12.意思と交渉
監獄塔にて立ち合いをしてくれた騎士隊長インドールとその部下トマルクら8名。突如の張りつめた空気に、オリアナも戸惑う。
「ロンズデール。直ちに手枷と首輪の魔法を発動しろ」
「っ、なぜ」
「命令だ」
隊が違えど、魔女の管轄・執行権はインドールがひとりにあたる。
単調なデザインのブレスレットがつけられた左手をリクシーレにかざす。念じ、視線を強く向けたとき、魔女の全身に電流が炸裂する。
「が……ッ」
焼ききれたような声が漏れ、魔女はその場で身を崩した。
「捕まえろ」
小さな合図と同時、迅速に動く騎士一同。だが、オリアナは魔女の前に足を運び、庇うように立った。
「……邪魔をする気か?」
「お言葉ですが、説明を要求します」
「上の命令は絶対だとトマルクに教わらなかったか?」
「20日間の約束では」
「事情が変わった。そもそも、竜の魔女の一時釈放は許可されていないことが判明した」
目を見開いたオリアナは息を呑み、身を一歩引きそうになる。だが、動じないよう口を噤んだ。
「誰の仕業か捜査中だが、そうとなれば魔女が監獄塔の外に出ている時点で罪に値する。それに、不審な女が町を出歩いているという報告も昨日に受けた。容姿からして貴様らのことだろう」
「ですが――」
「これでも情はかけている方だ。でなければ、こうして説明していない」
「だったらどっちが賢明かインドールさんならわかるでしょ! 将来の子どもたちの命より、目の前の魔女を処刑する方が大事なんですか!?」
自分が何を言っているのか気づいたのか、オリアナはハッとする。だが、目の前の騎士の顔に落胆も怒りもない。少しだけの間が過ぎると、インドールは口を開いた。
「少しの間に感情を出すようになったじゃないか。そこの魔女に感化でもされたか?」
「っ、……関係ないですよそんなこと」
「ともかく、この一件は竜の魔女の呪いによるものだと。収容されても尚、生きているのならばこれを機に息の根を確実に止めるべきだとな」
時間はないといわんばかりに踏み出す騎士ら。庇う手を下げたオリアナは、ゆっくりと剣を抜いた。
「我々を、いや、王を裏切る気か?」
「むしろ最大限の貢献です。国の未来の希望になるかもしれないのに、それを摘み取るなんて、そんなばかげたことで滅ぶなんてまっぴらごめんですから」
「……おまえの意思はわかった。ならばこちらも剣を抜くほかあるまい」
インドールも剣を抜き、両腕に紺碧の光を淡く纏わせる。それぞれの騎士も剣に魔法を発動するための光をまとわせた。
「ロンズデール、おまえは良い騎士になれると期待していたが」
視線を落とす騎士長。再び向けたその目は、ひどく凍てついていた。
「残念だ」
唸る風よりも低いその声を合図に鋼の剣が八方、オリアナへと迫ったそのとき。
騎士の動きが突然と止まる。時が止まったわけではない。進むことも退くことも叶わず、痺れる様に身が震えることに困惑する彼らの耳に、布がこすれる音と足音がひとつ聞こえた。
「なっ……!?」
驚く騎士らの目には、花のように立ち、微笑む魔女の姿があった。
「オリアナさん、皆さんに紅茶を出してくれませんか? せっかくご足労かけてお集まりいただけたのですから、ここで二日分の日報でもお伝えしようかと思います」
「なんで……動けないはずじゃ」
「あぁ、あれ演技です。この拘束具も今は機能しませんので」
と手錠に力を加えたとき、風化した岩のようにぼろぼろと崩れ、地面とぶつかる音を立てる。これには誰もが目を丸くした。
「あら、皆様お揃いで素敵なお顔をされていますね。種明かししてもいいですけど、ここはオリアナさんの尊厳を順守して、今この場で説明するのは控えておきましょう」
確証なくともオリアナには心当たりがあった。錬金術だ。そして実行したのは自分が眠っているとき以外どう説明する。
「ということは最初から……?」
思考の一部を漏らしたオリアナの声を被せるインドールの声は動じていない。
「その必要はない。これ以上、余計なことをするならすぐに拘束する」
「まず、子どもたちの失踪について分かったことなのですが」
「話を聞け!」
「知りたくありませんか? 犯人と、これ以上犠牲が出ない方法」
その声は落ち着いているのに、芯が良く通る。感情を昂らせたにもかかわらず、彼女の一言に、インドールはこれ以上声を荒げようとしなかった。王政に忠義を尽くす彼もまた、国を救いたい一心であることに変わりはないのだろう。
「分かっていますよ、魔女に頼らずともやり方はそちらにあると。そもそも、民衆は事件の解決なんてどうでもよく、一時の憂さ晴らしに誰かのせいにして火炙りを楽しめれば良い。反し上層は解決したいけど数の影響力には逆らえない。解決の保証も時間もないなら猶更、不安因子をこの機に摘み取る。故にトレードオフな存在である私を殺すのでしょう」
それを恨むわけでもなく憐れむわけでもなく。竜の魔女は鈴を転がすように笑った。
「ふふっ、幼子のように愛おしい」
なのに、ひどく冷たい。そう感じたのはオリアナだけではなかった。
「ですがもう少しお待ちいただけますか? 今日この日、一件は解決の道を示しますから。それが待てないなら今ここで殺しても構いません。ただ、皆様の安全と国の将来性を考慮し、おすすめはしませんが」
「その言葉を我々が信じるとでも」
侮蔑を含む返しをしたそのとき、空間一帯と騎士らの前身に煌めく火の粉の軌跡が描かれる。一瞬の熱を感じ反射的に身を引いた騎士らは、身の自由を得たことに気づく。この工房に魔物の強靭かつ繊細な糸が張り巡らされていたのだと察したと同時、異臭と自身の異変にも気づく。それはガスによる魔法阻害。魔法を発動する回路と神経の繋がりが緩和・麻痺したのだが、その技術を知らない騎士らはただ奥歯を噛み締めた。
「……本気ですよ」
幽玄に煌めき、舞う火の粉を越えた先。微笑む竜の魔女の瞳は穏やかであるも、真剣さと感情の昂りの色が含んでいる。
「この場で静粛にお話を聞いていただければ全員が無事に済みます。どうかご理解とご協力を」
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