第43話 看守塔へ

中島復讐作戦へ、すんなりと工程が進んでいた。あと少しで完了が見えてくる。

しかし、そこで立ちはだかったのは、錠剤という壁だった。



「酒も無いし、どう混入させるか……」



「そうね――――お菓子って何があるの?」



「色々あったな。ポテチもチョコもクッキーも」



中島看守長の部屋に置いてあったお菓子。

数多あるそれは、いつか看守の胃袋に入る。だからそれを利用して体調を崩させたい。



「行ってみるか、看守長の部屋」



「じゃあ、後で行ってくるわね」



鳴宮は行く気満々だが、僕は制止した。



「たまには僕にも行かせてくれ」



「駄目よ。この作戦は私としずくに預けてくれるんでしょ?」



「僕だって動きたい。体がうずうずして仕方ないんだよ」



僕は溜まったエネルギーの捌け口を探していた。

今日を含めて四日。僕は房から出ることなく、しずくと鳴宮の指示係と相談相手としてトランシーバー越しに連絡するだけだった。



「私だって、看守長の部屋行きたいもの。しかも、私が部屋までの生き方を知ってる方が良くない? 動ける駒が増えるのよ?」



「別に一回じゃ変わらないだろ」



「経験の有無は大きく変わるわ。それくらい来栖にも理解できるでしょ?」



「環境に身を置いて自覚するのと、言葉で見聞きしただけなのと、大きく変わるって言いたいのか」



「ええ、そういう事。だから、一度だけでも無駄にはならないわ」



僕は鳴宮の合理性に敵う論理を持っていなかった。



「分かったよ。じゃあ、鍵渡しとくから今夜行ってきてくれ」



「感謝するわ。あと、神田って脱獄囚から貰ったヒント考えても良いんじゃないかしら」



鳴宮は神田さんから貰った紙を僕に渡しながら言った。



「じゃあ、行ってくるわ。ちゃんとトランシーバーの通信聞いてなさいよ?」



「当たり前だろ」



僕は即答すると、鳴宮は逞しく笑って見知らぬ地へと歩みを進めた。

それを見送った僕は、ベッドに深く座ると、紙と睨めっこしながら深く考え込んだ。



三頭の牛……

牛と言えば高級食品、牛乳、丑の日もあるな。

ん!?——————丑三つ時か?

そう考えれば、牛が三頭な理由が説明付くが、何を指すのか分からない。

丑三つ時と言えば、深夜二時から三時の間を指す。昔の日本では時計の時間として、干支順に時間を指していたというが、それなのか……?

でも時間が特定できたとして、この後はどう解読するのが正解だ……?



いくら読んでも手掛かりが無い。

恐らく手掛かりと情報が足りない可能性が高い気がする。



僕は鳴宮が帰還した後に相談しようと、一度紙を畳みベッドの上に置いた。

そしてちょうどよく鳴宮から連絡が届く。



「到着したわよ。案外警備ザルかったわね」



「へいへい、頼もしい限りですよ……」



僕は面倒臭く感じながらも、鳴宮の言葉に応答した。



「それで、何か使えそうな物あったか?」



「お菓子ばっかね。他はあなたが持って帰ってるから、重要そうな物はなさそう」



「分かった。ならお菓子で使えそうなのを見繕ってくれないか?」



僕の提案に鳴宮は肯定的な返事をする。



「駄目ね。梱包されたお菓子ばかりで、これだと錠剤の薬を混ぜる事は到底不可能よ」



「そうか――――冷蔵庫も見てくれないか?」



鳴宮は促されるままに冷蔵庫の中を見る。



「プリンとショートケーキ、それからティラミスが入ってるわね。他にもジュース系が二リットルで何本か。これは相当の甘党ね」



「そんな事どうでもいいだろ……」



鳴宮はその後、中島看守長の部屋を後にしようとする。しかし、そこで僕は追加の行動を要請した。



「そのまま、医療棟に向かってくれないか?」



「職員と相談するのね――――分かったわ」



「助かるよ。気を付けてな」



言うと鳴宮は『ええ』と返答し、移動する音がトランシーバー越しに聞こえてきた。

呑み込みの早い鳴宮は、二度目の来訪にもかかわらず、スムーズな足取りで医療棟への潜入を完了した。



「昨日振りか」



職員の男は鳴宮を見るなり、いつもの調子で言った。



「ええ、そうね。別に駄弁りに来たわけじゃないのよ? 相談しに来ただけなの」



「ほう? 俺に相談とは、とんだ囚人がいたもんだ」



「変わってるでしょう? こうでなきゃ、脱獄なんて無理よ」



鳴宮は相槌程度に言い、そして続けて本題に入った。



「錠剤を別の方法でお菓子に混入させることは無理かしら」



「ああ、それなら方法はあるぞ?」



「本当……!?」



「そんなんで嘘ついてどうする。いいからこっちに来い」



鳴宮は職員に誘導されるがまま、薬品保管庫と思しき場所の奥へと進んだ。

それから話し合いがなされていたが、鳴宮も会話に熱中していたようで、トランシーバー越しにはほとんど聞き取れなかった。



僕は半ば諦めの気持ちで鳴宮の帰宅を待った。

そしてその時は訪れる。



「おかえり、遅かったな」



「ええ、話が長引いたのよ。でもね、良い情報を得られたわ」



鳴宮はホカホカの様子で、自身の得た情報を語ってくれた。



「なるほどな。後はタイミングか」



「ええ。それがいつなのかが分からないと、些か厳しいわね」



鳴宮は言いながら自身のベッドに腰かけた。



長い時間の活動により、そろそろ夜が明ける時間となった。

鳴宮も体の疲労が蓄積しているのか、ベッドに横たわると目を閉じていた。



「あんた達、相当無理してるのね」



僕が疲労困憊の鳴宮を眺めていると、背後から聞きなれた声が聞こえてきた。



「島内看守。今日は早いですね」



「まあね。四人の様子を見に来る時間が無いのよ」



「看守もあんまり無理しないで。時には休んでくださいよ」



「あなた、囚人なのに看守の心配するなんて変わってるわね」



島内看守は困ったように言った。



「今時間ありますか?」



「ええ、少しなら」



「相談があります。手短に済ませるんで」



「良いわよ。私が答えられる範囲ならいくらでも」



島内看守は言うと、房の中に入ってきた。

僕は簡潔な質問を飛ばし、島内看守も蛇足の無い答えを返す。



「そうね――――その日は私が当番だから、大丈夫だと思うわ」



「分かりました。準備はこっちでやっておくので、報告だけお願いします」



「了解。これで、計画はどこまで進んだの?」



「それが、この紙の意味が分からなくてですね……」



僕は潔く島内看守に紙を差し出した。

看守は紙をじっと眺めながら、何かを呟いている様子だった。そして、突然目を見開くを僕に視線を向けて。



「これ、隠喩じゃない?」



「隠喩って、あの隠喩ですか?」



「ええ、その隠喩よ」



看守の言う通り、この文章が神田さんが隠した物のありかを示しているのは確か。だから、隠喩は当たり前なのだが……



「どう隠喩になってるかが分からないんですよ」



「でも最初は簡単じゃないかしら」



「丑三つ時ですか?」



「ええ、分かってるじゃない」



「でも、その後どう繋げるんです?」



「繋げるも何も、そのままよ」



僕は看守の言葉に首をかしげてしまった。



「でも、どこにも時間に繋がる記述は無いですよ?」



「あなた、賢いくせに意外と無知なのね」



「意外に、は余計ですよ……」



僕は眉をひそめて言った。



「丑三つ時って時間を指すこともあるけど、方角を指すこともあるのよ」



「方角……?」



「ええ。丑三つ時は二時と三時の間でしょ? 時計で表すと右上に来るはず。日本では古来から、丑三つ時の方角として『北東』を表すのよ」



「となると『北東』にある何かって事になるんですかね」



「ええ。その他の文は分からないけど、そこは方角を暗示してたんじゃないかしら」



僕は島内看守の閃きに感心してしまった。



「ありがとうございます! これで解読も進められる気がします!」



「そう、ならよかったわ。それじゃあ、決行の日に会いましょう」



島内看守は言うと、僕らの房を後にし、自らの仕事に戻ったのだった。















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