13.集団失踪事件の正体

「全員、剣を納めよ」

 静寂の末、インドールは剣をしまい、重い口を開いた。

「ですがインドール隊長」

「しまえと言っている!」

 張りつめた声が工房に響く。有無を言わさず、騎士たち全員の敵意を鞘の中にしまわせた。


「ご協力、感謝いたします」

 従ってくれた騎士らに向け深く一礼し、にっこりと微笑む。見とれるようなそれだが、掴みどころのない底のなさも伺える。インドールはひどく睨んだ。

「できればこのような場所でなく、重要人物らと会議室で議論したかったのですが、皆様が証人として上層に報告していただければ十分です。もちろん、監視役のオリアナさんも」

 そう女騎士に目をやる。捕まえられたような感覚を抱くも、彼女は頷くことしかしなかった。

「あ、椅子もありますのでそこらでくつろぎながら聞いてください」と人数分以下の椅子を指さすが、誰も従わなかった。誇らしげに軽く咳ばらいを一つ。


「まず、皆様の多くはこの一件を魔女の仕業だとお思いのようですが、無論その可能性は皆無ではありません。ただそう決断するのは早計かと」

「馬鹿な」とインドール。「この事件を魔女の仕業以外どう説明する」

「ひとつずつ紐解いていきましょう。皆様が知りたいのは原因と、子どもたちがどこにいたのか。それをお話しする前に、耳に入れてほしいことがあります」

 後ろに手を組み、錬成釜の前をうろつく。まるで大衆の前で講演する教授のように。


「近年のラバ王国は発展を重ねております。特に鉱産や錬金術由来の鋳造はじめ樹炭生産とその関連素材を開発する技術は進歩したことでしょう。5年前ラドスの噴火および二次的な震災の影響がありつつも、隣国エストマの支援もあったかと思います。例えばそう、”龍燃石りゅうねんせき”」

 全員を一瞥してから、錬成炉へと見つめる。自ら動く魔法棒によって攪拌される釜の中は金木犀のような黄色溶液で満たされている。反応は進んでいるようだ。

「あれは時代を繋ぐ良い資源です。エネルギー効率も高ければ、各魔法属性の魔力含有量も高く、バランスがいい。得られる動力も安定。それを豊富に有するエストマ国と燃料化・加工技術を持つラバ王国。まだ波及効果は高くありませんが、うまく力を合わせれば60年後には革命が起きましょう。ただ、神は人のみならず、物事や素材に万能を与えません。龍燃石を燃焼すれば龍燃灰が。錬成的合成や加工をすれば魔力変性物が副産物となります。この燃焼後に生じる残渣ざんさは複数種の高濃度な、しかし夾雑物きょうざつぶつが多く余計な活性も多いため利用が難しい魔力が含まれています。それの処理はどうされてると思いますか?」

 射貫くような翡翠の視線を騎士の一人――トマルクに向ける。美人に弱い彼はどきりとしながらも小声で返した。


「そのまま水路に……」

 トマルクの言葉に魔女は頷く。

「最適な処理方法を編み出せず、水路を経由して海に流してるのが現状です。大洋ならまだしも、排水先は内湾にして内海。循環が滞りやすいのです。結果、そこに棲むスライムが過剰に吸収し汚染されます。いわば毒状態ですね」

「それがどう関係する」

「水生のスライムは魔力を吸収しすぎると自律性を制御する回路が狂うのですよね。魔力を投与すれば増殖の促進はするも増強や巨大化する話は迷信で、それは魔力平衡が保たれない理由に関連します。まぁスライムはベンジャミン振動反応に基づいて散逸構造を動的に――」

「ねぇ、話逸れてる」とオリアナ。「あら、ごめんなさいな」と早口になりかけたリクシーレは鈴を転がすように笑う。


「要は、汚染スライムは異常行動をして、浮力のない乾燥した陸地にわざわざ上がって木々へ向かうようになります。それは魔力の流れか光波長に本能的に従っているのか、それとも除去したいためかはわかりません。ただ、一人勝手にどこかへ向かう行動はどこか既視感がありますね」

 笑みを含めるその顔つきに、騎士は息をのむ。張りつめた空気を緩めるように、パッと明るい調子に戻ったリクシーレは裾を翻し、くるりと全員へと向いた。

「とはいえ、話はこれで半分。そのスライムは陸地に上がったままになると乾燥して死んじゃいます。その際、魔力は濃縮されますよね。ここで面白いことが起きます」

 目を細めるほどに笑みを向ける様は好奇心そのもの。綺麗な石を見せる子どものように声が爛々としていた。反し、騎士らの多くは戦慄する。


「キノコが生えるのですよ」

 それがどうしたといわんばかりの顔や、疑問の顔がちらほら浮かぶ。オリアナとインドールは変わらず、耳を傾けていた。一抹の不安を残して。

「ただ、そのキノコは少々生命力が強く、特に内在性魔力が高い竜の体内に入ると胞子が発芽して体内を侵食します。実際、そういった報告例は過去にいくつかあります。そういえば、この国には風習がありますよね。子と大人の境目である10の誕生日に祓魔の晩餐をし、病魔を追い払う心身を身に着けるというしきたりが」

「それが原因だとでも?」

「ですが被害は王都内のみ。農村や辺境の地域でもこの風習は大事とされています」

「な、なぁ」とトマルクは不安そうな顔を浮かべる。「その竜って、まさか寛薬竜のことじゃないよな」

 にこっと魔女は微笑んだ。


「察しがいいですね」

「病魔を退ける象徴のはずだけど」とオリアナ。

「あくまで縁起という、人の経験談に基づいた押し付けに過ぎません。それで、その肉を食べた子どもたちの体内は血管や神経を通して胞子や菌糸が侵食する。潜伏期間は誕生日と失踪までの日数を見ればわかると思いますが、長くても3か月程度でしょう。それは神経に寄生し、脳に至るまで発達させては本能を制御するようになります。スライムと同様、ここから遠くへ行きたい、自然に還りたいといった感情を生み出して、森や山に向かうようになります。汚染した水生スライムも木々に群がる様子も確認されました。実際に魔物の神経や肉繊維に寄生する種は存在しますので、このケースもありえない話ではないでしょう」

 ただ、と付け足す。

「厄介なのは、短期とはいえ細胞が活性化し、神経が著しく発達すること。いわば知能と筋力の増幅です。鋼鉄の檻にでも入れない限り、人の目を盗んでこの町の脱走を図るようになるかと」

「なら何かしらの痕跡はあるはずだ。そもそも、出入口の監視も朝晩絶やすことなく続けていれば町の外への脱出は不可能だろう」

「脱出ルートはいくつかありますよ。馬車の下に身を潜めるとか、井戸に入るとか、海を泳いでいくとか」

「そんなバカなこと……」

「あくまで仮説です。ですが、ここ最近ユリア湾で水遊びする子どもたちをよく見かけると話を伺いましたので、そちらの調査と監視をしてみてはいかがですか」

 言葉は返ってこなかった。了承の意だと捉え、話を続ける。

「港湾を泳いだとしても体力に限度はあります。人気のない、最も近い陸地へと向かうはずです」

「スリンク山か」

「はい。子どもたちは近くの森や山、つまり海辺と隣接しているスリンク山に向かい、毒素が蔓延するフォルビドの森へとそのまま身を隠して衰弱死。体内のキノコはそれを苗床としてすくすくと――」

「まさか、子どもたちは」

 先を急くように、インドールは言葉を被せる。その目は大きく開いていた。


黴化ばいか……キノコの姿に変わり果てていました。原形はほぼ留めてないと思いますが、鑑識試験によりヒト由来の血液成分と魔力因子の確認が取れました。って言っても信じてもらえないと思いますので、そちらでの再調査を推奨します。おそらくヒト固有の魔力や骨が検出されるはずです」

 そう台の上のシャーレと並ぶ試験管へと目を向ける。色相が異なる斑紋が見えるも、魔女以外には何もわからない。

「馬鹿な冗談はよせ! そんなの妄想だ!」

 声を荒げる騎士に対し、魔女の声はひどく落ち着いている。オリアナは記憶を思い返し、口元を手で押さえた。

「この仮説を覆せる根拠があればよかったと私も思います。しかし現時点ででは……」

 数段の階段を降り、ポケットから取り出した小瓶を実験台の上に置く。全員がそれを見つめた。


「これがそのキノコの一部と骨片です。魔法によるものでなく、魔法生物の生態系に人間が足を踏み込んでしまったと言えばよろしいでしょうか」

「なんてことだ」と嘆きの声が微かに聞こえる。頑なに信じようとしない者もいたが、リクシーレは気にしなかった。

「これを竜は食し、依存症に陥っては人に見つかりやすい行動をとるようになる。その繰り返しです」

「待て」とインドール。「経路はわかった。だがそのキノコはどこから来たのだ。もともとここにあるのならばとうの昔に発見されたはずだ」


「結論を述べるなら、まさに偶然の一致」

 誰もが息を呑む。まさに魔女の魔法にかかったかのように、竜の魔女に釘付けになっていたことだろう。


「このキノコの名はマナディセプス・エリクルバス。魔を食す赤き万能薬の意を含んでいて、元々は東の国”護鵐仁国ごむのにくに”より赤霊茸薬せきれいしょうやくとして輸入されたものです。ただいろんな国に出回り、安価で大量に生産できる手法をエストマ国は見つけたので、今はそちら主体に依存しているようですが」

「ということはエストマ国が――」

「そう決めるのは少々飛躍が過ぎます。話しを戻しますが、それは適切な処理をすれば無害なものですし、そうでなくとも当事件を起こさないに等しいでしょう。ある条件を満たすことを除いて」

 瓶を開け、中身を取り出す。シャーレに骨のように白く硬い菌糸体を移し、騎士らが戸惑いの目を示すも、構わずリクシーレは薬品棚から赤色粉末の入った瓶を持ってきては別のシャーレに移した。。


「通常このキノコは"エンド体"、いわば魔力活性を"内側"に留める状態です。非常に安定しており、医薬にも貢献しています。ただ、高濃度な魔力――乾燥でしぼむスライムの中にいるなら話は変わります」

 そう言い、薬匙でキノコを軽く叩く。コンコンと小さく音が鳴る様は、本当にそれが子どもだった骨だと錯覚してしまうほど。

「高濃度な魔力が環境にある、それはつまり周囲に豊富な栄養がある状態。キノコの胞子は"エキソ体"――魔力活性を環境に向け、"外部"へ侵攻する攻撃的な状態に変貌します」

「それはわかっていたことなのか」

「はい」と返事しつつ、持ってきたのは6本の試験管。置台に置かれたそれらの底には液体と赤いキノコの一部が入っているが、4本を除き壁面に沿って蔦を張るように赤白いアメーバ状の根を数センチほど伸ばしている。その2本を並べればグラデーションの様に成長速度が異なっていた。


「生薬前の菌体エリクルバスを魔力濃度別で評価したものです。添加した標準魔力剤の属性は土に固定としますが、対照実験コントロール含む5000 Odオドまでは特に変化はありません。しかし8000を超えるとこのようにアメーバ状の菌糸を発芽します。10000 Odになればこの成長がさらに促進されていることが見て取れます。参考として、一般的な陸生スライムの体内魔力濃度は2000程度、騎士団の皆さんが使う簡易魔法や低級の魔光弾でしたら1500から2500程度でしょうか。魔法的機構で炎を吐く焔鱗竜B.パイロナプスの魔力濃度は30000だといわれています。あくまで摘出した臓器を測定したにすぎませんけど」

「ともかく」と続ける。「昨日から始めたばかりの試験ですが、この短期間だけでも立証できたと言えたのは運が良かったといえます。このエキソ体の時に放出した胞子を取り込めば、高い確率で寄生されるかと」

 そういった途端に、試験管から距離を置き始めた騎士ら。それを見、嬉しそうに笑う。

「ではなぜスライムに胞子が入ったのか。これは先ほどの高濃度な魔力の件同様の理由で説明が可能です」


「それって……廃棄物による汚染とか」

 ぽつりとオリアナが口を開く。リクシーレは頷いた。

「ええ。ひとつは、エリクルバスの薬用粉末を用いた新薬開発。ひとつは新しい燃料の消費。史料や見聞程度の知識しかありませんが、最近盛んですよね? キノコも同じく、原材料から薬用成分を抽出し、残りは廃棄。そこには胞子も多く残っています」

「それが海に流れたのか」

 トマルクの呟きで締めるように、リクシーレは全員へと目を見やった。

「最たる原因は、ユリア湾の水質汚染。その元となる燃料廃棄物の処理を改善しない限りは根本的な解決は見込めないでしょう」

 インドールは確認するように、問う。認めたくないも認めざるを得ない、そんな顔を浮かべていた。


「まさか、集団失踪事件は魔女の仕業でなく――」

「ええ、犯人は魔女でもなんでもありません。人間の技術発展が引き起こした副産物だと、私は主張します」

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