第41話 看守塔

「じゃあ気を付けて行って来いよ」



僕はダクトに上がる二人を見送りながら、優し気な声色で声を掛けた。



「私は監視カメラ制御室行くんだよね?」



「ええ。途中まで一緒に行くわよ。ちゃんとトランシーバーは持ってきた?」



「うん! 準備ばっちりだよ~」



しずくは相変わらず呑気な調子で言った。



「まったく――――あんたは相変わらず緊張感無いわね……」



鳴宮は呆れたような声を出した。

しかし、しずくの相変わらずな様子が張り詰めた空気を和らげているように感じた。



看守塔は職員棟の先にあり、監視カメラの停止は必須となる。

だから、最初の工程として監視カメラ制御室への侵入が必要となるのだ。



「ハルくん、聞こえる?」



「ああ、聞こえるよ。今どこにいる?」



僕はしずくとトランシーバー越しに連絡を取る。



「ダクトの中にいるよ」



「いや、そう言うんじゃなくて――――どの位置にいるのかって話だよ」



「えっとね…………」



しずくは言って沈黙が流れる。



「しずく、大丈夫か?」



「うん。だけど職員とに入れはしたんだけど、場所分かんなくて……」



「まず、『職員棟に入った』って報告してくれ。それを待ってたんだよ……」



そりゃ行ったこともない建物入ったら場所なんてすぐに分かる訳ないんだからさ。

しずくの天然には困ったもんだよ……



「とりあえずダクト進んでみて、下にでっかいモニターがある部屋を目指して」



「分かった進んでみる!」



しずくは決意を固めたような声色で言った。



「真ん中くらいまで来たんだけど、そこに白い部屋があって、監視カメラの映像が流れてるっぽいんだけど、ここで合ってる?」



「ああ、そこで合ってる。とりあえず周りをよく確認してダクトから降りてくれ」



「降りたよ。それでどうすればいいの?」



ちゃんと周り見たのかよ……



僕が指示を出した次の瞬間には、『降りた』という趣旨の言葉が飛び込んできた。

これで看守がいたら計画は終わりだった。

『帰ってきたら話がある』と前置いて、僕は計画を続行する。



「とりあえず、モニターの前まで行って、停止させる前に看守塔の監視カメラには何が映ってる?」



「男の看守が一人、塔の上で見張ってるよ。他にはいないみたいだね」



という事は看守塔は最上階だけが重要なのか?



「他の監視カメラには何が映ってる?」



「出入口と階段の映像だよ。それぞれ一つと四つある」



なるほどな。



「分かった。しずく、そこにある停止のボタンを押してくれ」



「この赤いやつを押せばいいんだよね」



しずくは言うと『押したよ』という報告をした。



「お疲れ、そのまま房に戻ってきてくれ。くれぐれも見つからないように用心してな」



「分かった」



しずくは言うと通信を切断した。そして今度は鳴宮の計画をスタートさせる番だ。



「鳴宮、聞こえるか」



「ええ、聞こえるわ。そっちはどんな状況?」



鳴宮の問いかけに対し、僕はしずくから得た情報と、今後の進め方を協議して通信を切った。



「——戻ったよ」



「お疲れ――――と言いたいけど、一旦座ってくれ」



僕は自分のベッドに座らせて、しずくの前に胡坐をかいた。



「頼むからもっと周りを見てくれ」



「でも、看守いなかったよ?」



「そうだと分かって入ったか?」



「パッと見、いないなーって感じだったよ」



しずくはやはり行動には向いていないのかもしれない。



彼女の、のんびりした性格と、危機感の欠如は性格の太陽と月だ。

張り詰めた空気を醸し出す計画の際に、場を和ませる役割としては適任だが、慎重にかつ大胆さが求められる行動には不向きに見えてしまう。



「看守塔の攻略は今回じゃ終わらない。今後も計画は続くんだ。しずくが捕まったとなれば、しずくの穴埋めを誰かがやらないといけないし、行動も難しくなる」



僕は慎重に言葉を選びながら諭すように訴えかける。



「しかも、この場を和やかにしてくれるのはしずくしかいないんだよ。看守に捕まって懲罰房に入ったら、誰が緊張感を解いてくれるんだ。お前がいなくなると困るんだよ」



しずくは黙って僕の話を聞く。目線をずらすことは無く、僕の言葉一つ一つを受け止めている様子だった。



「だから、慎重な行動が必要だし、時間はいくらかけてもいい。僕らが求められているのはあくまで脱獄。日数は関係ないんだ」



僕の言葉が一区切りのタイミングでしずくは、閉じていた口を開く。



「分かった。じゃあもう一回チャンスを貰えない?」



「チャンスも何も、今回の計画は鳴宮としずくが行動担当なんだ。僕はここで二人の状況を聞きながら進め方を議論したり、ヘルプに入るだけ。だからさ、困ったことがあっても僕がいると思って思いっ切りやって欲しい。でも、リスクを負いすぎるのはやめてな」



僕は今回の計画をサポート役として徹すると決めた。

二人が願って手を上げた役割を尊重したいし、二人の能力なら出来ると信じ、確信している。



「ありがとう。次は絶対成功させるから!」



しずくは快活な笑顔で言った。



「あのー、早く反応してもらっていいですか……?」



僕らの会話が丸く収まった時、僕のトランシーバーから忘れられた女の声が聞こえた。



「ごめんごめん、どうした?」



鳴宮は嫌気が刺した様子で話す。



「イチャつくのは勝手にすればいいけどさ、現実に戻ってからにしてくれないかしら」



「ごめんて。後、別にイチャついてた訳じゃないから」



「そうだよ……! ハルくんから説教されてたんだから~」



「あんた説教できるほど大層な人間じゃないでしょ」



「別に説教なんてしてないから……! それにさ、良いのかこんな駄弁ってて」



僕は不都合な話から本筋へ戻そうとパッションを見せた。



「そうね。まずは優先的な事から終わらせましょうか」



「ああ、それで頼む」



「今、看守塔にいるんだけど、最上階に男の看守がいて、とても捜索できそうにないわね」



「しずくの情報通りか――――――なら戻ってくるほかなさそうだな」



「ええ、分かったわ」



鳴宮は納得した様相でトランシーバーの通信を切った。



数刻の後、鳴宮は房への帰還を果たした。



「看守塔は最上階以外は螺旋階段と監視カメラがあるだけだったわ」



「なるほどな。最上階から看守が動く様子は無かったか」



「少なくとも私が見る限りでは無かったわね。最上階の見晴らし台に張り付いて監視していたもの」



「という事は、どうにかして看守をあの場から遠ざける必要があるな」



「でもどうする気?」



「まずは、情報収集からだろうな。看守の動向とか、隙が無いかを観察するしかない」



「そうね。じゃあ、もう一度行ってくるわ」



「分かった。しずく、監視カメラお願いできるか」



「分かりました! 行ってきます!」



しずくは敬礼に似た仕草で僕に返答をする。

鳴宮はしずくの元気溢れる姿を見ながら、苦笑しているように見えた。



「ほら、行くわよ」



「は~い」



そして二人は同じ手順で、今度はスムーズに行動を進行した。

しずく曰く、どうやら監視カメラは停止中のままだったそうだ。



「しずくはそのまま待機。鳴宮、頼む」



「ええ、行ってくるわ」



三人はトランシーバーで連絡を取り合いながら看守塔の状況を見守った。



「どうだ、何かあったか?」



「いいえ、何も無いわね」



鳴宮は僕の問いかけに小声で返答する。

僕もしずくも鳴宮も、沈黙を続け、誰しもがアクシデントへの準備を済ませていた。



ピリピリした空気の中、僕らは鳴宮からの報告を待つ。しかし、一時間、二時間と経過しても変化は見られない。



「鳴宮、今日は引き上げよう。続きはまた明日な」



「いや、もうちょっと時間頂戴。まだ分かることがあるかもしれない」



僕は鳴宮の静かな我がままに頷いた。そして、そのまま夜が明けるまで鳴宮は張り込んだ。



「時間切れだ。そろそろ看守の行動も活発になる。戻ってきてくれ」



「そうね。急いで戻るわ」



鳴宮は言って通信を切断した。



「————戻ったわ」



彼女はものの数分で、トイレから姿を現した。



「やっぱり、看守があの場から動く気配は無かったわね。だけど、仮眠をとる時間があったり、椅子に座って休憩する間があったり、意外と隙間はあったわね」



「なるほどな。看守塔からの監視をかいくぐるのは、意外と容易いのか」



「ええ。でも、最上階から降りる素振りが無いのは、中々厳しいわね」



僕ら三人は頭を抱えて朝を迎えた。

長期戦の様相を見せ、しかも糸口がつかめない現状。

三人の士気は明らかに下がっていた。



「あら、久しぶりに見に来たと思ったらどうしたのかしら?」



「あっ、島内看守」



久方ぶりに島内看守が姿を現した。そして房内へ入ってくる。



「なに悩んでるの?」



「実は――――」



僕は島内看守に現状の停滞を説明した。

看守なら何か有益な情報を持っているかもしれない。

僕は淡い期待を抱きながら返答を待った。



「なるほどね。それなら一つだけ教えとくわ」



「なんですか?」



僕が問うと、看守は



「あそこは、中島が独占する、いわば根城みたいなものよ。だから、中々調査は難しいわね」



「という事は、中島だけしか入らないんですか?」



「今はそうみたい。昔は看守が交代制で見張ってたんだけど、あいつが看守長になってから交代制をやめたのよね。その代わりほとんど看守塔に籠ってるのよ」



「他の看守は入らないんですか?」



「そうなのよ。入ると中島の機嫌が悪くなるから、他の看守は入らないようにしてるわね」



そうなると、難易度は別にして目標は簡潔になる。



「なら、中島を他の場所に動かせればいいんですね」



「ええ。でも、言葉で言うのは簡単だけど、実際かなり困難よ?」



「何かないですか?」



僕は看守の知恵を借りようと、島内さんに問いかける。



「無いことは無いけど――――あなたたちなら出来るかもしれない」



看守はそう前置きして、神妙な表情を浮かべながら、中島について話始めるのだった。














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