第23話 アメリス、事情を知る

 ロストスに促されるまま州知事がいるという場所まで移動して、馬車を降りてみると、そこは以前公務でやってきた時にパーティーが開かれていた屋敷であった。どうやらあの時のパーティーは州知事の主催で行われていたらしい。


「ようこそお待ちしておりましたアメリス様。以前パーティーの際にご挨拶させてもらったかと思いますが、改めて私がマスタール州知事のペイギです」


 屋敷の前には一人の初老の男性が杖をついて待っており、深々とお辞儀をしながら言った。私もつられて頭を下げる。


 中に案内されると、やはり見覚えのある光景が広がっていた。ロストスと出会ったのもこの場所だ、少しだけ懐かしい気持ちになる。


「まさかご令嬢を追放なさるなんて、ロナデシア領の方々の大胆なことを致しますな」


 歩きながらペイギは話した。コツコツという杖が床を叩く音を奏でながら、朗らかな笑みを浮かべている。好々爺という雰囲気だ。腰が曲がり杖に頼ってはいるので私よりも目線は下であるが、私に向けられる視線はしっかりと私を捉えてる。


「ええ、まさかお母様たちから嫌われていると言っても、ここまでとは思っていなかったわ。でもロストスやあなたのおかげで私はここまでこれた。本当にありがとう」


 実際そうだ。私の力だけでは他国に置き去りにされた時点で、死んでしまってもおかしくなかったのだ。そこをヨーデルやロストスたちのおかげでここまでこれたのだ。


「こんな老ぼれでも力になれたようで何よりです」


 謙虚そうな態度でペイギは言った。腰が低く、マスタール州の平民からの支持が厚いとロストスが馬車の中で話していたが、事前情報に違わぬ人柄である。


「そうですよ、僕はあなたのためならどんなことでもしてみせます」


 横を歩いていたロストスも私の方を向いてからそう言った。本当にこの人は私のことを慕っていてくれるのね。感謝してもし尽くせない。


 しばらく屋敷の中を歩きながらあれこれについて語っていると、ベイギが「続きは客間で話しましょう」と言って、ドアの前に立っていた従者らしき男性に命令をして扉を開けさせた。部屋の中にはロストスの家と同じように家具が配置されており、テーブルを挟んでソファが二台置かれている。


 ペイギに手の動作で先に座るように促されたので、私とロストスは横並びになってソファに座り、向かいにペイギが座った。


「ではアメリス様、あなたがタート村に行っている間にこちらでどんな動きがあったかを話しましょう」

 ペイギは深く腰をかけ、背もたれに寄っ掛かった。座ると背筋が伸びるため、先ほどよりもどっしりとした印象を受ける。


「ええ、お願い」


 私は即答する。ロストスの手添えがあったにしても、彼一人の力でできることには限界があるはずだ。もしかしたら入り込んだ事情が展開されている可能性だってあるのだ。


「そうですね、アメリス様がどこまでマスタールとロナデシア間の事情を知っているのかわからないので一から説明してもいいですか」


 ペイギの言葉に私はこくりと縦に頷くと、彼は私が追放される前の両者の関係から語り始めた。


 まず、マスタールとロナデシアでは近年兵士同士の小競り合いが頻繁に発生していた。それはお父様が調停のためにマスタールを訪れていたことや、アルドたちが前線へと派遣されていたことからも伺える。


「どうしてそんなことが起きてしまったの?」


 私はペイギに問いかける。外交などの問題には一切触れさせてもらえなかったので、私にはどうしてこの問題が起こっているのかがわからなかった。


「それは……国境線の確定における問題です」


 国境線というのは、マスタールとロナデシアの間に群生している森林のことを指すのではないか。どうしてそれで揉める必要があるのかしら。


「実は以前からマハス公国が森林を拡張して、領土を少しずつ増やそうとしているのです。だからそれに対応するためにマスタールも兵士を派遣して小競り合いが頻発していたのです」


 その言葉を聞いて、私の中で一つの謎が解けた。元々森林はマハス公国が自国の領土を画定するために植えたものだ。だから森林が生い茂っている場所はマハス公国の領土であるというのがお母様たちの見解である。


 しかし、それをマスタールの領地にまで入り込んで、植生をしたことで、その土地も自国のものにしようとしているのだ。強欲なお母様のやりそうなことではある。森の中に勝手に入ってヨーデルに怒られた時に感じた違和感は現実の問題につながるものであったのだ。


「あまりにも小競り合いが続いて兵が疲弊するので、今回はバルト様と私の間で対等な条件で調停をしたのですが、正直言って仕掛けてきたのは向こうからなのでマスタール側にとっては不満の残るものでした。ここまでがアメリス様のことが私の耳に入るまでの両者の関係です」


 難しい話もされたがよくわからなかったので、隣でロストスが要約してくれたことから理解すると、どうやらマスタールとロナデシアは現在領土に関して揉めており、マスタール側としてはロナデシアにあまりいい感情は抱いていないということになる。


 だったらどうして私のことを助けてくれたのかしら。


 ロストスは個人として私を尊敬してくれているので、その理由もわかるが、州知事のペイギとしてはロナデシアの人間である私に良い感情は抱いていないのではないか。


 私がそのことについて尋ねると、ペイギはニヤリと笑って、


「そこにはもう一つ事情が絡んでくるんですよ」


 と言った。その顔は優しそうな好々爺の顔ではなく、政治家としての顔をしていた。

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