第18話 アメリス、悩む
アルドが元気を取り戻してくれたので一安心したが、どうにも彼の言わんとすることが掴めなかった。
「どういうこと?」
首を傾げながら私は言った。そもそも彼らは現在進行形で最前線の兵士として任務についているのに、すぐに持ち場を離れたりすることはできるのだろうか。
「そのままの意味ですよ、あなたがヨーデルの村に行くのに一緒についていくということです。ぜひ我々にもお供させてください」
アルドは私に向かってそう言うと、周囲の兵士たちを見回してから「おいお前ら、私の決定に文句があるやつはいるか?」と彼らに呼びかけた。すると兵士たちは次々に賛同の声をあげ始め、彼らのあげる声は次第に大きくなっていった。
「でもそんな勝手なことをしたらあなたたちの立場が危なくなっちゃうんじゃ……」
声の波に飲まれて彼らの決定を承諾してしまいそうになるが、これは勢いで決めていい問題ではない。彼らにだってロナデシア家の兵士という身分があるのだ。
そんなことを考えていると、アルドは私の前に跪いて右手を心臓のあたりに当てた。彼の動きに追随して、周りの兵士たちも同じ動きをする。彼らの動作は揃っており、よく訓練されているのがわかる。
アルドは跪いてから私の顔を見た後、静かに目を閉じてから口を動かした。
「アメリス様、よく聞いてください。確かに私たちはマハス公国ロナデシア家に忠誠を誓った身ではあります。しかし本当に一番大切なのはアメリス様なのです。だからあなたの力にならせてください。今まではあなたの身柄のためと思い最前線の任務を続けてきましたが、もうその枷もありません。我々の命、あなたのために使わせてください。あなたのためなら私たちの立場などどうなっても構いません」
ゆっくりと吟味するように語られる言葉は、私の心の不安を溶かしていく。懐かしく優しい言い方がアルドと、ひいては兵士のみんなと過ごした日々を脳内に再生させる。今までもずっと彼らと共に歩んできたのだ、もちろん一緒に着いてきてくれるなら嬉しいに決まっている。
しかし私の不安は完全に溶けたわけではなかった。彼らを私の問題に巻き込んでしまっていいのか。ヨーデルもロストも私のせいで困難に追い込まれてしまっている。これ以上私のせいで、私のせいで……!
私が返事をせずに黙ってしまうと、アルドは目を開けてから、
「まったくアメリス様は不器用ですね。いいんですよ、本音を話してくれれば。そうしたら私たちはそれに従いますから」
と語った。私がどうしたいいか悩んでいたのもアルドにはお見通しのようだ、全く彼には敵わない。
「わかった、本当の気持ちを言うわ。もちろんあなたたちがついてきてくれたら心強いけど、それと同時にあなたたちを巻き込んでしまっていいのかという不安も同時にあるの。だからどうしていいか私には決められないのよ」
私は心の底からの気持ちを言葉に変換する。アルドの前に隠しごとをしても見抜かれてしまうだろうから、正直に話した。なんだか緊張してしまいアルドのことを直視できず、周りの兵士たちの反応を見渡したところ、みんな真剣な表情で私たちの行く末を見守っていた。誰かがごくりと唾を飲むような音が聞こえた気がする。ただ、アルドだけは違う反応であった。
アルドは「はあ」とため息をつき、立ち上がって私のことを正面から捉えると、
「全く呆れるほどです、ここまできて自分のことだけではなく我々の心配をしているなんて。一体どこまであなたは奉仕精神が強いんですか。アメリス様、もっとわがままになっていいんですよ。あなたはアサス様やマリス様と比較されて育てられたせいで自分に自信がないのかもしれません。でもあなたには素晴らしいところがたくさんあるんです」
と言った。そして私の頭に軽く手を置いて、少し撫でてくれた。アルドは私よりも背が高い。その彼に撫でられていると、なんだか張り詰めた気持ちが和らぐ気がする。
「本当にわがままを言ってもいいの?」
「ええ、もちろんですアメリス様」
彼の手の温もりで残っていた最後の不安が溶けた気がした。ああ、彼らに頼ってもいいんだ、自然とそう思えた。
「じゃあ……一緒に着いてきてほしい」
私がそう呟くと、わかりましたとアルドは言った。短くはっきりとした言葉だったが、強く、頼り甲斐のある声であった。
「話は終わりましたか?」
後ろで静かにことの成り行きを見守っていたヨーデルが、向かい合う私とアルドの横に立って言った。その表情は若干険しいものになっており、少し不機嫌であるように見えた。
「ごめんなさいヨーデル、時間をとってしまって。あなたの村に急ぎましょう。こうして力強い味方も得たことだしきっと上手くいくわ!」
私はヨーデルの気持ちを汲み取り、フォローを加えた。機嫌を直してくれるかと思ったが、「相変わらずあなたは……」と言っただけで、曲がった口はすぐには戻らなかった。するとアルドも「相変わらず肝心なところで鈍感ですね」と言った。また何か見落としてしまったのかしら。
先ほどまで私を刺すように輝いていた月は、いつの間にか雲に隠れてしまい光は影を潜めていた。そのせいで辺りは暗く、闇がより深くなっていたが、兵士たちの持つ松明は私たちの進む道を確実に照らしていた。
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