第3話 ゆりな

「ゆりな?…君が?」


「うん。…久しぶり」


 驚いて目を見開く俺に、彼女────ゆりなは朗らかに笑ってそう答えた。

 正直、複雑な気持ちだった。

 髪型も、雰囲気も、深い記憶の底から蘇った特徴とほぼ確実に一致している。

 なにより彼女が俺に告白した事を知っている時点で、疑う余地は無かった。

 …でも、どうしても信じられなかった。

 初めてラブレターを渡されて、初めて告白されて。

 初めて彼女が出来たと思った。


 でもその彼女は手も繋ぐ前に、俺の前から姿を消した。


 初めはからかわれたのかと思った。

 罰ゲームとかで、女友達にやらされているのかとも。

 もしかしたら間近で見た俺の顔が理想とは違かったのかもと、そんな事まで悩んだ。


 悲しかった────弄ばれた気がして。

 虚しかった────捨てられた気がして。

 腹が立った────彼女にとってはお遊びでしかなかった気がして。


 1年前のあの頃、俺の心は複雑だった。

 色んな感情が蠢いていた。

 1年前だけじゃない。

 ずっとそうだ。

 振られたのとは違う…半ば半殺し状態の俺の心には、あの時からずっとモヤが掛かっていたんだ。


 …でも。


「あの時はごめんなさい。君を1人にして」


 でも、今は違う。


「怒ってる…よね。こんな女で」


 さっきまであんなに重く絡みついていた心のモヤが、嘘に思えるほど軽い。

 長年積み重ねてきた不安が、一気に、俺の中から溢れ出る。

 そしてそれは、胸の中だけでは飽き足らず。


「えっ…ごめん私、そんなつもりじゃ…」


 涙となって、俺の瞳からこぼれ落ちた。

 無言で泣く俺に気がついたのか、ゆりなは近くにあったティッシュをオロオロしながら取ると、俺の頬を優しく拭いてくれる。


「…ありがとう」


 気がつくと俺は、涙と共に感情すらも吐き出していた。


「え?」


「俺…ずっと不安だった。君に何かしたんじゃないかって。俺のせいで転校したんじゃないかって」


 何度も、何度も考えた。


「ずっと不安だった。俺、人付き合いとか苦手だからっ。告白だって初めてだったから…っ嫌われたんじゃないかって…怖かった」


 思い詰めていた。

 だからこそ、

 こんな強く刻まれてる思い出、忘れるわけ無いのに。


「俺…俺っ…っっ」


 ふわ


 不意に、俺の頭の上から柔らかく暖かいものが被さった。

 それは背中を優しくさするのと同時、俺の耳元で語りかける。


「ごめん。本当にごめん。あなたを束縛して、あなたを1年間も悩ませて。…本当に、ごめんなさい…っ」


 彼女は泣いてはいなかった。

 でも心做しか声が震えていたのは、気のせいだろうか。


「うっうぁぁぁぁっっ!!」


 その日は、溢れ出す感情のままに泣いた。

 声を出して泣いた。

 大学生にもなって涙を、ましてや声に出して流す事なんて無かったから、少し新鮮な感じだった。

 でも不思議なもので、嫌な感じは全くし無かった。


────……

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