第48話 終幕
翌朝、僕は医務室のベッドに座りながら、職員の行動結果を待っていた。
「房の三人に伝わったようだが、どうやって出ていくつもりだ?」
「別に、トイレを時間差で向かえば事足ります。問題なのは、中島派との接触をいかに避けるかですよ」
脱獄計画がバレた以上、中島派の看守は如何なる方法でも僕らを止めに来る。
恐らく命を落とす覚悟で決行しなければならない。
計画の第一目標として、四人の合流を目指さなければならない。しかもただ合流を目指せばいいわけでは無く、経路を考慮したうえで落ち合う場所の考察が必要だ。
しかし、中島派の看守が徘徊する中で、ダクトの封鎖という条件付きの元、脱出する必要がある。
「一か所、僕に心当たりがある」
「囚人のお前が心当たりがあるとは、中々凄い状況だな……」
「まあ、刑務所内のほぼすべての建物に入ったし、そりゃ、候補ぐらい浮かびますよ」
「そうか、それで場所とは?」
僕は職員に伝えて、追加情報として鳴宮達に届けた。
まずは三人が合流場所まで行って、そこから僕が合流するという流れになった。
とりあえず三人の完了報告を受けるまで医務室で大人しくしておこうと思った。
「それで、島内看守の所在は分かったんですか?」
「いや、懸命に探してるが、まだ見つかってないよだな」
「あと、探してない場所はどこですか?」
「えっと――――――看守塔、旧男子棟くらいか」
「なるほどな……」
僕は職員の報告を聞いて考え込む仕草をする。
「お前、余計な事考えるなよ。お前らは脱獄だけを見据えて行動しろ」
「分かってるよ。でも後二つ何ですよね?」
「ああ。ただな、二か所ともハードルが高くて捜索困難なんだ」
困った様子の職員に、更なる質問を投げかけた。
「島内看守は、医務室まで僕を運んできましたか?」
「当たり前だろ。じゃなきゃお前はここにいない。それがどうかしたのか?」
「島内看守はその後、行方不明になったんですよね?」
「そうだな。俺はそう聞いてるぞ」
職員は謎めいた様子で返答した。
職員の話通りなら、自ずと場所は特定できる気がする。
恐らく難しい作戦にはならないだろう。
「まあ、考えがあるのなら教えて欲しいが、島内さんのメリットになるなら何でもいいぞ」
「それは、看守次第ですね」
僕は突き放すような言い方をした。
これから起こす行動は、様々な意図が錯綜する作戦だ。
沢山の看守が参加し、各々に思惑がある。
しかし、全員が胸に『内村看守』という尊敬する人物の名を刻んで、今日を過ごすだろう。
それから三十分ほどして、職員から『完了したらしいぞ』と情報が入った。
「じゃあ、行ってきますね。合流したら連絡します」
「ああ。慣れてるからって、気抜くなよ」
「ええ、助言感謝します」
僕は微笑みながら会釈を返し、正面から合流場所へ向かう。
行動中のドキドキ感やハラハラ感に抗体がある僕は、心の余裕を持って周囲を見渡しながら、旧男子棟へ進んだ。
医療棟からは、看守塔、入場口、旧男子棟と進んでいく。
もちろん、刑務所の中枢に近いため巡回中の看守が多い。
しかし、僕は警戒感を解いて建物まで駆け抜けた。
「内村さんを頼んだぞ。ここは俺らに任せて、君は急ぐんだ」
通りすがりの見知らぬ看守に声を掛けられた。
聞いたところ刑務所の七割近くは内村派閥に所属し、僕の経路には内村派の看守で埋め尽くされていた。
警棒。それが内村派閥を示す証だった。
中島派閥は拳銃を所持し、非常時でもすぐにでも使えるように、聞き手のポケットに忍ばせていた。
分かりやすい見分け方と内村派の看守で埋め尽くされたおかげで、危機感無く合流を迎えた。
「ハルくん、大丈夫なの⁉」
「声でかい……‼ 大丈夫だから安心して」
合流場所に向かった僕は、暗がりから走って近づいてきたしずくに、冷静な対処をした。
「あんたね、ゲームだからって無茶しすぎよ」
「つってもな、したくてした訳じゃないからな」
「聞いたわよ。中島が一歩的に発砲してきたんでしょ?」
鳴宮は、呆れた様子で言った。
「とりあえず二階に上がってからにしようか」
僕らは集合場所である、旧男子棟の二階に上がっていく。
なぜここを選んだか、理由は明確で、看守たちが寄り付こうとしないから。強烈な匂いと暗闇が支配する空間で、リスクが高い。
いつ襲われる恐怖心と戦いながら、脱獄囚を探す看守のメンタルは、まず保てないだろう
「それで、中島の弾丸を避けなかった訳は?」
二階に上がり、廊下で看守たちの報告を待つ僕らは、昨日の話を続けた。
「なんで拳銃の技術も撃つメンタルも無い看守の銃撃が怖いんだよ」
「だって、当たるかもしれないでしょ? 流石に賭けが過ぎるわ」
「賭け? そんな不確定要素の強いものに、命を懸けるほどのリスクはかけれないから」
「じゃあ、何でそんなことを?」
「簡単だよ。あいつは他の看守とは違って、ずる賢さで昇進した男だ。あいつの手記に、『拳銃の試験が上手くいかない』とか『努力するだけ無駄』とか、能力の低さを感じる記述が多かったんだ」
「なるほど。そんな奴が威勢よく拳銃持ったものよね」
鳴宮は嘲笑するような表情で言った。
ただ、話してるだけで時間を過ごす気は無く、僕にはやりたいことがあった。
「二階と三階で探し物をしたいから、二手に分かれよう」
「じゃあ、しずくと行きなさいよ。私と柚月で三階見てくるから」
「ああ、気を付けてな」
僕は二人を見送ると、しずくと共に奥へ歩いて行った。
「ねえ、ちょっと止まって」
彼女は背後で僕を呼び止める。暗がりの中、かろうじて彼女の姿を目視でき、その姿は悲しみに暮れているようだった。
「どうした?」
彼女は今にも泣きそうな目で僕に近づき、上目遣いで言う。
「もう――――無理しないで」
「うん……」
僕はそう返さざるを得なかった。
逆の立場だったら、僕だって同じことを言うだろうし、心配にだってなる。
「心がギュってなった」
「ごめん……」
しずくは僕の胸に顔をうずめる。
「なにしてんの?」
「心臓の音を聞いてる」
僕の存在を噛み締めているかのように、僕の命を感じているかのように、黙って深呼吸をしていた。
「僕は、まだ生きてる?」
「うん、生きてる」
彼女は静かに答えた。
僕は、彼女の気が済むまで頭をポンポンしながら待っていた。
「現実帰ったら、説教ね」
「はいはい。分かりました」
僕が優しく返すと、ゆっくりと僕から距離を取る。
「行くか?」
「うん、二人に迷惑掛けるわけにはいかないから」
しずくは一転して逞しい様子で言った。
二人並んで悪臭漂う旧男子棟を歩いた。
結局、お目立ては見つからなかったが、自然と安心感があった。
少しして、トランシーバーから連絡があった。
「一番奥の部屋にいたわ」
「分かった、すぐ向かうよ」
鳴宮の報告を聞いて僕としずくは階段を駆け上がった。
奥の部屋の前に三人が、僕らに手を振って合図を送っている。
元気な姿とは対照的に衰弱しきった彼女はとても痛々しく見えた。
「島内看守、大丈夫ですか?」
「え、ええ――――でもちょっとヤバいかも」
「分かりました。とりあえず、すぐにでもこの監獄から出ましょう‼」
僕は島内看守に近づき言った。
「駄目よ。ここは私の職場で、あの人と働いた誇りでもあるの」
「その彼が、いなくなってもですか?」
「ええ。いいのよ。私がいなくなっても彼は幸せだから……」
彼女は悲し気な言い方で遠くを見た。
僕はその言葉に決意を固めた。
「そんな人を放っておくほど、僕の性格は悪くないんですよ」
「ちょ、君何する気!?」
僕は島内看守をおんぶした。
「あなたもこの刑務所から出ていくんですよ!」
僕は言いながら最終計画へ移行した。
「僕らもこのまま出よう!」
「分かったわ!」
鳴宮の快活な返事で士気が一層高まり僕らは走って旧男子棟から外に出た。
階段を駆け下りる間、僕は他の看守と連絡を取って、打ち合わせ通り計画を執行した。
旧男子棟から外に出ると、そこに看守の姿は無かった。
「これどういうマジック?」
「まあ、詳しい説明は船に乗ってからね」
僕は機嫌良く言うと、目と鼻の先にある入場口に向かった。
そこには、入場ゲートと荷物監査員は二人いるだけで、監視はガバガバだった。
理由は簡単だ。ゲートに付属されているレベル5カードキーのタッチ部分。
それだけで厳重度が跳ね上がるのだ。
「おい待て!! 囚人共が何やってんだよ!!」
荷物監査員が僕らを見つけるや否や、鋭い剣幕で睨み、僕らの元へ全速力で駆けよってくる。
「鳴宮急げ!」
「ええ、タッチしたらすぐ船に走るわよ!」
言いながらポケットからカードキーを取り出すと、タッチして一目散に走っていった。背後には巨漢二人が全速力で走ってくる。
「あれか、船は」
「ええ。あの中に内村さんが乗ってるはずよ」
波止場に泊まる、一隻の船。
刑務所用の船という事もあってか、一人の護送にしては大きかった。
「やばいぞ、出向する!」
エンジン音が聞こえ始め、乗組員の動きも慌ただしくなっているようだった。
僕らは、波止場から何とか船の中に侵入し、とある物置部屋に身を隠した。
数十秒後、船は『ブォー!』と煙突から大きな音が刑務所中に響き渡る。それと同時に船が動き出し、窓の外には1か月過ごした島が見えた。
「さあ、ラストミッションと行こうか」
正直、船が出港した時点でゲームクリアかと思っていたが、どうやら事情が違うらしい。
「どうすんのよ。乗組員も敵じゃないの?」
「分からないけど、まずは島内看守の体が先決だ」
僕は言いながら、廊下に出て大広間に向かう。
広い艦内にも関わらず、案外人と出会わない。
1か月の行動で、緊張感も危機感もなくなり、マヒ状態に陥っている。だから看守をおんぶしながら歩いても、何も感じなかった。
「おい、止まれ」
大広間に入り職員が幾人もいる中、堂々と島内看守を連れて入った。
「分かった、分かったから。まず、島内看守を治療してくれ」
僕は、目の前にあるソファに下ろして座らせた。
「おい、どうしてこんな弱ってるんだよ」
「中島の手下から逃げてたから」
「中島看守長からか――――そりゃ、内村派の幹部だからな。そうなっても仕方ないが」
「因みにあなたは?」
「なんで囚人に答えなきゃいけないんだよ」
「それは、ここにいる内村さんに聞けば分かるよ」
僕は恐れることなく対等に話すと、乗組員も争う気もなさそうで、言う通りに内村さんを連れてきた。
どうやらただならぬ気配を感じたようだった。
「お久しぶりです」
僕は、痩せこけた様子の内村さんに挨拶をした。
「来栖、久しぶりだな。この様子だとちゃんと脱獄できたみたいだな」
「はい――――それより、島内看守に食料と水をください。細かい話はその後でします」
僕は真っすぐ内村さんに言うと、変わり果てた姿の島内看守を見て血相を変え、近づいてきた。
「おい葵音、どうした⁉」
僕はその姿を一歩下がってみていた。
周りの職員も慌ただしい様子で食料や毛布、それに飲み物をかき集める最中だった。
内村さんは久方ぶりに再開した恋人と悲し気なひと時を過ごしていた。
生気のない島内看守と、心配そうに膝をつく内村看守。
僕は壁に寄っかかって、その光景を眺める事しかできなかった。
「ねえ、どういう状態?」
「カップルが久々の再会を果たした感動のシーンを見てる」
「ものは言いようね」
鳴宮は簡潔にかつ的確な言葉で返答した。
僕らは黙ったまま二人の会話のやり取りを見ていた。
再開という恋人同士なら嬉し涙を流して喜ぶ場面だが、僕らの視線の先で繰り広げられている光景は、温かみを感じない風景だった。
どこか胸を締め付けられるような、多大なる苦しみに満ちていた。
それから乗組員が集めてきた物資で何とか回復した島内看守は、とある一室で休息を取っているようだった。
僕らは囚人という事で、一人一部屋という最高待遇で監禁された。
僕は部屋のベッドに座る。そのまま、僕はある疑問が浮かんでいた。
「なあ奏真、いつになったらクリア出るんだよ」
どこかで聞いてるであろう奏真に問いかけた。
まあ、流石に干渉してこないか。どうせ困ってる僕らを見て楽しんでるだけだし。
僕は諦めて、深い溜息を吐いた。
しかし次の瞬間、目の前が真っ白の光に包まれた。
「えっ――――――」
流石に声を漏らさざるを得なかった。
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