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バスの後部座席に座った僕たちは、特に言葉を交わさなかった。

広い車内は暖房が効いていた。その暖かさを享受しているのは、僕たち二人と運転手の三人だけだった。乗った時にはもう一人乗客がいたけれど、その人もすぐに降りてしまった。

雪が降る夜道を、細かな振動に揺られながら進む。窓には僕たちの顔が反射するばかりで、外の様子はよく分からない。窓際の席に座るトバリも、早々に外を眺めることを諦めたようだった。

僕の位置からだと、彼女が起きているのか寝ているのかは分からない。寝ていたとしても、寝息はエンジン音に埋もれていただろう。

真っ直ぐな黒い髪が、凹凸に沿って滑らかに流れていて、その立体的な動きを強調するように、天井の蛍光灯が無遠慮な光を放っていた。頭の一番上のあたりでは、天使の輪っかのように反射していて、狂いのない精密部品のような印象があった。

大きなものが動くときには、地の底から響くような重苦しい音がするものだ。このバスのエンジン音みたいに。

僕の心の奥底で、そうした原始的な振動が暴れようとしているのを感じていた。初めての感情だった。今日は初めてのことが多い。きっといろいろなことが、明日に取り残されないように、急いでやってきているのだと思う。

座席に深く座り直し、僕はニュースに目を通した。

トップには、例の科学者たちの会議のことが書かれていた。時間の停止を回避する手立てはなく、世界はこのまま明日に到達しないことがほとんど確実とのことだった。それが言葉以上のどのような意味を持つのかを、僕はまだよく分かっていない。僕に言えることは、もつ鍋が食べられそうにないということだけだった。

今は何時くらいか。もう何度目か分からないその疑問を感じた瞬間になかったことにするのにも、だんだん慣れてきた頃だ。

僕たちに残されているのは、主観的な時間だけ。それは誰かと共有できるものなのか。

家では今頃、僕が帰ってこない事を心配しているかもしれない。たまに確認しているけれど、そういった連絡は今のところ来ていない。この今という概念が機能しているのかさえ、確かなことではないのだ。僕の今と家族の今は同時刻ではないのかもしれない。

そう思うと、トバリとこうして一緒にいることがとても意味のあることのように感じられる。実際に時間を共有することでしか、僕たちは誰かと繋がることができなくなっていることに気付いた。

だから、次に目を開けた時には、僕は漠然とした恐怖を覚えた。

「起きて。着いたよ」

トバリの声で目を覚ました僕は、眠りによって断絶された記憶と今が本当に連続したものなのか、確信が持てなかった。

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