第10話 アメリス、父に会う
「久しぶり、アメリス。元気そうだね」
「お久さしぶりです、お父様」
日は暮れて夜になり、暗闇の中の冷えた空気に響き渡っている虫による輪唱に耳をすましていると、使用人らしき男性が呼びにきた。私たちが彼についていくと、先ほどの客間よりも広い部屋に長いテーブルが用意されており、そこにお父様は着席していた。ロストスとルネも同席している。テーブルには豪華な料理が並べられており、晩餐会の形式をとっているらしい。空いていた席に座ると、自然と私とお父様が向かい合う形になった。
「まさかテレースの奴がこんな大胆なことをすると思わなかったよ、俺が派遣されている間にこんなことをするなんてね」
お父様は用意されたグラスに口をつけてから言った。置かれたグラスに入っているワインがゆらりと波打つ。
「そうなんです、一方的にロナデシア家を追放されてしまったんです。間を取り持っていただくことは可能でしょうか」
私は父に問いかける。今回の追放で私は多くのことを学んだ。ヨーデルの村が危機に陥っていること、ロストスのように火の光の当たらないところで苦しいんでいた人間がいること、そしてルネのように私のような貴族に嫌悪感を抱いている人間がいること。
今まで貴族という立場にいては見えなかったものがくっきりと見えてきた。だからこそ私は貴族に戻って変えなければならない。そういった人々の力にならなければならない。
私はお父様を見つめる。卓についているヨーデル、ロストス、ルネは黙って経過を眺めていた。
だがお父様の発した言葉はあまりにも非情なものであった。お父様は、
「でもテレースが決めたことだろ? 俺が覆すのはちと厳しいかな〜」
と言ってヘラヘラと笑った。
「どうしてですか!」
真っ先に反応したのはヨーデルであった。椅子から立ち上がり、ばんとテーブルを叩く。
「えっと君は……誰かな、俺の知っている子かい?」
お父様はヨーデルにピンときていないようで、とぼけた顔をしていた。私が説明をすると、「ああ、マスタールと国境の村出身なのか」と言った。決してヨーデルのことを思い出しているわけではないようだ、絶対に会ったことがあるはずなのに。だって私と一緒に彼の村に行ったことがあるんだもの。
「だったら君が口を挟むことではないな。ただの平民だろ?」
お父様はヨーデルの言葉を虫ケラを跳ね除けるように流した。その言葉にルネの顔が歪む。
「バルトさん、僕からもお願いできませんか。アメリスさんにはぜひロナデシア家に戻ってもらいたいのです」
次はロストスがお父様に頼む。しかしお父様は一向に姿勢を変えない。
「だから無理なんだってば、俺には決定権ないもの。テレースがダメと言ったらダメなんだって」
お父様がお母様の言いなりであったのは昔から知っていたが、まさかここまでとは思いもしなかった。
「どうかそこをお願いできませんかね、なんなら金銭面でのロナデシア家への援助もしますから」
だがロストスも引き下がらない。職業柄交渉も多いだろうし、慣れているのだろうか。
「う〜ん、金の問題じゃないんだよなぁ。アメリス、諦めてくれない?」
お父様はそう言って再びワインに口をつける。どうしてそこまでお父様はお母様に従うの?
「お願いします、お父様! 私はロナデシア家に戻ってやらなければならないことがあるんです!」
何を言ってもダメかもしれない、でも懇願するしかない。私がロナデシア家に戻るにはこのチャンスしかない。
するとお父様はふむと呟いて私を見ると、ニヤリと笑ってとんでもないことを言ってきた。
「あ〜わかったぞ。お前、平民になるのが怖いんだろ?」
全く的外れなことを私に言ってくる。そんなことないと私は強く主張したがお父様ははいはいと軽く流してから、
「いやー平民ってやつは哀れだからなぁ、俺もたまに慈善事業で平民の暮らしぶりを見たりしたがありゃ惨めだぞ。いくら頑張っても俺たち貴族に届きやしない。テレースに虐げられている俺よりも哀れだ」
と当然のことを言うように、全くいつもと変わらぬ口調で言った。
お父様の言葉を聞いて、私はある一つの考えに至る。それはお父様はその優しさから慈善事業を農民に施していたのではなく自分より下の存在を見て安心するために施していたのではないかということだった。それじゃあ自己承認欲求を満たすためにやっていたことになる。今まで唯一私に優しくしてくれていたお父様の化けの皮が剥がれ落ちていく。
「どうしてそんなにひどいことを平気な顔で言えるんですか! 私に向けてくれた優しさも偽物だったのですか!」
私は必死に言葉を紡ぐ。目の前にいるのが本当に自分の父親だったのか疑ってしまう。
「嘘ではないよ、娘にキツく当たってもメリットがないだろ、テレースのようにお前を恨んでいるわけでもないし。優しくした方が将来的に得かなと思っただけだよ」
唖然とした。まさかそこまでお父様の性根が腐っていたなんて。結局突き詰めれば自分の利益になるから、自分の権益のためだけに私に優しくしていたのだ。この人の本質が透けて見える、自分のことしか考えていない自己中心的な人間であると。
「……どうしてそんなことまで話すんですか?」
ロストスはお父様に問う。確かにそうだ、そんな裏話のようなことを話しても全く意味がない。お父様が屑だと露呈して自分の評判を下げるだけではないか。他の貴族の耳に入れば都合が悪い。
「そんなの決まっているだろ。アメリス、お前がロナデシア家に戻ってくることは絶対にないからだよ。最後の土産ってやつだ。それにここにいるのはうちの国のただの農民と成り上がりの隣の国の実業家だけだ。ヨーデルといったか? お前がそんなことを言っても俺は一応国では優しい領主様で通ってるんだ、誰も信じないだろう。それにロストス、お前が俺のことを吹聴したところで何になる? お前の取引相手にうちの国のやつは多いはずだ、変なやつに思われて取引相手がいなくなるぞ?」
お父様は全て言い終わるとははっと笑った。その笑い声はあまりにも醜かった。
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