第24話 アメリス、事情を知る2

「もう一つの事情?」


 私はペイギに尋ねる。どんな事情があるのかなど想像がつかない。首を傾げていると、


「それはマスタール州とマハス公国が接するもう一つの部分、マルストラス領が絡んでくるのです」


「マルストラス領が?」


 マルストラス領は、ロナデシア領と並んでマスタール州に接している。ここもロナデシア家と同様の仕組みで領を運営しており、ロナデシア領よりも北にあるので、寒冷な気候が特徴である。だが領主が違えば方針は違う。マルストラス領ではマスタール州との間に森林は存在せず、国境は柵で区切られているのだ。


「えそうです。現在、マルストラス領とマスタール州は友好関係にあります。一方でアメリス様もご存知の通り、マルストラス領とロナデシア領は同じ国内という関係で結ばれた共同体の一部です」


 マハス公国は小国の集まりというよりも、マハス領をトップとして、他の7つの領が世襲制で部下として従っているような状況だ。だからマハス領からの命令があればそれに従って各領は行動をするのだ。


「ええそうね。ただ正直ロナデシア家とマルストラス家はそこまで仲がいいとは言えないけどね」


 各領はマハス家に対しては絶対服従であり従順であるが、それ以外の7つの領は対等な関係にあり、自らの権限を守ろうと牽制をお互いにしているという現状がある。


「そうなんです。だからマルストラスはロナデシアが領土を拡大しようとするのを快く思っていないのです。しかし、領土拡大はロナデシアとマスタール間での問題であり、マルストラスは下手に介入できない」


 下手に介入すれば関係性が拗れてしまう。そのせいでマルストラスはロナデシアの領土拡大の政策に介入できないでいるのだと横のロストスが教えてくれた。


「なるほどね、でもどんな風に私が絡んでくるの? 私とマルストラス家に関係はあまりないのだけれど」


 ペイギの説明は腑に落ちるものであったが、私の問題とどう結びつくのかしら。マルストラスにはもちろん公務で行ったことはあるが、そもそもの両家の関係性がよくないので楽しいものではなかった。私にマルストラス家の人間が便宜を図ってくれるとは思えない。


「アメリス様と直接の関係は確かにないかもしれません。でもアメリス様がマスタールにいることで、マルストラスが我が州に味方する理由が出てくるのです」


 ペイギは私がいることで情勢がどう変わってくるのかを説明しだした。 


 まず、マルストラスが介入できなかった理由は領土問題という繊細な問題であり、しかもマルストラスがロナデシアに手を出せば、国内での反乱のように捉えられてしまう可能性があるというものであるらしい。


 しかし私がいることで、仮にこれからロナデシアがマスタールに攻め込んだとしても、私を保護したことで私を取り戻そうとしているという理由も作り上げることができる。一度は追放されて捨てられた私を元のロナデシア領に帰してしまっては、私の身に危険が及ぶ恐れがある。そのため人道的な観点から私を保護するための争いという風に、争う理由をロナデシア側の態度に関わらずすり替えることができるのだ。


 そこで違う動きをするのがマルストラスである。領土問題では介入がしづらかったが、私のことを理由にすれば、マスタール側に見方をすることができるのだ。するとマスタール側もマルストラスの協力を得ることができ、さらにマルストラス側にもロナデシアを牽制する動きを正当化することができるのだ。


「つまりマスタールが私を保護すれば、ロナデシアの動きをマルストラスが正当な理由で押さえ込むことができるっていうことでいいのかしら」


「ええ、そういうことになります。あなたが我が州にいることで三勢力の均衡を保つことができるのです」


 ペイギは頷きながら言った。


 要するに、私が追放されたタイミングはたまたまマスタールの作戦上都合が良かったということだ。


「説明はこれで以上です。アメリス様と村人の方々はマスタール州の州知事であるペイギの名において必ず保護します。安心してください」


 ペイギは私に向かって手を差し出してきた。私はその手を握り返す。その手を握った時、初めて私はここまでの一連の出来事に区切りがついた気がした。横にいるロストスの顔を見ると、私の方を向いて、見守るような優しい笑顔を浮かべていた。


 だが、彼の顔を見て忘れていた問題を思い出す。ロストスの事業は大丈夫なのかしら。お父様に逆らったせいで、ロナデシアとの交易に被害が出る可能性があったが、彼は事情が変わったと先ほど言っていた。一体どういうことなのだろう。彼の私に向けられた笑顔は、何かを誤魔化すためのものでないかと不安がよぎった。

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