第44話 次へ

「頼んだぞ。キツイと思ったら絶対無理せず房に戻って来い」



「ええ、ありがとう。逆に困ったら助けてよね」



「当たり前だ。何かあったらすぐ行くぞ」



僕が言うと鳴宮は落ち着いた様子でダクトに向かった。



鳴宮はどかに向かったのか。それは看守塔。

以前から計画して、タイミングを見計らっていた看守塔計画の仕上げ。



ようやく準備が整い、僕らの脱獄も一歩進んでいく。



昼過ぎ。

まだ囚人たちが騒がしい声を上げ、会話に勤しんでいる中で、島内看守は僕の房を訪れる。



「手短に報告だけ。中島は今日一杯帰宅して自宅療養をするみたいよ。どうやら計画が上手く行ったみたいね」



「という事は、看守塔はもぬけの殻って事ですか?」



「ええ、そのはずよ」



島内さんはそれだけを言うと、『じゃあね』と囁いて女子棟から去って行った。

彼女はどうやら、週に一・二回看守塔に行って中島のお菓子を届けに行く行身を担っている。業務と言うのもおこがましいほど、私的な用事で職員を使っているのだ。



「なんであんなのが看守長になれたのかしらね」



ダクト内の鳴宮は言う。



「二大派閥の刑務所だからじゃないのか?」



「それにしても、誰も文句言えないって独裁もいいとこよ」



「だな。だから僕らで何とかするしかないんだよ」



「そうね。まあ、看守塔についたら報告するわ」



鳴宮は前置くと口を閉じた。

トランシーバーを置き、鳴宮の報告を待つ。



「戻ったよ~」



「ああ、お疲れ様」



監視カメラ制御室での任務を終えたしずくが房に戻ってきた。

始めこそあたふたしたしずくだが、今では立派な行動班として成長していた。



「知らなかったよ~。もう看守塔に潜り込むための計画が実行されてたなんてさ」



「まあ、丁度しずくがいないタイミングで話進めてたからな」



「なら、計画の話聞かせてよ」



「ああ、分かった」



僕は隣に座るしずくを見て計画を話すことにした。



行動開始は昨夜に遡る。

行動班の鳴宮は初めに医療棟へ向かった。



「例の物、あるかしら」



「ああ、そこの机にあるだろ? 勝手にもってけ」



「ええ、恩に着るわ。じゃあ、使い終わったら戻しに来るわね」



鳴宮は職員と手短な会話を済ませると再びダクトへ戻った。

彼女はポケットに細い針の注射を忍ばせていた。

使用用途は簡単。翌日島内看守が運ぶケーキに高濃度の下剤を溶かした溶液を仕込む。そのための器具である。



鳴宮は迅速に中島看守長の部屋へ侵入し、冷蔵庫にあるシュートケーキの箱を開けて、手前のケーキに注射の中身をすべて突っ込んだ。



後はバレないように元に戻し、注射器を医療棟の職員の返却すれば仕込みは完了。昼頃に登板だった島内看守によりケーキが運ばれ、無事体調を崩した訳だ。



「そこまでが今終わってる計画だ。後は鳴宮が看守塔に忍び込んで重要アイテムを搔っ攫えれば完璧だな」



僕が簡潔に全容を話すとしずくは呆れた目つきで僕を見る。



「君たち、中々酷い事するよね」



「仕方ないだろ。中島を看守塔から引きずり下ろすにはこうするしかないんだから」



「確かに、殺さないだけましだったのかもね」



「そうだよ! 僕らは体調を崩させたに過ぎないんだから」



まあ、十分犯罪的な行動してるんだけどな……



僕は冷静に言葉を挟みつつ、鳴宮の返答を待っていた。









一方その頃、看守塔への侵入を成功させた鳴宮は、長い螺旋階段を一歩ずつ丁寧に上っていた。

中島がいなくなったことにより、看守塔にあった人の気配は皆無。

もぬけの殻と化した看守塔に、監視カメラも停止中で、侵入し放題という訳だ。



看守塔のは閉鎖的な空間で、階段エリアには小窓の一つもない。恐らく脆弱性を減らすためなのだろうが、如何せん圧迫感が強い。

緊張感も相まって、あまり居心地がいいものとは言えなかった。



鳴宮は足早に階段を上り、最上階の看守長の基地的な部屋に出た。

案外、部屋は綺麗に整頓されている。四方の強化ガラスで監獄の全てが見渡すことが出来た。中央には小さな丸机と質素な木製の椅子があって、そこで息抜きするのが目に見えて分かった。



逆に最上階にはそれしかない。

お菓子を頻りに食べる情報から、てっきりごみが散乱していると思いきや、お菓子の欠片すら見当たらない、新築と見間違えるほど綺麗だった。



鳴宮は机に近づく。中島が見る景色を少し知ってみたくなった。

しかし近づくにつれ、机に物がかかっている事に気が付いた。



「ねえ、机にカードキーあったわよ」



「もしかして、レベル4か?」



「ええ、そうみたいね」



鳴宮は机にかかるカードキーをポケットにしまった。



「鳴宮、一番見晴らしのいい場所に立ってくれないか?」



僕は鳴宮に指示を出す。

聞いた鳴宮は、机の端に腰かけて監獄中を見渡す角度を発見した。



「立ったわよ」



「そのまま、左側に何があるか教えてくれないか」



「そうね――――」



鳴宮は言われた通り視線を動かす。

そこには、私たちが連行された際に入場した『入口』と『食堂』それと――――



「あと、旧男子棟ね」



「そうか――――ありがとう。これからの話もしたいから大丈夫そうだったら帰ってきてくれ」



「分かったわ」



鳴宮は簡潔に返すと、今一度看守塔内を見まわしてみる。

ちゃんと、何もないことを確認して、鳴宮は看守塔を下りた。そして素早く房に戻る。



「戻ったわよ」



「お疲れ! 今日までご苦労様。これで、看守塔作戦は一旦終わりだな」



僕は別途に座り込む鳴宮にねぎらいの言葉をかけた。



「やっぱり精神すり減るわね。いないって分かっててもストレスで息苦しくなったわよ」



「だよな……凄い分かる、それ……」



僕は鳴宮の気持ちが痛いほど理解できた。



「まあ、次は僕の番だから休んでいてくれ」



「何? 次の計画も決まってるの?」



「ああ、一応な」



僕はそう返すと、例の紙を取り出した。そして彼女に近づくと、次の計画について話を始めた。



「次の目的地は『旧男子棟』だ」



「さっき、私に聞いたのは、場所を知るため?」



「いいや、紙を見て当てはまる場所を考察しただけ」



「考察? まって、紙の内容を解読できたの?」



「一部分だけ……?」



僕は自身なさげに言った。



「最初の部分が『北東』を指すってだけ」



「えっ――――なんで?」



僕は島内看守の受け売りを、さも自分が思いついたような口ぶりで話した。



「なるほどね――――さすがにこれで『丑三つ時』は出てこないわ」



「確証はないけどな。ただ、賭けてみないか?」



「良いと思うけど――――探すところ限定しないと時間かかりすぎるんじゃないかしら」



「つってもさ、限定できる要素も無いし。しかもさ、レベル4のカードキーって医療棟とか職員棟の二階とか、行ったことある場所だけなんだよな」



そう、レベル4になったとしても、余計な鍵を持たなくていいだけで新たな場所は開拓できない。



「まあ、鳴宮は休んどけ。しずくと何とかやってみるよ」



「そうね――――やりたいって言いたいとこだけど、休息を優先するわ」



鳴宮は疲れ切った様子で言った。



脱獄まではリスクとの戦い。精神の消耗戦とも言っていいだろう。

ストレスの負荷は高く、体力の負担も大きい。

行動を続けていけば慣れも出てくるが、より失敗の許されない作戦も出てきたりするため、疲労も蓄積しやすいのだ。



翌日の深夜から僕の行動が再開する。それまでは英気を養った方がよさそうだ。











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る