第46話 旧男子棟
僕は、崩壊した男子棟の物陰に隠れていた。
今朝、行われた集会で、僕らのダクト行動がバレていたことが判明した。しかも囚人全員が監視カメラのように、異変を察知したら看守へ情報が渡ってしまう。
かなりマズい状況に陥っていた。
しかし、房への監視と男子棟の崩落により、看守の巡回が疎かなっている。
驚いたことに、監視カメラが停止されている今、昼間にもかかわらず外に人の姿は無かった。
「崩壊の回収作業は、まだまだかかりそうですよ看守」
「だな。刑務作業もできないし、納期も近いのにどうしたもんか……」
上司と見られる看守は頭を抱えているような様子で話していた。ただ、背後に気づいていないようで僕が通るのに、何ら弊害は無かった。
僕は念のため迅速かつ丁寧な行動で、音を立てずに通った。
瓦礫は依然として僕の身長より2倍以上も積みあがっている。数人の看守も僕の存在に気づくことなく、調査を続けていた。
そのまま食堂の前を素通りし、厨房で料理する職員のみで、食堂に看守も囚人も姿は見えなかった。
崩落事件の後から突如として閑散とした刑務所。
僕は行動のしやすさからありがたみを感じているが、ハッキリ言って不気味だった。
何かくる。これから何かが起こる。
僕はいつか来る予測出来ないサイアクに不安感を感じざるを得なかった。
しかし僕は、起こっていない出来事に対応できるほど器用な性分ではない。起こる予測は立つが、対策までは講じる能力がなかった。
どうやら僕には先見の明が無いらしい。
だから、旧男子棟に入った僕を襲う強烈な悪臭を予測することはできなかった。
僕は右腕で鼻を覆いながら入っていく。昼間で太陽光だけが入り口から差し込んでいるが、夜中になると真っ暗だ。蜘蛛の巣が張り、草木がすね元まで伸びている。
建物の中に入り、元囚人房を一つ一つ見て行く。一番手前の房に入ると、悪臭の正体がわかった。
正体はベッドだった。
元々洗濯されないベッドだった上に、何年間も放置された結果悪臭を放ったようだ。
ここには女子人を連れてくることは出来そうにない。
特に鳴宮は嫌がるだろう。お嬢様には酷な環境だ。
そんな場所には、おそらく手掛かりがあるはず。
僕はそれを信じながら、鼻が曲がるほどの匂いを我慢して、あらゆる場所を探した。
房内の構造は今の男子房、女子房とほとんど変化なく、探索は簡単に進んだ。
変わった部分と言えばダクトが閉じていて、探す手間が省けてラッキーだった。
結局、最後の一つに至る前まで、発見することはできなかった。
そして一階の一番奥にある房、そのベッド下にコンクリートの床に穴をあけた痕跡を見つけた。
これは掘ったのか……?
それにしても不自然だよな。崩壊の後にしても、ここだけ大きなヒビが入ってるのはやましいものを隠したように受け取れる。
僕はベッドの下に入り込んで暗がりの中、何とか土を掘り起こした。
そこには、直方体の薄いアルミ缶が埋まっていた。
案外浅い場所に埋まっていて、掘った際の苦労が伺えた。
とりあえずアルミ缶を開けると、やはり最後のカードキーが入っていた。
これで全てのピースは揃った――――——そう言いたいところだが、もう一つの小さな鍵を見て、ある候補を思いついた。
僕は外を見て、オレンジ色に変わっている事に気が付いた。流石に空が黒く染まると作業の続行は不可能。僕は急いで二つをポケットにしまうと、周囲に最大級の警戒を見せながら、今度は作業棟に向かった。
対角線上にある作業棟は些か難易度が高く、内心すぐにでも房に戻りたかったが、如何せん土汚れが付いてしまった。このままではすぐにでもバレてしまう。
僕はすぐさま作業棟のダクトに入り、閑散とした作業棟で迅速に風呂場へ向かう。
やはり人の姿は無い。
僕は好都合とばかりに囚人服を脱ぎ、風呂場で服をバサバサさせ土を落とす。その後落ちた土を風呂のシャワーで流した。証拠隠滅の成立だった。
そのまま汗と匂いと土を落として、最大風速のドライヤーで髪を乾かし、囚人服に袖を通した。
僕は再びダクトに入り、足早に房へと戻った。
「戻った……」
「お帰りって――――――なんかさっぱりしてきたわね」
「だって――――」
僕は怪訝そうな鳴宮に旧男子棟の状況と、カードキーの発見等を報告し説明した。
「それは行ってきて正解だけど、どっちにしろ危ない橋渡ってないかしら?」
「でも、朝と比べて変わった?」
「お風呂上がりだから、髪が湿ってるのと近くにいるとシャンプーの匂いがするくらいね。時間が経てば戻る気がするわ」
「なら、何とかなるか」
僕はホッとしたように言った。
「レベル5、ようやく手に入ったのよね」
「ああ、そろそろ本格的に出る準備をするぞ」
「でも経路は確保してるの?」
「正面から堂々と行けるだろ。それ用だし」
「中島が許さないと思うけど?」
「バレなきゃ大丈夫だろ」
「そんな安易で大丈夫かしら」
鳴宮は警戒した様子で言った。
ここまで来たらいつも通りの行動パターンで脱出するのが安パイな気がする。ただ、どこでこの情報を聞かれているか分からない。
「囚人諸君、就寝よ! 早く布団に入りなさい!」
島内看守は言いながら房に入ってきた。
「君たちの計画も佳境のようね」
「はい、後は出るだけです」
「嘘、あなたレベル5持ってるの?」
「さっきですけど、これ……」
僕は恐る恐る島内看守に見せた。
「そうなのね――――――なら、一つ協力して欲しいことがあるの」
島内看守は神妙な面持ちで僕を真っすぐ見るのだった。
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