第2話 運命の糸
「お茶で良いですか?」
「うん、ありがとう」
彼女はそう言うと、ちょこんとちゃぶ台の前に座って、舐めるように俺の部屋を見回した。
あんまりまじまじとは見て欲しく無いんだが…。
あれから────
酔っているおっさんは予想外の告白に面食らったのか、酒を片手にそのままふらついた足取りで出ていってしまった。
去り際俺に言った「兄ちゃんいい女を持ったなぁ」と言う一言は余計だったが、とにかくややこしい状況からは抜け出せた…と、思っていたのだが。
コト
「で、なんで俺の名前を知ってるんです?」
一難去ってまた一難とはまさにこの事。
救世主かと思っていた彼女はあの後「助けてたげたんだからお茶くらい入れてくれてもいいんじゃないかな」とか何とか言って半ば強制的に俺の家に侵入してきたのだ。
「うふふ、気になる?」
ふぅーふぅー
と湯呑みに息をふきかけながらそう言って焦らすように言う彼女。
それに俺ははぁ…と、あえて彼女に分かるように深めにため息を着いた。
と言うか、
あの時彼女は俺の事を自分の彼氏だと言っていた。
ここまでは俺を酔っ払いから遠ざけてくれた嘘だろう。
それは分かる。
でも俺の名前を知っていたのは、はっきり言って謎だった。
こんな女の人知り合いには居ないし、そもそも俺はあまり知り合いが居ないはずなんだが…。
と、1人考え込んでしまっまたのか彼女は少し寂しそうに、そしてふぅーふぅーと尚も湯呑みに息をふきかけながら。
「むぅ…答えてよ」
「っ…えぇ…本当に分からないですよ」
膝に顔半分を埋めてぶーたれる姿は少し可愛かったが、とにかく。
俺が言うと彼女は「はぁ…全くしょうがないなぁ」と言いながら足を崩してじゃあとつけ足した。
「君は告白された事はある?」
「え…告白、ですか?」
「そう」
返事をして彼女は、尚も湯呑みに息をふきかける。
告白…?
はて、モテる所か女友達一人居ない俺が告白された事なんてあっただろうか?
チクタクチクタク
部屋の時計の音がうるさいと感じるほど俺は悩んで────そして数秒後、こう答えた。
「うん、居ないですね」
バシッ
頭を叩かれた。
理不尽だ。
俺はある意味酔っぱらいよりめんどくさい人を家に入れてしまったのでは無いかとそんな事を思い始めながらも、地味に痛む頭を擦りながら渋々記憶を漁る。
でも本当に、俺が告白されるなんて事…
あ
俺の頭の中にただ1人、記憶の奥底に埋まっていたある人の記憶が蘇った。
あれは…そう、真夏の校舎裏での出来事だ。
俺はあの日、告白された。
叩かれた衝撃からか、絡まった糸が思いの外簡単に解けた時見たいに、俺の脳にはあの時の彼女の事がすらすらと蘇った。
白紙のラブレターをくれた事。
髪をかき分けた姿が美しかった事。
…そして次の日に、転校してしまった事。
あれから1度も会っていないので忘れていたが、あれも告白と言えば告白か。
「そういえば1人居ましたね。付き合っては居ませんでしたけど」
正確には、付き合えませんでしたが正解だが。
まぁただ興味本位で聞いているだけの彼女にはこれくらいで良いだろう。
俺は丁度いい温度になったお茶を1口飲んでそう言うと、息継ぎなしに彼女はこう言葉を紡ぐ。
「そっか。ちなみにその彼女は…可愛かった?」
「え?ま、まぁ」
「ふふっそっか…そっか。…ふぅーふぅー」
俺の発言に満足したのか、彼女は湯呑みの中を見つめる顔を緩ませる。
なんでニヤついているんだろう。
そしてなんでまだ湯呑みを冷まして居るのだろう。
もう目の前の女性の事が何がなんだが分からなくなった俺は「で、本当になんで俺の名前を知っていたんですか?」と再度率直に、さっきよりも真面目なトーンで聞く。
すると彼女は俺の目をじっと見て、次の瞬間、こう呟いた。
それは俺の質問の答えにはなっていなかった。
けれどそれさえも全てまとめた様なある意味完璧な”答え”だった。
「私の名前はゆりな。…1年前、あなたに告白した女だよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます