14.真相

 仮説として魔女の口から述べられた集団失踪事件の真相は、そう簡単に受け入れられるわけではなかった。一通りの話を聞き終えたインドールは一蹴の一言を放ち、冷静を振る舞い、魔女リクシーレを連行した。治療薬の完成を見届けることもなく。

 だがリクシーレは悲しみも呆れもしなかった。当然の結果だと、むしろ望んでいたかのように。報告を提供できたことに満足していたようだ。

 短くも長い数日間を経たオリアナは監視官の辞令から解放され、宿とはいえ久しい個室のベッドに半裸で飛び込んでいた。鎧を着すぎて肌と癒着しそうだと感じていたが、開放感がたまらない。仰向けに転がった彼女は、右腕に発生している結晶を見つめる。


「……」

 女騎士は思い返す。

 竜の魔女は監獄塔に戻されず、一時的に王都の地下独房に収容されることになった。明日、火炙りの儀にて処刑するという。その宣告を裁判所にて聞いたリクシーレは「さすがに火は蘇生できるか自信ないですね。爆発刑ってありますか?」と暢気に、しかし困惑の顔で尋ねていた。

 魔女は今、鉄杭と鎖で磔にされて明日迎える終点を暗闇と共に待っている。あっさりと、しかし釈然としない結末に、目を閉じようとも眠りに落ちない。

 否、それがすべてではない。そして、明日が終わりとも言い切れない。

(あいつ……本気なのかな)


   ※


「短い間でしたね。もうちょっと長くいるつもりだったんですが」

「……」

 執行兵が立ち去った後、鍵を持つオリアナは檻の中に残ったまま、カンテラを手にリクシーレの前に立っていた。

 磔の様を見届けてはいたが、手足や心臓から血が流れているにもかかわらず、一切の悲鳴も上げることなければ皴一つ作らなかった。まるで自分の体ではないような他人事さを感じたオリアナは不気味さを想起した。

「やっぱり魔女なんだね、あんたって」

「魔力のある魔女ならすぐに死なず悶絶する一夜を迎えるでしょうね。でも私なら人並の痛さしか感じませんから」

「人並ならすぐ死んでるって」

「痛かったけどオリアナさんの前でしたから頑張ったんです。偉いでしょ」

 得意げな様子に肩を落とす。人類が魔女を確実に苦しみながら死に追いやるための処刑法が、こうも平気な顔していられると怒りもたくなることだろう。


「あ、オリアナさん。渡したいものがあるので受け取ってもらえますか?」

 唐突な彼女に、息を吐きつつも了承したことをオリアナは後悔した。突如、リクシーレは嗚咽しだし、何かを吐き出すも口の中でとどめた。口を開いた魔女の舌の上には唾液で濡れた小瓶があった。

 わずかに口をあけっぱなしにしていたオリアナは顔を引きつらせながらもそれを指で摘まむ。

「本当は服のポケットから出したかったんですけど、全部没収されるでしょうから、その対策としてご理解いただければ」

「これ何」

「結晶病の抑制剤です」

 目を見開く。すぐにリクシーレの方へと視線を向けた。

「どこにこれを――いや、いつこれを」

「最優先で作ったんです。あの短時間では治療法までは確立できなかったので気休め程度にしかなりませんが、これで数年は生きながらえると自信もって言えます」


「……どうして」

「私はオリアナさんの友達第一号ですから」


 そう屈託のない笑顔で答える。首から下は釘と鎖で自由が利かないというのに。痛みだって感じているはずなのに。その純粋さに、再び問いかけたかった。だが、それは踏み込んでしまうことになる。濡れた小瓶へと視線を落とし、それを軽く握る。

「勝手に友達いないことにしないでくれる?」

「え、いるんですか?」

「あんたねぇ」と言うも、これ以上の言葉は紡いだ。一度諦めていた人生を、思わぬ形で手にすることができたのだから。これが毒かもしれないという気持ちはなくはない。だが、この無垢さの前ではそのような真似はしないと、直感的にオリアナは感じていた。


「でも……うん、ありがとう」

 ぎこちない、だけど自然に出たような一言に、リクシーレは微笑んだ。

「私は最後まで解決の一端を担えませんでしたが、まとめた書類もオリアナさんが渡してくれましたし、国がその通りにすればもう大丈夫でしょう。磔にせず檻に閉じ込めるだけなら質問も受け付けられますけどね」

 それにオリアナは何も答えなかった。それは上が決めること。自分がどうこう言ったところで何も変わらない。インドールでさえ説得できなかったのだから。

 ですが、とオリアナの声は一段と低くなった。「これで丸く解決するとは限りません」

「そうね。薬だってもっと必要だし、浄化作業や廃棄処理の対策だって何年どころの話じゃないらしいから」

「それもそうですが、まだ深淵を私たちは見ていません」

 その違和感に、ようやくオリアナは気づいた。小瓶を腰のポーチにしまうことも忘れ、目を向ける。


「……どういうこと」

「確かに一件の原因は廃棄物処理の対策不十分による水質汚染でした。ただ……まだあります。まず、あのキノコとその生態系サイクルは違和感しかありません」

「そういう性質を与える魔物じゃないってこと?」

「本来、胞子の感染によって起きる症例は主に免疫反応で、炎症が起きる程度なんですよ。でも見事にヒトの複雑で質量高い神経とマッチして寄生している。魔力の高反応性をもってしても数万年は人と共に切磋琢磨しないと不可能に等しいことなのですけども」

「事実、可能となった」

「進化にはある程度の段階があるんです。突然変異のような急激さは淘汰されやすいので。条件を限定した上で、私からふたつほど説があります」

 リクシーレは二本の指を立てようと左腕を動かそうとしたが、手のひらの釘と手首の鎖がそれを制止した。拘束されていることを思い出したかのようにハッとしたリクシーレは貼り付けられた手のまま、指を二本立てた。


「ひとつは外来種説。もうひとつは――人工設計説」

「……人為的に起こされたって言いたいの?」

「その可能性を考えます」

 ばかげている。妄想と一蹴してもいいくらいに。だが、そうはしなかった。

「そんなのどうやって……いや、何のために」

寄生菌エリクルバスの特性とその発現条件は限定的ですが既に知られていることです。また、微小な魔物の生命情報媒体の編集技術は20年以上前からひそかに研究されていました。理解は少なく、生命と神の冒涜、人類への反逆と捉えられるのが世の常でしたが、この技術が発展すれば魔物の進化学の理解や任意に設計制御デザインできるだけでなく、医療や食糧、それこそ水質汚染問題の解決にも貢献できます」

 つらつらと話すも、重みがある。難しいことはあまりわからないオリアナだが、他人事には、ただの妄想には思えなかった。


「要は、私たちにとって都合のいい魔物を設計できるんですよ。繁殖頻度が倍で、薬効成分量を増幅させた寛薬竜デンタプトル、魔力消費量を抑制しつつ水を浄化するスライム、病気や過酷な気候に耐えられ、必ず豊作となる小麦。まだ実現には至っていないですが、いずれは可能となります。現に、私もその研究の一端に携わっていて、設計した魔物を体内に移植してますし」

「ちなみに移植の例は私が初です」とリクシーレは誇らしげにニッと笑う。

「まるで夢物語ね」

「詳しいプロセスは不明ですが、寄生して宿主を操る魔物は太古から数多くいます。ただ、人間に寄生はしても今回の様に顕著に操られる例は私も見たことありません」

「なんでわざわざそんなことを」

 操るならそういう魔法を使えばいい。過去の魔女狩りで人を洗脳し、コントロールする魔女と対峙したことのあるオリアナはそう訴えた。

「二つ仮説が。一つは、新薬の材料開発。もう一つは――」


「待って」とオリアナは語気を強くして止める。「あれが……薬になるってこと? そのためだけに何の罪もない子どもたちが犠牲になったってこと……?」

「落ち着きましょうオリアナさん。心苦しい気持ちはわからなくもありませんが、今ここで感情を出しても解決は早まりません。言ってましたよね、10歳は特別な年齢だって。魔法生理学的に間違ってはないですが、二次成長期手前であれば条件はクリアできる話で、あとは免疫系が未発達の子どもへの寄生と自律的・無意識的な制御、そして筋骨と知能の短期発達を促す魔物を開発すれば……って言えば簡単ですけど、そう2,3年でできる話ではありません。というかそんな特性てんこ盛りの生物作れません。……普通の人間なら」

 含みある言い方。視線を落とした魔女の表情に陰りができる。

「その道に明るい魔女ならば可能です。特に彼女ならやりかねません」

「彼女って?」

「奇遇にも、オリアナさんを結晶病にした人は私の知り合いでして……探してるんです」

「っ、まさかそれって」

 魔女は頷く。翡翠の瞳は確かにオリアナの紫を帯びる瞳を見ていた。


「彼女は――"ヨスガの魔女"はエストマ国にいる」


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