2

「はい、お待たせ」

 アカネさんがオムライスを持って戻ってきた。チキンライスを包む少し固めのオムレツと、その上にかけられた真っ赤なケチャップのコントラストが眩しい、昔ながらのオムライスだ。

「いただきます」

「それで、分かった?」

「何がです?」

「明日が来ないって話。ネットはそれでもちきりだったでしょ?」

 僕はそれに答えず、オムライスを一口食べた。チキンライスの旨味、卵の甘味、ケチャップの酸味が、暖かな味を形作っている。毎週金曜日はこのオムライスを食べるのが習慣だ。学校終わりに毎日通っているうちに、曜日ごとに頼むメニューが固定されていったのだ。

「世界中の天才科学者たちが集まって緊急会議を開くんだって。時間が止まろうとしているなんて物理学の危機だってことらしいよ。もっと大切なことがあると思うけどなー私は」

「例えば?」

「明日のために食材を発注しておくべきかどうか、とか」

「確かに、それは大事ですね。でも、僕には関係ない」

「そりゃあ、君は平日にしか来ないから、明日は来ないんだろうけど。私は明日も仕事だよ」

「明日は来ないんじゃないんですか?」

「だから困ってるのー」

「発注しておけばいいと思いますよ」

「え、どうして?」

「明日が来ないなら、発注した食材は届かない。明日が来るなら、届く。それだけです」

「うーん、まあ、確かに、言われてみれば……?」

「もし僕が明日来たら、土曜日のメニューは何が出てくるんでしょうね」

「え、そうだなぁ」

 アカネさんが考えている間に、僕は冷めないうちにオムライスを食べ終えた。先週と同じ味だった。果たして来週も食べることができるのだろうか。

 時間が止まるとは、どういうことなのだろう。

 記事によると、既に時間は進みを緩めているということらしい。まったくそんな感じはしないけれど、どうやら人間には感じ取れないくらいの極めて微小な遅れが生じているらしい。一体それをどうやって検出したのかは気になるけれど、きっと世界中の天才科学者がどうにか測定したのだろう。僕たちにとって大事なのは、その事実そのものだけだ。

 そしてその遅れはどんどん大きくなっていて、ついに世界は明日に到達できないことが分かったらしい。イメージとしては、今日数学の授業でやった無限等比級数が近いのだという。数学は世界の終わりに役に立つ。いやはやまったく、恐れ入ってしまう。

 そうだとすれば、今僕が食べたオムライスが、文字通り最後の晩餐ということになるだろうか。それは、悪くない。世界最後のオムライスだと分かっていれば、もう少し丁寧に食べたかもしれない。

「もし明日が来て、明日君が来たら、もつ鍋をごちそうしよう」

「え、もつ鍋ですか?」

「そ。土曜日だから、土鍋を使ったもつ鍋」

 彼女は何やら誇らしげにそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る