第47話 最後に
「何を、する気ですか?」
「別に四人には迷惑をかけるようなもんじゃないわ。むしろ、うまく利用すればスムーズに出て行けると思うのよ」
島内看守は決意に満ちた様子で言った。
「具体的には?」
「六日後、内村看守を乗せた船が島の港から出向するの。それに合わせてストライキを起こす」
「本気ですか……?」
「ええ。言ったでしょ、最後にやり返さないと済まないって」
僕は島内看守の表情に違和感があった。
彼女は笑っていた。
いくら劣悪な人間関係でも自分が務めた刑務所だ。ストライキを起こすことに多少は躊躇いが見られても可笑しくは無い。しかし、彼女は待ちに待った時が訪れたと言わんばかりの様子だった。
「元々僕らも、その船に忍び込んで帰るつもりだったのでちょうどいいです」
「そう。なら決まりね。六日後にまた話しましょう」
島内看守は言うと、足早に房から外に出た。
また、深夜が来る。いつもなら喜んで行動を始める時間帯だが、如何せんリスクが高く、行く気にならない。
「それで、後は時間を待つだけでいいのかしら?」
「いいや、一つだけあるんだ」
僕は言いながらポケットから鍵を見せる。
「何それ……?」
「看守長室の机に開かない引き出しが無かったか?」
「もしかしてその鍵? どうしてあなたが持ってるの?」
「それがな、レベル5カードキーと一緒に入ってたんだよ」
僕は鍵を眺めながら言った。
どうしてこの鍵が引き出しの鍵だと断定したか。それは鍵穴と鍵の大きさが近しく、鍵の持ち手は同じ黒に近い茶色だったからだ。
なんとも非合理的な状況証拠だけをかき集めた根拠だが、アルミ缶に入っていた事実が、僕の不安感を払しょくしてくれる。
「ほとんどの部屋に行ったけど、これがハマりそうな鍵穴を見たことが無いんだよ」
「消去法って事?」
「まあ、大部分そうだな」
「そんなんで大丈夫なの? 違ったら無駄足よ」
「良いんだよ、時間もあるし。もう準備は整ってるんだ」
僕が言うと鳴宮は納得したように、『そうね』と返す。
「逆に時間あるからって、あんまり気を抜かないでよ?」
「ああ、用事済ませたら帰ってくるよ」
僕はいつもの調子で言った。
そして行動を起こせる時間まで、布団に寝転がったり、雑談を交わしたりなんかして時間を潰していた。
翌日の昼間を迎えると、島内看守を見て、昨日と同様ダクトに上がった。
しかし、僕はすぐさまダクトから降りた。
「どうしたの?」
鳴宮は奇妙な物を見るような目で見た。
「ダクトに金網が設置されてる……」
「はっ⁉ いつそんなものを仕掛ける時間が?」
「僕が帰った後だから、夜の間にやってたのかもな」
僕は言いながら様々な感情が錯綜していた。
どうする。
ここで止める理由にもなるし、無理してリスクを取りに行けば根本目標をクリアできなくなる可能性も大いにある。
でも、鍵のを使った先に何が待っているのかを知りたい気持ちも大きい。そこに脱獄に繋がる鍵やクエストのペンダントが眠っている可能性もある気がする。
そうだ、一つだけ試しにやってみたい事があった。
「島内看守、トイレに行きたいです」
「分かったわ、ついてきなさい」
僕は一旦房から出て、用を足すためトイレに向かった。
男子トイレに入り、看守と二人きりになった。
「どうしたの? 何か問題でもあったのかしら?」
看守は小声で質問した。
「ダクトが塞がれてました」
「嘘っ⁉ 中島の奴、時間掛かるとか言ってなかったかしら」
「もしかすると、一番危険性の高いダクトを早めに潰しておいて、他は空いてる可能性あるかも……」
「なるほど? 時間的に考えると可能性は十分あり得るわね」
看守は納得したような表情を浮かべて呟く。続けて提案を出してくれた。
「なら、ひとまず個室に入って。長引いてる雰囲気出すから、上のダクトから行ってきなさい」
「了解です。すぐに戻ってきますよ」
言って迅速な行動を心掛け、すぐさまダクトに上がり女子トイレを目指した。
島内看守の予測通り、ダクトの封鎖は行われておらず、昨日と同じような行動を取れた。
幾度か足を運んだ目的地。
先に監視カメラ制御室に行き監視カメラを切る。そしてその足で看守長室へ向かう。刑務所の中枢である職員棟にも、看守や職員の姿を見かけない。それが刑務所の実情を物語っている気がした。
僕は看守長室に侵入した。
すぐさま作業机に向かい、お目当ての鍵穴を見つけた。
ポケットから鍵を取り出し差し込んでみる。
ピッタリだ……!
鍵を回し、一番下の引き出しを開く。
入っていたのは、銀色の写真入りペンダントだった。
以前、彼に見せたものとは違い、『0501 toru&aone』と文字が掘られていた。
若干の罪悪感を隠しながら、僕は中の写真を開く。
僕は、すぐに言葉を失った。
そこには、見慣れた二人の姿が見えた。
――――内村看守と島内看守?
掘られた文字、二人の写真、内村さんの復讐、中島の手記、島内看守の怒り……
そうか、根本原因って案外簡単な問題だったのか。
僕はペンダントをポケットにしまい、すぐさまダクトに上がろう――――そう動こうとした時、僕は絶望に落とされることとなる。
「よぉ、随分と大胆な事してるみたいだな」
突然扉から声が聞こえた。
「中島……」
僕は、出入口にナルシズム全開で寄っかかる中島を見つめた。
「簡潔に伝えるぞ。ペンダントを引き出しに戻せ」
中島は脅すように言う。
「戻さなかったら?」
「————お前にそんな選択肢があると思ってるのか?」
中島は余裕の表情を浮かべる。
しかし、中島が思っているほど僕らの状況は悪くない。
「ああ。あるんじゃないか」
「ほう。今の状況分かって言ってんだろうな」
「なに、僕が分からずに言ってるとでも思ってたのか?」
僕は挑発的な言葉を放つ。
「なら、ここで捕まえてもいいんだよな」
中島の表情が曇っていく。
「出来るもんならどうぞ?」
僕は表情を変えずに言った。
中島は我慢の限界を迎えたようで、紅潮した声色で叫んだ。
「吐いた言葉のみ込むなよ‼」
中島は拳銃を取り出すと僕の顔面をめがけて銃口を構える。
僕は、動かずに真っすぐ中島を見ていた。
「————撃たないのか?」
「逆に撃っていいのか?」
「どうぞ」
僕は静止する。
「お前は、どこまでも俺を馬鹿にしてくれるな……!!」
「うるさいな腰抜け。撃つなら早く撃てよ」
僕は冷酷な言葉づかいで言った。
「どうなっても知らないからなぁ!!」
中島は刑務所中に響く声で言った。そして次の瞬間、銃声音が鼓膜に届く。
————ヴァン‼
乾いた爆音と共に、後ろの壁に穴が開いた。
————ヴァン、ヴァン‼
二発目三発目、ともに僕の頬と頭上の横を抜けていった。
――――ヴァン、ヴァン‼
四発目五発目、ともに頬をかすめ、鮮血の雫がぽたぽた零れ落ちる。
それでも僕は体勢を変えず、最後の一発を受け止めるつもりで待った。
身体がこわばるのを感じる。
死の恐怖はゲームだとしても感じるし、本能的萎縮は留まるところを知らない。
視力ギリギリの距離ではあるが、引き金に指をかける瞬間が鮮明に見えた。
そして……
――――ヴァン‼
最後の一発は僕の左腕に命中した。
瞬時に鈍く強烈な痛みが全身を駆け巡る。僕はとっさに右手で命中部分を抑えた。
「お前、なんだよその表情は……」
「何って、笑顔以外の無いがあるってんだ‼」
僕はそれでも笑っていた。
「拳銃を向けられたんだぞ⁉ なんでそんな余裕なんだよ‼」
中島は僕が異常者を見るような目線を向ける。それが都合が良くて仕方が無かった。
「何でかって? 簡単だよ。お前が俺を殺せるわけがねえって思ってたからだよ」
その時、僕の中に眠る新たな人格が目を覚ましたようだった。
「誰だよお前……‼」
「俺か? 俺は、刑務所の一囚人だ」
中島は拳銃を放り投げ、腰を抜かしながらドア付近で恐れおののいていた
「じゃあな。これでも戦うならその時は容赦しねえぞ」
「ひぃぃぃぃ…………‼」
情けない声を出しながら部屋から走り去っていった。
僕はその姿を見て、張り詰めた緊張が解けたようによろめいた。
同時に左腕の痛みもより感じるようになってしまった。
それでも帰還までが任務。僕は痛みを抱えながらダクトに上がった。
左腕を引きずりながら、何とか前に進む。
左腕を庇いながら看守が慌ただしく見回りを始める前にトイレに戻った。
「ちょっと、何よその怪我……‼ もしかしてさっきの銃声……」
「え、ええ――――中島が、、撃ったやつです……」
貧血だろうか目が回っていた。
「とりあえず、すぐに医務室行くわよ‼」
島内さんが言うと、僕は朦朧とする意識の中で二つ伝達事項を話した。
「気を付けてください。恐らく外では中島派の囚人がうろうろしています。僕の姿を見つけると、看守もどうなるか分かんないんで」
「あんた、そんな状態なのに人の心配? 任せなさいよ」
島内看守は言うと、持っていた通信機器でなにやら会話をしている様子だった。
「後、これ大事な物ですよね。持っていてください」
僕は取り返したペンダントを看守に渡した。
「頼みましたよ、葵音さん――――」
僕はそこで意識が途切れてしまった。
そこから目が覚めるまで、刑務所内で何が行われたのか、僕のあずかり知る事ではなかった。
「目、覚めたか」
ゆっくり目を開けると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
状況を確認するために周囲を見渡す。
どうやら医療棟にいるらしく、ベッドの上で横になっていた。
「無理に体を起こさなくていい。少しずつ回復していけ」
「あなたは――――」
「俺は、お前の仲間に救われた一職員だ」
「そうか――――――」
僕の頭は未だに状況を整理できていない。というか自分の置かれた立場を忘却したと言ってもいい。
とりあえず体を起こしてみる。どうやら新たな囚人服に身を纏っているようで、今までの汚れが無くなっていた。
そういえば僕、身体に包帯がまかれている。寝ていたという事は大怪我をして、意識が途絶えたという事だろう。
ふと、左腕を動かすと激痛が走る事に気が付いた。
「おい、まだ完治してないんだから、無理して動かすなよ」
「は、はい……」
左腕を怪我して意識を失ったのか……
うん?
「あの、僕は何日寝てましたか?」
「大体、五日だな」
僕は言葉を聞いて、始めは受け止められていたが、すぐその重大性に気が付いた。
「本当か!? 今刑務所はどうなった?」
「いいから落ち着け。お前が危惧してるより、物事は動いてないぞ」
職員は焦燥感を露わにする僕になだめる様な言葉をかけた。
「起きた出来事は一つだけ」
「一つ……?」
僕が聞き返すと、看守は時間を溜めて言った。
「島内さんが行方不明になって、刑務所の看守から外れることになった」
「行方不明って――――場所の目星もついてないんですか?」
「ついてたら、行方不明って言葉使わないだろうが……」
職員はあきれ顔で言った。
「明日、計画通りにストライキを起こす。お前らはその機会を狙って抜け出せよ」
「はい――——それまでここにいてもいいですか?」
「ああ、ゆっくりしてろ」
職員は優し気な言葉をかけると、枕もとのパイプ椅子から立ち上がり、定位置に戻った。
現在、深夜二時。行動までは時間があるようだ。
自分たちのためにリスクを負ってくれた二人のためにも、明日の計画は成功させればならなかった。
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