第5話

 □■□



 <通学路>


 昨日下屋敷さんからこんなメールが届いた。


『明日の放課後、作戦を実行します。


 学校が終わったら、地図の場所に行ってほしいです。そこで押沢さんと岩成さんが喧嘩をしているので良きタイミングになったら(押沢さんがピンチの場面)助けてあげてください。


 決して喧嘩はしてはいけません。押沢さんと一緒に逃げてくださいね。


 よろしくお願いします』



 放課後、メールで来ていた地図の場所に向かう。その場所は人気も少なく、何かしたりされたりするにはうってつけの場所であった。普段なら絶対に近づかない場所だ。


 到着すると男女が言い争っている声が聞こえた。物陰から覗いてみると下屋敷さんの予想通り、恵美と岩成くんが口論をしていた。


「お前、マジありえないわ」


「だからさっきから何言ってるのか意味不明なんだけど」


 二人ともかなりヒートアップしているように見える。何が原因で喧嘩しているのだろう。


「お前……。あんな卑怯なことしていて知ら切るとかマジでありえねえから」


「は? 被害妄想もいい加減にしてよ。私は何もしてないって何回言ってるじゃん!」


「………………もういいわ。とりあえず一発殴らせろ」


「嫌に決まってじゃん。何言ってるの?」


 岩成くんが我慢の限界を迎えたのか恵美に近づき、胸ぐらを掴む。


「きゃっ!? な、何すんの離してっ!!」


「お前が俺にやったことだぞ!! あの時めちゃくちゃ痛くて本気で死ぬかと思ったんだからな!!」


「やめっ……痛、だ、誰か助けてーーっ!!」


 今が下屋敷さんが言った良きタイミングに違いない。


「め、恵美っ!!」


 二人の前に勢いよく飛び出す。


「……ち、千尋っ!?」


「何でこんなところにお前が……」


 この場所に僕がいることに驚いている二人。こんな人気がなくて、僕の家もここから逆の方向にあるのだから何でいるんだって思われても当然だ。下屋敷さんの指示になければ絶対に通らないところだもんな。


「い、岩成くん。恵美が嫌がってるから手を離してあげて」


「は? お前には関係ねえだろ黙れよ!」


「で、でも暴力は良くないよ」


「……うぜえなお前」


 岩成くんは恵美から手を離すと僕の方に近づいてくる。


 よし。早く恵美と一緒にここから離れよう。


「今さら彼氏面してんじゃねえぞ。くそっ!!」


「……っ!?」


 岩成くんが僕の頬にパンチを繰り出してくるが、避けることもできずそのままくらってしまいその場に倒れ込む。


「ち、千尋!?」


 …………痛い。ものすごく痛い。殴られたところがズキズキして、口の中で血の味が広がる。


「俺に恵美を取られた情けねえ奴が俺に向かって指図してんじゃねえよ!!」


 倒れている僕に岩成くんが何度も蹴りを入れてくる。


 このままだと逃げようにも逃げられない……。恵美もどうしたらいいのかわからず泣いている。


 ヤバい。いっぱい蹴られ過ぎて……体が────。


「君たち、何してる!!」


 万事休すかと思ったその時、スーツを着た男性3人組が僕たちを見つけてくれた。


「た、助けてくださいっ!! この人が私たちをいきなり殴ってきて」


「はぁ!? めぐっ……てめえ……ふざけんなよっ!?」


 岩成くんが恵美に近づこうとすると男性たちが駆け寄ってきて岩成くんを取り押さえる。


「お、おい、こいつが先に俺を……離せよっ!?」


 よかった……助かったみたいだ。


「ち、千尋っ!! ああ……は、早く救急車っ!?」


 恵美が呼んだ救急車で僕は病院に運ばれたが、運よく軽症でその日のうちに家に帰ることができた。


 それにしてもあんな人気のない場所に人が来てくれるなんてすごい偶然だな。あとであの人たちにお礼を言わないと。





 □■□





 <下屋敷家の一室>


「……………………んっ」


「こんばんわ」


「し、下屋敷さん? ここ……は」


 目を覚ますと俺の前に下屋敷さんが立っていた。動こうとするが手足が椅子に縛られていて動けない。


 周りを見渡すも何もなく、俺と下屋敷さんしかこの部屋にはいない。


 俺はなんでこんな格好で………………………………思い出した。


 恵美に仕返ししようとしたら男たちに取り押さえられて、それで……。


「岩成さん。あなたはよくやってくれました」


「…………は? 何言ってるんだよ下屋敷さん」


「私の思い描いた通りに動いてくださり、春日井くんを害虫から救ってくれた点はとても感謝しています」


 下屋敷さんが何を言っているのか意味不明だ。害虫? よくやってくれた?


「でも……春日井くんを先ほど傷つけてきたことに関しては償ってもらわないといけません」


 下屋敷さんはゆっくり近づいてきて目の前に立つと俺の首元に何かを当ててくる。


「いつっ!?」


 その瞬間、体中にとてつもない痛みが駆け巡った。


「うああああああああああああああああああっ!!」


「騒々しい。少し電気を流しただけ大袈裟ですね」


 あまりの痛さに動き回り、椅子が倒れる。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!


 下屋敷さんの手元を確認するとスタンガンのようなものを持っていた。


「な、なんでこんなことすんだよっ!? 俺何もしてねえだろがよっ!!」


「春日井くんを殴った。だからです」


「だ、だから? そんなの下屋敷さんには関係ないじゃねえか!!」


 春日井を殴ったからといって俺がこんな目に遭わないといけないなんておかしい。やっぱり俺は何も悪くないじゃんか。


 俺は訳も分からず男たちに殴られた。その男たちに俺を殴るように指示したのは恵美だって下屋敷さんに教えてもらったから仕返ししようとしただけだ。


 それを邪魔した春日井を殴って何が悪いんだ。あんな恵美クズを庇う春日井が悪いんだろうがよ!


「はあ……。あなたと話しているとストレスが溜まって吐き気がします。もう交代しましょう」


「こ、交代?」


「もう入ってきて大丈夫です」


 下屋敷さんが扉に呼びかけるとぞろぞろと男たちが入ってくる。


「こ、こいつら、あの時の……」


 入ってきた男たちの中には俺をいきなり殴ってきた奴や取り押さえた奴もいる。


「ど、どういうことだ……なんでそいつらが一緒に」


「この人たちはお父様の下で働いている方々なんです」


 下屋敷さんのお父さんの部下……。ますますわからない。じゃあなんでその部下が俺を殴ったり、取り押さえたりしてんだ。


「なにが……」


「私がお願いしたんですよ。岩成さんを殴ってほしい、岩成さんが暴力を振るっていたら取り押さえてほしいと」


「なんで……そんなこと」


「春日井くんのためです。私は春日井くんの彼女になれるのなら手段を問いません」


「じゃ、じゃあ俺はそんなことのためにあんなに殴られて、今もこんな酷い目に遭ってるのか?」


「その通りです。岩成さんは私の思い通りに動いてくれました。単純なお馬鹿さんで本当によかったです」


「下屋敷…………お前、俺を騙したんだな!!」


 恵美も俺も何も悪くなかったんだ! 全部この女の罠だったんだ!


「絶対許さねえ!! 今すぐこの縄を解けよ!!」


「解くわけないでしょ。頭が湧いてるのですか?」


「下屋敷っ!!」


「銀華様」


「ええ。いっぱいいじめてあげてください」


「…………は? い、いじめ? お、おい何言ってんだ……」


 下屋敷の合図で男たちが俺を囲い始めた。男たちは刃物やスタンガンなどの凶器を持っている。


「苦しめて苦しめて苦しめて……生きていくのも嫌なくらい苦しめてあげてください。その後は皆さんにお任せします、煮るなり焼くなり好きにしてください」


「う、嘘だろ。や、やめろ……」


「今までご苦労様でした。さようなら」


「お、おい! 下屋────」


 バタン。扉の閉まる音が部屋に響いた。


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