6
夜の入口に立つ街を、二人で歩いた。
トバリにとっては、目に映るすべてが面白いのかもしれない。信号を一つ越える間、彼女の関心は二重振り子のようにあっちへ行ったりこっちへ行ったりする。見た目に反して、小さな子供のようだと思った。
夕空が取り払われ、剥き出しの宇宙が頭上に広がるようになってから、一気に人通りが減っていた。まだそんなに遅い時間ではないけれど、体感的には結構いい時間だ。みんな、世界最後の日は家族でゆっくり過ごしたいのかもしれない。店の明かりも消え始めている。シャッターが下りているところもあった。
街が、眠りに就こうとしている。
「静かだね」
トバリが小さく呟いた。
「退屈?」
「ううん」
大きな街の大きな道を、僕たち二人だけが歩いている。反対方向に走る車とすれ違ったきり、その他の人間は一切消え去ってしまったかのように静かだった。映画撮影のセットの中を歩いているような気分になった。
視線を少し前の方に投げると、トバリのバッグが目に入る。ぬいぐるみが彼女の軽い足取りに合わせて揺れていた。
あの中には、一体何が入っているのだろう。
トバリは「少し重い」と控えめな言い方をしていたけれど、あの時感じた重さは、その程度のものではなかった。引っ張られるような、感じたことのない重さ。
ある直感が、僕の頭に浮かんできた。
僕はそれをどうするか少しだけ悩んだけれど、頭の片隅に留めておくことにした。根拠のない納得感はあるものの、突飛すぎるように感じられたからだ。
その考えを彼女に伝えてみることはしなかった。
そうして僕たちはしばらく歩き続けた。どれくらい歩いたかは分からない。何せ、時計が意味を成さないのだ。GPSやジャイロセンサもおかしくなっていて、正確な位置情報は望めない。たぶん、時間に影響されて加速度もめちゃくちゃになっているのだろう。地図を開けば、僕たちは海の真ん中にいるようだった。
「夜の海……」
「何か言った?」
僕の少し前を歩いていたトバリが振り返った。
「ああ、いや。ほら、これ」
現在位置を表示した地図の画面をトバリに見せると、彼女はゲームセンターの外で見せた、あの神聖な微笑みを浮かべた。ちょうどあの時と同じように、月明りが彼女を仄かに照らし出している。僕はその時になってようやく、彼女の表情に見惚れていることを自覚した。
「じゃ、行こうか」
そう思えば荘厳な、けれどやっぱり軽い感じのする声で、彼女は僕を誘った。その声には耳を通って直接脳を撫でるような響きがあった。
「行くって、どこへ?」
「夜の海」
「どうやって?」
「どうしようかな」
「何か考えがあった訳ではないの?」
「考えるのなんて、いつだっていいじゃない」
「でも、バスや電車だっていつまでも動いているわけじゃ……ああ、そうか」
今日に限って終発というものは存在しない。彼女はきっとそう言いたいのだろう。
その事態に、僕は小さくない動揺を覚えた。
彼女は、明日は明日が来ないことを知っている。
どうしてか、彼女がそれを知っていることは、僕にとって驚きに値することだった。あの直感を半ば否定したのも、そのことが原因だった。
そして、それを彼女に知られることはまずいという直感。
普段は深い眠りについている僕の直感が、この非常事態にあって逞しく機能しているようだった。僕は自分の中の自然の部分に感謝を覚えた。
通りがかったバス停のベンチに、僕たちは並んで座った。
待っているうち、天気予報の通り、真っ黒な空から灰色の雪が降り始めた。僕はコートのボタンを一番上まで閉めた。
トバリも上着を着ているとはいえ、足元は寒そうだった。スカートから伸びる細長い脚が、積もり始めた雪の上で黒くなめらかに映えている。
「寒くない?」
「少しだけ」
「何か温かい飲み物を買ってこようか」
「もうすぐ来るみたい」
僕が立ち上がると同時に、遠くから鋭い光が来るのが見えた。
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