押し下げることで、錐を回転させる。 そして、取っ手の下には回転を安定させるための「ハズミ丸材」が付いている。 この火起こし器は、ハズミ丸材が大きくて重いので、軽い力で錐を回転させることができる』………らしい!


 説明書をざっくり抜粋するなら、紐の付いた枝を上下に引っ張って主軸の枝を回転させて火種を起こすのか。


「とりあえず、やってみるか」


 火起こし器を組み立てて説明書通りに紐の付いた枝を上下に引く。 すると、主軸の枝が回転しだして敷いている板(ズキ板っていうらしい)の空いている穴に回転して摩擦を加えていく。


「お、これなら楽勝じゃないか」


 ………と、思っていた時期が俺にもありました。


「…………」


 あれからどれだけの時が過ぎたのだろうか…………多分、一時間ぐらいかな?


「…………」


 俺はとても疲弊した眼で火起こし器をみる。


「…………」


 もう主軸の枝は短くなりすぎて回転させるのもできない。  死んだ眼をしている俺の横でイチロウは寝転がり欠伸をしている。


 イチロウ……俺は知っているよ……俺が必死こいて火種を起こそうとがんばっている横で火種を起こしたら入れる為のかんなくずの入った銀皿におしっこをかけていたことを……。


 この状況、ド素人なのにどうしろうと!?


 心の中で叫んだ俺は静かに鞄からランタンを取り出すとスイッチを入れる。 すると、ランタンからオレンジ色の光を放ちはじめる。


「これぞ文明の利器ですな」


 火起こしはよかったのかって? いいんです、食事はコンビニのおにぎりとペットボトルのお茶ですませます。 キャンプたのしーーーーーー!!


「イチロウ、ごはんだぞ」

「ワンッ!」


 缶詰の餌をお皿にだしてやると、イチロウは尻尾を振りながらかぶりついた。


「おいおい、おなかすいてたのか?」


 俺は笑いながらいうと、自分も食事をする。


 食事を終えて片づけを済ますともう外は真っ暗だった。 だけど、空を見上げると星がキラキラと輝いていた。


「……きれいだな」


 俺は無意識に呟いていた。 星をみるのなんて何時ぶりだろうか……ここ数年いや、十年近く夜空を眺めたことなんてなかったかもしれない。 当たり前の様に家の灯りがあるから空なんて見向きもしなかったからだろうか……それとも、俺が下を向いて生きてきたからだろうか……。


「……クゥーン」


 哀しそうな声が聞こえてきてそちらに目を向けるとイチロウが心配そうに俺をみていた。


「なんだイチロウ、もしかして、心配してくれてるのか?」


 俺はしゃがんでイチロウに目線を合わせるとイチロウを撫でる。 そして、一言、シンプルな気持ちを伝える。


「ありがとな」


 俺の心からの言葉が通じたのか、イチロウは尻尾を振りながら俺の周りを回り出す。


 夜空をもう一度見上げながら考える。


 人生っていうのはなにが起こるか分からないし唐突に大切なものを失うかもしれない。 だから、今を、今日という一日を今日しかない『ワンデイ』をこいつといつまでも楽しみたいと俺は心から思った。


「またこような」

「ワンッ!」


 イチロウの元気な鳴き声が夜空の下に響いた。



                  『ワンデイ』  完



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