9.魔女リクシーレの狂気
これほど口を開け、顔を歪めたことがあったろうか。
病気やけが人でもない限り、ただの人間でも多少の魔法は扱える。言語や読み書き、馬の乗り方を教わればできるように、魔法の発動システムは既に体の中に遺伝されている。魔女ならば猶更、人並外れて特化している。少なくとも、オリアナの経験談からそれは言えた。
「魔女なんでしょ? しかも伝説の」
「えへぇ、伝説だなんてそんな大層なものでは」とにやけながら頭をかく。
「300年も生きて、何度処刑しても生き返っておいて、魔法が使えないなんて嘘にもほどがあるって」
魔法による蘇生効果は決してあり得ない話でもないが、賢者の石の錬成と同様、実現が不可能に近い技術。歴史に残るような大賢者や魔女以外、再現できた試しがない。だがそれだけの可能性が魔法を引き起こす魔力に秘められている以上、それが技術や学問として幅広く、そして深く追及されるのは当然。逆に言えば、直感に反するようなありえない現象は魔法以外説明しようがないのが常識だった。
「錬金術ですよ」
唐突に彼女は答えた。
「錬金……それどういうことよ」
少しの間が空く。心なしか、それは躊躇いを意味しているようにオリアナは感じた。
「生まれつき、生成する魔力量も少なければ、それを感じることも、ろくに使いこなすこともできなかったんです私。先天性の汎魔力欠乏症といえば良いでしょうか」
「それ、病弱になったり短命だったりするって……」
だが、リクシーレは不老長寿だ。それならばなぜ。
「みんなと違うし、普通って言われることも全然できない。私、ずっと思ってたんです。魔法って何だろうって。本当に神様や悪魔から授かった天性の力なのか、精神や魂のヒエラルキーの問題なのか……どれも違うと私は思います。魔法を発動する魔力、ないしそれを構築する魔素も、元はすべて物質に起因する。存在する森羅万象とその変化は、認識している元素やそれらが起こしてる現象だけじゃない。そこに暗黒ともいえる観測困難な因子が、この摩訶不思議な世界と魔物を形作っている」
明るい彼女の陰りが、儚げに映る。だがそこに悲哀はない。強い影があれば、強い光があるように、魔女の声は前を向いていた。
立ち上がり、後ろに手を組む。白髪越し、煌めく翡翠の瞳が木々を越えた先の山々の奥、白峰へと向く。
「だから私、錬金術を学びました。黄金という名の完成体を追及した技術は、魔法と魂魄、そして物質を繋ぐ相溶化体として機能します。最近は魔法学と相反する思想になりつつありますがとんでもありません。ふたつは密接に作用していて、唯物論でも説明ができるんです。材料、ひいては物質の性格を知れば世界や生命の理解だけじゃない……なにもできない私でも魔法が使えるかもって気づいたのです」
聞いたこともない話だった。いや、自分が無知なだけかもしれない。爛々と話す魔女に、オリアナは納得していないままだった。
「てことは何? 錬金術のおかげで不老不死の体を手にしたってこと?」
「ざっくり言えばそうですけど、賢者の石や
「魔物……?」
「ええ。魔物という生体デバイスを構築する錬成反応的なシステムに着目したんです。そこから魔物の生命情報媒体を私自身のそれに組み込んだり、編集済の
「……狂ってる」
饒舌に話す魔女に対し、絞りだした言葉がそれだった。掴みどころがなく人懐っこい故、どこか魔女とは違うと無意識に感じていたが、目を覚ますように畏怖を覚えた。
「かもしれませんね」と微笑む。「でも叡智の追及といえばかっこいいですよ」
「ということは、その、あんたは魔女じゃなくて、錬金術師ってこと?」
半ば混乱しているオリアナに対し、魔女は諭すように返した。
「その両方ともいえますし、どちらでもないともいえます。ただ少なくとも、魔女の定義に魔法の有無は関係ありません。私たちにとっての"魔女"と人間にとっての魔女は意味が異なりますし、私の一例を挙げて分かったと思いますが、お互い容易に相容れることはできないでしょう」
でも、とリクシーレは続ける。
「私は分かり合える日が来ると信じています。人間もそうであるように、すべての魔女が悪人でも、善人でもありません。ただ彼女らは、叡智に踊らされ、何かを成すために何かを捨て、自身の正義を信じたにすぎません。それで納得できるわけがなく、許せるはずもないのは承知の上ですが、歴史の裏で人を支え、進歩の一端を担っていたことは……そして人類の発展を望んでいたことは人も魔女も変わらならないと、私は思います」
「……何が言いたいの」
「こんな狂った私をこれからも好きでいてくださいってことです!」
にぱっと急に笑顔になる魔女に肩透かしを食らう。
「重っも。普通に嫌なんだけど。そもそも好きになった覚えはない」
「ええ~」と落胆する肩と声。
「大体、魔女だの錬金術だのどうこう言う前にあんたは罪を犯しているんだから。竜に化けていくつもの町を滅ぼして、王都を襲ったなんて許されるわけないでしょ」
「そんなことしてませんよ私」
「え?」
迷いなく言い放った魔女の目はまっすぐとオリアナを見ていた。そのあまり、一瞬だが彼女の中で何かが瞳孔と共に揺らいだ。
「もしかしてちゃんと知らされてないんですか? ……私が何をしたのか」
それを答えるのに時間を要した。これ以上の罪を犯しているのかと恐れているのか、あるいは、自分の知りたくない何かを覗いてしまうのではないか。心のどこかで抵抗し、拒んでいる自分がいたことは疑いようもなかった。
「……それは」
「あれ」と唐突にリクシーレは話を遮る。
「あの子がいなくなってる」
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