第22話 アメリス、たどり着く
「いよいよですね、アメリス様」
「ええ」
私は隣にいるヨーデルの言葉に返事をした。すでにマスタールまでは目と鼻の先ほどまでの距離まで近づいている。
ここからマスタールにタート村のみんなと共に入国することができれば、今回の任務は成功ということになる。ヨーデルからはなんとか入国できるように手筈は整えておくと言われていたが、詳しいことは聞かされていない。
列になっているみんなも緊張しているのか、足取りが少しばかり遅くなっている気がする。
するとマスタールの検問所の方角から兵士が走ってきた。おそらく検問所の詰所に勤務している人間だろう。列の前方にいた兵士たちが一番に気づき、腰に携えている剣の柄を握った。小さな金属音が耳を通り抜けていく。
「いいかお前たち、先に手は出すな。まずは相手の出方を探るんだ。ただし、アメリス様に危険が迫るような時は例外だ、忘れるなよ」
アルドが素早く兵士たちに命令を告げると、兵士たちは無言で頷いて、もしもの時の臨戦体制に備えた。
検問所から走ってくる兵士たちは次第に速度を落とし、歩くほどのスピードとなった。そのためゆったりとした時間の中で、一歩、また一歩と距離が縮まってゆく。
私たちとの距離が十メートルほどになった時、彼らは足を止めた。まさか仕掛けてくるのだろうか。張り詰めた空気が私たちを包み込む。
しかし、その心配は杞憂であった。
「お待ちしておりました。あなた方がアメリス様とタート村の皆さんですね。ロストスから事情は伺っております。安心して私たちについて来てください」
兵士は敬礼をして、私たちに言った。ああ、よかった。これでなんとかタート村を救うことができたのね。
兵士の言葉に先ほどまで抱えていたプレッシャーが和らぎ、思わず涙を流してしまう。横にいたアルドとヨーデルがすぐに駆け寄って来てくれて心配してくれたが、これは自分の不甲斐なさを嘆く涙でもなく、ましてや怒りに震えた血の涙でもない。ただ心の底から、張り詰めていた思いが溢れてしまう涙だった。決して心地悪いものではない、優しく乾いた心を包み込んでくれるようであった。
*
「お待ちしておりましたアメリスさん。ヨース村へ向かう手筈は整っています。馬鹿農民、アメリスさんの足を引っ張らなかっただろうな」
彼らについて行って検問所を難なく通過すると、そこにはロストスとルネが待っていてくれていた。男性特有の軽口をたたいているロストスも、その横で兄を肘で小突いているルネも笑顔で私たちを迎えてくれた。
私たちは二人に何があったのかを説明した。アルドたちがついてくることは計画の外の出来事であったので承諾してくれるか心配であったが、特に問題はないという。
「すごいわね、そこまでロストスが権限を持っているなんて思わなかったわ」
こんな人数の入国を難なく通してしまうことといい、他国の兵士が入国することといい、本来なら外交的な手続きが山のようにありそうだが、そういったものをすっ飛ばして彼はここまで漕ぎ着けたのだ。
「ええ、それに関してはちょっと事情があるんです。マスタール州とロナデシア領の今の関係上スムーズにことが進んだんですよ。州知事のおかげですかね」
マスタール州にでは、権力が二分されており、昔からの貴族と民間から選出された人間の合議制で物事が進められる。これは商人の立場が強いマスタール独特の議会形式である。その民間から選出された人間のトップが州知事であり、ロストスはそんな人物にまで働きかけをしたそうだ。
「でもそんな動き回って大丈夫なの? もしあなたが主導で物事を進めたなんてお父様に知られたりでもしたらまずいんじゃない?」
そう、これでヨーデルの問題は解決したが、ロストスにはまだ被害が及んでしまう可能性が残っているのだ。彼の事業は多岐に渡り、もちろんマハス公国との取引だっておこなっている。国が違うため直接的に身体的な危険が迫る恐れはないが、事業に被害が出ることは十分に考えられるからだ。
「その件なんですが、事情が変わりましてね。申し訳ないんですがこれからアメリスさんには州知事の屋敷に来てもらいたんです。そうしたら詳しくこちらのことの成り行きを話しますよ。タート村の方々には先にヨース村に行っててもらいましょう」
ロストスはそう言って、私だけ別行動することを提案してきた。「わかったわ」と返事をしたから、私はアルドとヨーデルに「村のみんなのことはお願い」と言い残して、ロストの用意した馬車に乗り込み、州知事の屋敷へと向かった。
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