第20話 アメリス、説得する
私とヨーデルが広場で待っていると、兵士たちに連れられてぞくぞくと村人たちが集まってきた。暗くて表情は見えないが、みな不安そうな雰囲気をまとっているのは確かなようだ。一人、また一人と広場に村人たちは集まってきて、広場が埋まりそうなほどになった時、
「アメリス様、これで全員です」
とアルドが報告してきた。目の前に広がる光景からは、大勢の視線が私という一点に集中しているのがわかる。そして足元に目を向けると、自分でも気づかなかったが私の足はわずかに震えていた。どれだけ覚悟をしていても、やはりいざとなると緊張してしまうらしい。息を軽く吐き、気持ちを落ち着ける。
いくのよアメリス、もう進むしかないのよ。
私は重い口を開けて、言葉を紡ぎ出した。
「タート村のみんな、こんな夜遅くにごめんなさい。突然のことでびっくりするかもしれないけど、私と一緒についてきて欲しいの!」
私はその言葉を皮切りに、今回のことの経緯を説明した。最初はみんな黙って聞いていてくれたが、次第に彼らのざわめく声が大きくなり、ついには私の声が届いているのかわからないほど声の唸りは大きくなった。私に集中していた視線もちりじりになり、周囲の人間と顔を合わせて困惑している。
急にこんなことを言われたらびっくりするわよね。
唸りを当然の結果として捉える。でもその声に負けないように、私も声を張ってなんとかみんなに声を届けようと踏ん張る。たとえ喉が裂けようとも、奥から湧き出るこの思いを止めてはならない。
「お願い、私のせいのことだってことはわかっている。だけどどうしてもあなたたちを守りたいの! 私のせいで危険に晒す人をこれ以上増やしたくない!」
最後の一言、私は口から血が出そうなほど強く叫ぶ。今朝も自分の声の大きさに驚いたが、それとは比べ物にならないほど大きな声であった。
私が最後に声を張り上げたところ、ざわめいていたみんなは静かになって再び私に視線が集まった。お願いみんな、どうか……!
しかし彼らから発せられた言葉は私の望むものではなかった。
「いくらアメリス様の頼みといえども、いきなり村を出るなんて無茶ですよ。そもそも処罰が村まで及ばない可能性もあるんだし、しばらくは様子見でもいいのではないでしょうか」
群衆の中から、男性の声が聞こえた。
するとそれに同調するような声が次々と上がってきた。やはりあまりにも事態が急すぎて私の頼みは聞き入れてもらえないのだろうか。しかし彼らの万が一のことを考えれば、無理にでも移動させたい。
どうしたら納得してくれるかを考えていると、隣で見守っていたヨーデル「俺に任せてください」と私だけに聞こえる小さな声で言ってから、
「みんな、よく考えるんだ。確かに事態が急なのはわかっている。でもこれはアメリス様が私欲を肥やすためではなく、俺たちの身を案じて行動してくれているんだぞ! 普通の貴族が同じような状況に立たされたら俺たちのことをあっさり見捨てるだろう、でもアメリス様は危険を承知で俺たちのことを迎えにきてくれた。アメリス様のいない国になんている意味がないだろう!」
と暗闇に響き渡る声で言った。近くで聞いていた私には鼓膜がおかしくなりそうなほど迫力があった。彼の言葉で、再び静寂が訪れる。みんなどうしたらいいか決めあぐねているようだ。
その時、可愛らしい小さな声で、
「アメリス様はいなくなっちゃうの?」
と前の方にいた女の子が尋ねてきた。確かあの子はジェシカだったかしら。お花で冠を作るのが上手な子だ。
私はこんな小さい子にどうやって説明したらいいか考えていると、
「アメリス様、いなくならないでよ。私もアメリス様と一緒がいい!」
と言ってくれた。その顔は少し怒ったような顔をしており、可愛らしい。私は「いなくなったりしないわよ」と言って微笑み返した。その言葉を受けてジェシカは「よかった」と笑みを漏らす。
私としては普通の会話をしたつもりだったが、これが膠着していた流れの転機となった。ジェシカと私の会話を見ていた彼らは、次第に私についていくことに了承し始めてくれたのだ。
「確かに、こんなによくしてくれる領主様はいなかった。アメリス様が俺たちを思ってくれているんだ、素直に従おう」
「ああ、それに年貢も苦しくてどうしようもなかったところだ。ちょうどいい」
「アメリス様とならどこへでもいけます!」
みんな口々にそう言って、あろうことか全員が私についていくことを了承してくれた。
よかった。これでみんなを危険な目に合わせずに済む。
私は安心して体の力が抜けて、少しよろけてしまう。だが横にいたヨーデルが肩を掴み支えてくれた。彼のおかげで流れが変わったのだ。感謝しても仕切れない。私は「ありがとう」と彼に告げた。当然のことを言っただけですと彼は平然と言ったが、その頬は少し熱を帯びているような気がした。
説得が終わればあとは急ごしらえで村を脱出する準備をするだけだ。みな各々家へと戻り、最低限の荷物だけを持って再び広場に集まった。馬車にも荷物は多少は乗せることができそうであったので、年貢とは別にこっそり作っていた作物を積んでいくことにした。少ない量で価値が高いため、何かと後で有効活用できるかと思ったからだ。
さあ、いよいよ出発だ。
村の全員がいるかのチェックを終え、村人を列に並べて、それを囲うように兵士を配置する。私は帰りは馬車から降りて、先頭のアルドの横を歩いていた。
これであとはマスタールまで帰れれば一段落ね。
しばらく歩き、もうすぐマハス公国とナゲル連邦の国境だ。国境を越えるという行為は非常事態と分かっていても、なんだか悪いことをしているようでドキドキする。でも大丈夫、今のところうまくいっているんだから。
しかし、忘れてはならない。私は今日は厄日。物事がスムーズに進むなどあり得ないのだ。
私たちが先頭を歩いていると、急に後ろから兵士たちが何人か走ってきて、私たちの前に立ちはだかった。
「お前ら、なんのつもりだ」
アルドは厳しい顔で、兵士たちを睨みつける。一方で彼らの顔も真っ青であり、どこか緊張が伺える。彼らは何も喋らない。何か言いずらいことでもあるのだろうか。そんな彼らの煮え切らない態度に対して、アルドは「何かあるならはっきり言え!」と怒鳴りつける。
すると彼らのうち一人が前に出て、急に頭を下げてこう言い放った。
「申し訳ありません、アメリス様。俺たちはあなたと共に行けません!」
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