第1話 再会

 ────1年後


ピッピッ


「2点で860円です。袋は要りますか?」


 目の前のテーブルに置かれた2つのお酒のバーコードを読み込んで、俺はレジの年齢確認用のパネルを表示する。

 時刻は深夜2時。

 窓の外からは駐車場の街灯の淡い光のみが見られて、道路を通る車もまばら。

 普通なら皆んな寝ているこの時間にも、俺のバイト先であるコンビニには客が来ていた。


 しかも…酔っぱらいの。


 酒の匂いをプンプンさせた中年気味の男性は、体をナメクジの様にくねくねさせながらパネルを押す。


「兄ちゃん恋しでるかぁ…?」


 ふと、レジにもたれ掛かるようにして中年のおっさんは俺に話し掛けてきた。

 俺がそれにいや…してませんが、と答えると。


「がはー!!今時のガキんちょはこれだから行かん!恋はいいぞーガハハ」


「はぁ…」


 それはもはや相槌とも言えぬ…要するにため息だ。

 これは完全なる俺の偏見だが、コンビニに変な客は付き物だと思う。

 それでもなるべくそう言った人と関わるまいと深夜にシフトを組んだわけだが、これがまた逆効果だった様で…。


「いいかぁ兄ちゃん。おらぁ長いこと生きてるが恋はいいぞぉ?一目惚れなんてもうな、なんて言うかこう胸がな、胸が張り裂けそうになるんだ。目が合っただけでも心臓がたかなってな、そんで────」


 そこからお喋りゾーンに突入してしまったのか、おっさんはレジの前を占領して琵琶法師かと思うほど語尾を伸ばして「恋」について語っていた。

 中年のおじさんが深夜2時に恋について若者に説いている。

 こんなものを防犯カメラでしっかりと録画されているのは羞恥以外の何者でもないが、深夜なので他の客は誰もおらず‪”‬他のお客様に迷惑ですので‪”‬と言う決まり文句も使えない。


「あはは…」


 俺は苦笑いもほどほどに、まぁ暇だったし丁度いいかと、渋々おっさんの話に付き合っていると。


「あれ、浮気かな?輝」


「?」


「?」


 突然、入店のチャイムがなったかと思うと澄んだ女の人の声が俺とおっさんに投げかけられた。

 それはどこか見覚えのある声色で…不意にも、俺とおじさんは同時に入口を見やる。

 

すると、そこには。

 

独特の光沢を発する美しい黒の長髪に、凛々しい輪郭。

 鼻や口や目、その全てが完璧とも言える黄金比であしらわれた顔。

 そしてその全てを凌駕する様な美しい瞳が、の事を見つめていた。


 あぁ…そういう事か。


 不覚にも、今俺は自覚した。

 心臓がうるさい。

 息が詰まる。

 胸が張り裂けそう。

 病気か?いや違う。

 これは正に、先程おじさんが言っていた────ひと目惚れの症状に完璧に当てはまっていたのだから。


「おぉ…?こりゃーべっぴんさんがきたなぁ良かったらおらとでーとに────」


 俺がその女性に目を奪われていると、酒を片手に黒髪の女性に近づくおじさん。

 いかん。このままでは酒に呑まれたこのオヤジが何をするか分かったもんじゃない。


「あっ、ちょっと!」


 俺は光の速度でそんな事を思うと、レジのカウンターに身を乗り出して止めようとする。

 しかし次の瞬間、黒髪の女性の口から思いもよらぬ言葉が発せられた。


「ごめんなさい。私あそこに居るレジの定員さんの彼女なので」


「…へ?!」


 そう言ってペコリと頭を下げる女の人に、俺の体は右の足と手がカウンターに乗った状態で固まった。

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