第4話 アメリス、マスタール州に到着する
「到着しましたよ、ここがマスタール州です」
ヨーデルに言われて外を覗いてみると、もうすでに街の中であった。商人ならば検問なしで入国できるというのは本当らしい。いつの間にか検問所を通過していたようだ。
街の中は商業地区ということもあり、人々の活気に満ちていた。食材を扱う店や雑貨を扱う店、はたまた何を売っているのかよく分からないような店が通りに面して所狭しと並んでいる。その様子からここは人の多い大通りなのだろうとわかる。
ロナデシア領にも市場はあり、領民の様子を見るためによく通ったものだが、ここまで大規模なものではなかった。馬車も人避けて進むのに一苦労といった様子だ。
「これからどうするの?」
「とりあえず馬車置き場まで行って馬車を預けます。その後は馴染みの店に残りの商品を卸して、どこかで飯でも食べて一息つきましょう。ほら、馬車置き場に着きましたよ」
ヨーデルが言い終わるやいなや、馬車は停止した。荷台から見える彼が馬から降りたのを見て、私も荷台から降りる。周囲には似たような馬車が大量に整列されていた。ナゲル連邦だけでなく、マハス公国やそれ以外の国からも商品の売買のため大勢が集まっていることが伺える。
彼は荷台から残りの箱を下ろして手際よく積み上げ、ひょいと持ち上げた。
「俺についてきてください。あと、ドレスの入った袋を持ってもらっても構いませんか。俺たちがここを離れている間にも、この馬車置き場では怪しい者がいないか警備員の巡回があるのですが、万が一彼らにこんな上質なドレスがズタズタになっているのを発見されたら厄介ごとになると思うのです。だから適当な場所で捨ててしまいましょう」
自分では意識したことはないが、これでも貴族の令嬢だったのだ、多少は良いドレスだったのかもしれない。たしかにそんなものが何の変哲もない馬車から発見されたら何かの事件かと勘繰られる可能性がある。
「わかったわ」
私は馬車の中からドレスの入った袋を取り出す。身につけている時は気づかなかったが、思っていたよりもその袋はずしりとした重みがあった。
ヨーデルの後をついて行くと、彼は先ほど馬車で通った大通りから横にそれて裏道に入った。華やかで明るかった大通りの店とは一変して、静かでどちらかといえば暗い雰囲気の店が並んでいた。
「ねえヨーデル、こっちで本当にあってるの?」
私は少し怖くなり、彼に尋ねる。
「大丈夫ですよ。確かにここは大通りからは離れていますが、別に危ないところじゃありません」
ヨーデルは足を止めずに返事した。私も置いていかれないように袋を抱き抱えながら歩くペースを合わせる。随分と奥の方まで行くようで、次第に通行人も少なくなり始める。本当に大丈夫なのだろうかと心配になりもう一度尋ねようかと思った時、彼は歩みを止めた。
「ここの店です」
両手が塞がってるヨーデルがあごをくいと動かし、ある店を指し示す。看板を見る限りは薬屋と書かれている。彼に続いて私も店に入ると、店の中には壁に沿って配置されている棚に大量の薬が展示されていた。
奥の方にはカウンターがあり、ローブを纏ってフードを深く被った人がいた。店の中が薄暗いのに加えてフードのせいで顔はよく見えないが、少しだけ見える口元から判断するに年老いた人物であるというのはわかる。
「俺はこれを換金してきます。アメリス様は店の商品でも見て待っててください」
ヨーデルはカウンターの方へと向かった。私は彼の言う通り店内を見て回ることにする。
それにしても随分たくさんの薬があるのね。
薬に関しては慈善事業でも重要になるため、ある程度は知っているつもりではあったがここにある薬は大半が知らないものばかりであった。しかも薬の原材料なんかも置いてある。マハス公国内では流通していないものも集まってくるのだろう。
……というかなんでヨーデルはこんなお店に商品を卸しているのかしら。
国に見つからないように稼ぐといっても、普通だったら普段育てている作物を多めに育てるといった手段を取るはずだ。どうやってこんな怪しいお店に商品を卸すルートを構築したのだろう。
のこのこついてきてしまったが、考えてみれば彼の村には三百人以上も人がいたはずだ。それをたった十箱の作物で不足分の補填ができるのか?
赤色の液体の入ったフラスコや、緑色のまるい飴のような薬が入った瓶を眺めながらそんなことを考えていると、ヨーデルがやってきた。どうやら換金は済んだらしい。手には金貨が入っているらしい袋を持っていた。ちなみに私の手切れ金も彼に預けている。理由は一つ、ずっと手に持っているのが面倒だったからだ。
店を出て、早速私は疑問に思ったことを彼に問うことにした。
「ああ、どうやって作物を卸すに至った経緯ですか。たまたまうちの村に寄った旅人が教えてくれたんですよ」
「旅人?」
ヨーデルの村はナゲル連邦と接する地域にあり、交易の盛んなマスタールと接しているので旅人が訪れるのは珍しくない。
「はい。たまたま手持ちの金を切らしてしまって食べるものがなく飢えていたらしく、かわいそうだったので食事と寝床を提供してやったのです。そうしたら金は払えないけどお礼だと言って植物の種をくれたんですよ。しかもどの店に卸したらいいかまで教えてくれて。試しに育てて店に卸したら想像以上の金貨が手に入ったんです。親切な方でした」
嬉しそうにヨーデルは語った。
「そう、興味深いこともあるのね」
何か引っ掛かるような気がしたがヨーデルが嬉々としてその旅人のことを話すので、水を差すのは野暮なことだと思い、私は喉まで出かかっていた何かを飲み込んだ。
領民のことを心配しすぎて過剰な行動をしてしまうのは私の悪い癖だ。
以前ある村で連続して強盗事件が発生した時に、普通なら警備の強化くらいで対応できるはずだが、不安そうにする村人を見て私の側近の兵士を勝手に全員動員してしまった。そのかいあってか犯人はすぐに捕まったが、過剰に動員した兵士に対して給料を払うために結構な額の出費をしてしまった。財政を管理している姉から平手打ちをもらったのも懐かしい思い出だ。
話していると、大通りまで戻ってきた。やはり人が大勢いる方が落ち着く。
ヨーデルによればこの辺りにいつも行っている定食屋があるらしい。そこは大勢が出入りする店なので私の正体がバレないか彼は心配していたが、私が単純に彼はいつもどんなものを食べているのかが興味があったので押し切った。頭巾を被りうつむいていれば大丈夫だろう。
ヨーデルの案内した店に入ると、大通り以上の賑わいがそこにはあった。テーブルもほとんど埋まってしまっている。
「どうしましょうか」
「う〜ん、時間を改めるもの面倒だし……そうだ、相席すればいいんじゃない? ほら、テーブル席を一人で使ってる人がいるじゃない、早速私交渉してくるわ!」
「ちょっ、アメリス様、軽率な行動は……」
「大丈夫だって、私のことを知っている人間なんていないわよ」
まさか追放までされてその上運悪く私の顔を知っている人間に出会うなんて空から太陽が落ちてくる確率と同じくらいのものだろう。私が言えたことじゃないけど、心配のしすぎは損だ。
抱えていた袋をヨーデルに預け、私は一人で食事をとっている男性に話しかけた。夢中で食事をとっているらしく、顔は下を向いている。
「すいません、席が埋まっているので相席していいですか?」
私が彼に話しかけると、一旦食事をやめてこちらを向き、
「いいですよ、僕ももうすぐ食べ終わるので使ってくださ……」
とまで言って言葉を止めてしまった。
「あの、どうかされましたか?」
どうも彼の様子がおかしい。私の顔を見て目をぱちくりさせている。まさか……!
「もしかして、アメリスさんですか? 僕ですよ、ロストスですよ!」
彼は信じられないものを見るかのような目でそう言った。その名前を聞いて私は思い出す、確かお母様に勝手にキャンセルされた食事会の相手の男性がそんな名前であったと。名前を契機として、記憶の彼方から彼の情報が浮かび上がってくる。
ロストス=イリック。新進気鋭の実業家。若くして一代で財を成した敏腕としてパーティーに来ていた。貧民から成り上がった手腕を確か姉が注目していたが、なぜか私に興味を持った物好きであった。
ロストスの驚く顔を見ながら、私は思った。どこまで厄日であるのかと。もしかしたら本当に太陽が落ちてきて、この世界は今日で終わるのかもしれない。
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