第19話 アメリス、移動する

 私は今、馬車の中にいる。どうやってヨーデルの村まで向かうかをアルドたちと話し合った時に、これだけの人数がいれば誰かに見つかる前に察知することは容易であるので、馬車を走らせても問題ないという結論に至った。なので一度は道に放置してきた馬車を再び拾った。


 それに先ほどは緊急事態であったため馬車を乗り捨てたが、下手に私たちがいたという証拠を残すのも良くないということも考慮した結果である。


 馬車に乗っているのは、馬車を操作するヨーデル、そして荷台には私とアルドである。はたから見れば、道を馬車が走っているだけであり、アルドたちと出会うまでに私とヨーデルの二人で村に向かっていたのと変わらないように見える。しかしゆっくりと走る馬車と並行して、森の中を兵士たちが並行して歩いているのだ。何かあればすぐに私のいる馬車まで伝わり、対処することができる。


 私はゆったりとした振動に身を任せながら、これからのことを考えていた。とりあえず第一の目標であったヨーデルの村までたどり着くというのはアルドたちの協力もあり、達成できそうである。


 しかしまだこれで終わりではない。ヨーデルの村のみんなを説得し、さらに私の追放が広まるまでに彼らをマスタールの検問所までに連れて行って安全を確保しなければならない。


 ロストスによれば、私が追放されたという情報が広まるのは早くて明日の明朝である可能性があると言った。


 なぜであるか理由を尋ねると、もし私の追放の情報を新聞社がゲットしていれば、明日の朝一番の新聞で大々的に発表するだろうという予測が立てられるということであった。彼はあくまで可能性の話ですよと付け足していたが、万が一のことを考えると日が昇るまでにはマスタールに戻っておきたい。


 遠足は帰るまでが遠足なのだ。


 私が考え込んでいると、向かいに座るアルドが、


「アメリス様、難しい顔をされていますが何かまた一人で考え込んでいませんか?」


 と言った。彼は精悍な顔立ちでこちらを覗き込んでいる。出会った時は疲れた顔をしていたが、今は昔の威厳ある顔に戻っていた。さすがは私に仕えていた兵士の隊長であっただけのことはある。ロナデシア家の兵団の仕組みで令嬢の護衛の隊長まで成り上がるのは簡単な道ではない。


 ロナデシア家専属兵団の総督権は、お父様とお母様にある。すなわちお母様が全てを握っているということだ。その下に総隊長がおり、大勢の兵士たちを束ねている。


 そこから枝分かれして、私たち姉妹にそれぞれ直属で仕える者や有事に動けるように配備される者、街の見回りや治安維持などを担当する内地勤務といったように別れる。その中でもやはり領主の一族と直に接する任務は相当な実力がないと就任することはできないのだ。それをアルドは異例の若さで成し遂げた。その秘密は彼の生い立ちにある。


 アルドはもともと孤児であったところを当時のロナデシア家専属兵団の総隊長であった人物に拾われて育てられたため、幼い頃から兵士として活躍するように育てられてきたと以前聞かせてくれた。だから年齢の割に経験は豊富で、みるみるうちに出世を遂げて私の護衛の隊長まで上りつめたのだ。


 彼とは何年にも及ぶ付き合いになるが、改めて考えるとすごい経歴だ。これほどまでの人物が私のために力を貸してくれるなんて自分でも信じられない。その力添えを仇で返してはいけないと心に刻む。


「いいえ、大丈夫よ。ただこれからやらなければならないことを確認していたの。ここからが本番だから気を引き締めなきゃいけないなって」


 私はアルドにはっきりとした口調で言い返す。もう迷いはない、やるべきことをやるだけだ。


「わかりました。でも気負う必要はないですよ、あなたならきっと上手くいきます。ほらあの時だって……」


 アルドは時折見せる優しい笑顔で私に微笑み返す。普段は強面である分その笑顔は一層素晴らしいものに見える。


 しばらくアルドと昔話に花を咲かせていると、馬車は停止した。


「アメリス様、到着しました。タート村です」


 ヨーデルの言葉で、私は馬車を降りる。兵士たちの協力もあり、うまくヨーデルの住むタート村まで滞りなく来ることができた。


 降りた場所は村の入り口であり、斜めになった看板にタート村と書かれている。私がその看板を眺めていると、後ろから兵士たちも到着して私を囲むような陣形となった。みな一様に私のことを見ている。


「あなたたち、ここまで着いて来てくれてありがとう。それじゃあ始めましょう、手はずの通りにお願い」


 私がそう言うと、アルドたちは一斉に敬礼をして村へと走って行った。


 馬車の中でアルドと思い出話ばかりしていたわけではない。どうやって素早く村人たちの移動を達成するかについても議論を交わした。急に兵団たちがいきなり村に入っていったら村人たちはパニックになってしまうだろうし、深夜であるから逃げ出してしまう人もいるだろう。


 だから兵士たちが一軒一軒、一人づつ彼らの家を訪ねて事情を説明し、とりあえず村の中央の広場まで集まってもらうことにした。そうすれば多少は混乱を抑えれるだろうというアルドの意見だった。


 私は兵士たちが散っていく姿を見ながら、いよいよここが正念場であると感じていた。ヨーデルは村の人間ならばアメリス様の指示にしたがってくれるはずだと言ってくれたが、そう上手くいくかはわからない。短くひゅうと息を吐き、脈を整える。


「いきましょう、アメリス様」


 右隣に立っていたヨーデルがそう言って、足を一歩前に進めた。


「ええ」


 私もその声に呼応するように、前へ向かって歩き出す。隣を歩くヨーデルに歩幅を合わせ、力強く大地を踏みしめながら、私は広場へ向かった。

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