第9話 アメリス、落ち込む
「着きましたよ、ここが僕の屋敷です」
馬車から降りてロストスに案内されるままについていくと、そこには立派な建物があった。中に入ると、大勢の人間がロストスを迎えた。もしかしたらロナデシア家よりも多いかも。
「すごい大人数ね、これ全員あなたの従者なの?」
「流石にそこまでの余裕はありません。ここは僕の経営している商会も兼ねているんです。だから従業員が大半ですよ」
ロストスはそう言いながら私たちを連れて奥の部屋まで進む。扉を開くと、絢爛な装飾が施されたソファが目に入る。二台のソファがテーブルを挟んで置かれており、どうやらここが客間らしい。
「お帰りなさい兄さん、その方が連絡にあったアメリス様?」
ソファには私たちよりも先に座っている女性がおり、こちらを向いてロストスに対して訊ねた。
「ああそうだ、伝書鳩が無事届いていたようでよかった。こちらがアメリスさんだ、それとこっちの農民はなんか着いてきた」
いつの間に伝書鳩など飛ばしていたのだろう、全く気づかなかった。もしかしたら裏路地で何か書いていたのは屋敷に送る手紙をしたためていたのかもしれない。
「アメリスさん、こちらが僕の妹のルネです。ルネ、後のことはとりあえず頼んだぞ。僕はバルトさんを呼ぶための手筈を整えてくる」
ロストスはそれだけ言い残すと部屋を後にした。部屋には私たちとルネだけが残される。
「よろしくね、ルネ」
彼女が私たちの身の回りの世話をしてくれるのだろうか。背が小さくて可愛らしい女性だ、マリスとは違ったタイプの魅力がある。ヨーデルもよろしくお願いしますと頭を下げた。
しかし彼女は何も言わなかった。じっと私の顔を見てくる。その目は何か敵を警戒するような鋭い目つきであった。
「えっと……」
沈黙のままでは気まずい。何か話そうとした時、彼女はソファから立ち上がって大股で私の前まで近づくと、
「私はあなたが嫌いです」
と私の目を見て、真っ直ぐに言い放った。話すときに目をしっかりと捉えるところはロストスとそっくりである。
「あなたは兄さんになぜか気に入られているようですが、私は認めませんよ。そもそも私は貴族っていう生き物が根本から嫌いなんです」
彼女の眼差しには見覚えがあった。お母様や姉が私を見る時の目だ。冷たくて、まるで人ではなく廃棄物か何かを視界に映しているようなあの目である。慣れているのでひどく傷ついたりしないが、やはり心にくるものがある。
もしかして私って同性に嫌われやすい星の元に生まれてるのかしら。
「おい、アメリス様になんてこと言ってるんだ!」
私の横にいたヨーデルがルネに詰め寄ろうとして一歩前に出るが、私は手でそれを制止した。こんなところで喧嘩をしても何にもならないからだ。
ルネは一歩前に出たヨーデルにも侮蔑の目線を向けて目を細めていた。だが目線を下に下ろして彼が持っていたドレスの残骸が入った袋を見た瞬間、目を見開いて、
「……これあなたが破いたんですか?」
と私に視線を移して訊ねてきた。
「ええ、どうしても一人で脱げなかったから破いて脱いだの。勿体無いとは思うけど仕方なかったの」
だって一人では脱げなかったんだもの。それに重たかったし。
その言葉を聞いたルネは私に向かって露骨に舌打ちをすると、
「……ずいぶん恵まれた環境で育ってきたんですね、さすがは貴族様だ。私は別の部屋に行ってます。メイドにあなたの世話はさせるのでご心配なく」
と嫌味ったらしく言って、部屋を出ていってしまった。部屋には二人になる。もしかして気に触ることを言ってしまったのだろうか。
「全く失礼なやつですね、あの兄妹は」
ヨーデルは部屋を後にするルネの背中を睨みつけながら言った。だが私は彼女に対して負の感情を抱くよりは自分が何かとんでもないことをしでかしてしまったような感覚に襲われる。
「ねえヨーデル。私何かまずいことを言ってしまったのかしら」
私がヨーデルに訊ねるとなんとも言えないような顔をしてから、特に言ってないと思いますよと言った。だが私にはなぜか引っかかるものがあった。もう一度彼に尋ねる。
すると彼は少し時間を置いてから、口を重たそうにゆっくりと動かして、
「これは俺の憶測になるけど構いませんか?」
と告げた。
「ええいいわ」
立ちっぱなしだった私たちはソファに向かいって座る。ヨーデルが語ったのは、あの態度はおそらく根源はロストスが抱いている同じものだろうと語った。
「ロストスは確か言っていましたよね、貴族に対する憎しみが彼の努力の動力源であったと。ルネも多分同じ感情を抱いていると思うのです。しかも彼女は女性です、絵本に描かれていたドレスは憧れとしてロストスよりも強く心に刻まれたのでしょう。
それを軽くいらないからといって破られていて、それで腹を立てたのだと思います。彼女はアメリス様の優しさを知らない。だからアメリス様のこと誤解してしまったのではないでしょうか」
俺も貴族を羨むこともあるし、その気持ちが分からないでもありません、もっともアメリス様は別ですが。ヨーデルはそう言ってフォローを入れてくれたが、私の心は軽くならなかった。
私はルネの前でなんて軽率な発言を……!
血の気が引いてくる。私がルネの立場だったら怒るに決まっている。ロストスの語る絵本を見つけた時、彼女は相当幼かったはずだ。ロストスよりも深い憎しみを貴族に抱いていたのだろう。だからあれほどまで貴族を目の敵に語っていたのだ。どうしてそんな簡単なことに気づけなかった!
「私、彼女に謝らなきゃ!」
一刻も早く謝罪しなければならない。さっきまでの私は傲慢で醜い貴族に映っていて当然だ。だが、ヨーデルが私の手首を握り、走り出そうとするのを阻止した。
「どうして止めるの、ヨーデル!」
私は彼の手を振り払おうとするが、農作業で鍛えた腕は私を離してくれない。
「すいません、アメリス様。でもあなたが抱える目下の問題を解決する方が先だと思うのです。謝罪はそれからでも遅くない、今はバルト様との面会に備えましょう」
「でも……!」
私は悲痛な声を絞り出す。どうしてそんなこと言うのよ!
「………アメリス様、正直に言います。俺はあなたがルネの元に謝りにいっても解決するとは思えないのです。彼女に刻まれた憎しみは相当深いように見えました。今行ってもアメリス様が傷つきだけです」
ヨーデルは躊躇いながら言った。本来ならばこんなこと言いたくないのだろう、だが彼には私が行っても結果が見えていたのだ。私が傷つくだけだと。結局どこまで行っても私は貴族であった身分、どんなに平民の彼らと慈善事業を通して通じ合えたと思っても壁はあるということを突きつけられているような気分だった。
私は走り出そうとするのをやめた。ヨーデルの優しさが心に染みると共に、ナイフで刺されたような痛みが心臓に残った。
しばらくすると、ルネが呼んだであろうメイドたちがやってきて、私たちをそれぞれ別室に移した。そこで私はドレスに着替えさせられる。今朝破いたドレスよりも比べ物にならないほど重く感じた。
部屋を出るとそこにはタキシードに着替えたヨーデルがいた。体格のいい彼にはよく似合っている。再び客間に戻り二人で待っていたが、私たちは言葉を交わさなかった。
メイドから聞いた話によれば、運よく今日の夜にお父様に会う都合がついたらしい。
私はなんとなく部屋の窓を開けて、空気を入れ替えた。窓を開ける時、夕陽がやけに眩しく感じられた。ルネの件は心に引っかかっているが、お父様と会うのに集中しなければならない。私は思いっきり息を吸い込んだ。
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