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結局、トバリが一勝を掴むまでに、僕たちは二千円も使うことになった。
「難しいのね。でも楽しかったわ」
彼女は満足げに言った。僕の方も、全くの初心者から成長する様子を見ることができたのは、それなりに面白い経験だった。
「他にも、楽しいことを教えてくれる?」
格闘ゲームを満喫した彼女は、まだ遊び足りない様子だった。結構時間が経ったような気もしたけれど、時計を見ると、まだ三十分くらいしか経っていなかった。明らかに、時間の進みが遅くなっている。
辺りを見回す。メダルゲームのエリアには相変わらずおじさんたちが渋い表情で居並んでいた。反対に目を向けると、一度だけプレイしたレースゲームの座席が空いていた。僕たちはそこに並んで座った。
「これは、運転席?」
「そう。運転の速さを競うゲーム」
「ふうん」
トバリは興味津々といった様子で座席のあたりを触っている。シフトレバーをガチャガチャと動かすのが楽しいようだ。僕も座席の位置を調整した。
硬貨を二人分入れると、キャラクターと車の選択画面になった。キャラクターを選ぶことにどんな意味があるのかは分からなかった。たぶん、運転性能には影響無いだろう。僕はどちらも深く考えず、デフォルトのものを選んだ。選択を迫られるたび、アクセルを踏んで先へ進んでいく。その軽快さには何ともいえない心地よさがあった。
僕がそうしてすべてを選び終わったのとほとんど同時に、トバリも準備が整ったようだった。見れば、僕と全く同じ状態になっている。
「条件は揃えないと、公平じゃないでしょう?」
「まともに勝負になればいいけど」
「自信があるんだ」
「いや」
画面の端に赤いランプが表示され始めた。五つすべてが点灯し、それらが一斉に青になった。レース開始だ。
僕はアクセルを強く踏み込んだ。エンジンがけたたましく吹き上がり、タイヤがキュルキュルと音を立てながら滑ったように走り出す。踏んだ分だけ進むわけではないというのが、レースゲームの難しさだと思う。
タコメーターの針が右上の赤い部分に到達するのを確認して、シフトを一つ上げる。するとエンジン音は重く響くようになり、また次第に上滑りしたような音になっていく。その繰り返し。慣れた人だと、音を頼りに適切なシフト操作ができるらしい。
そうして十分加速したところで長かった直線が終わり、カーブが連続するようになった。ブレーキをかけながらマップを見ると、この先もしばらくはうねうねと進むようだった。僕は慎重にハンドルを切りつつ、横目にトバリの様子を見た。
彼女はしっかりとハンドルを握りしめ、脚をピンと伸ばしてアクセルを踏み続けている。けれど、スピードが全然出ていなかった。二台の位置を示すアイコンは次第に離れていっている。
「シフトレバーを二速に入れて」
「ニソク?」
「さっき動かしてたレバー。あれを数字の順に動かしていくと、速く走れるようになるよ」
言われた通りにレバーを動かすと、トバリの運転する車が息を吹き返したように加速し始めた。それが面白かったのか、彼女はどんどん重いシフトに上げていくけれど、加速がそれに追いついていない。僕も前回はこんな感じになったから、気持ちはよくわかる。
「スピードが上がりにくくなったら、次の数字に変えるようにして」
「こう?」
そこからのトバリは速かった。シフト操作はほとんど完璧だったし、どうやって気付いたのか、途中からドリフトまでするようになった。僕にはない才能が、彼女にはあるようだ。
ドリフトでカーブの内側に侵入したトバリが、僕をあっという間に追い抜いてゆき、目視できないくらいに離されてしまった。そのままゴール。
「楽しかったね」
彼女は嬉しそうだった。僕は負けたことよりも彼女の天才的な運転のセンスに驚いていた。
「ブレーキをかける時にね、シフトを一気に一速に入れると、グッと遅くなるみたいだよ」
「それは知らなかったな」
「私、上手かった?」
「ものすごく」
トバリは跳ねるように席を離れた。僕は短時間ながら同じ姿勢で緊張を強いられたことで身体が固まってしまったように感じて、ぐいとその場で伸びをした。
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