第40話 快進撃

今日は脱獄史上で最も進行度の高い日となった。

そのスタートは、昨日の夜に貰った『鍵保管庫の鍵』を使用するところからだった。



既に行き慣れた職員棟への侵入を完了させ、まず監視カメラ制御室に向かい監視カメラの機能を停止させる。

鍵保管庫は警備が厳重だと考えられる。だから深夜帯で看守の警戒が低い時間を選び、室内の監視カメラを停止させて極力リスクを減らす目的だった。



ダクトから二階に上がり、一番手前側にある鍵保管庫に向かった。

中を覗くと、看守の姿もなくもぬけの殻だった。

僕は部屋内を慎重に見渡して様子を伺い、そして鍵保管庫の床を踏んだ。



内装は、監視カメラ制御室と同じく白を基調としたシンプルなもので、棚はおろか机すらない、横に細長い鉄扉だけがドアの反対側にあるだけだった。



僕は扉側の壁で左角にいる。

不自然なくらい何もない部屋で、僕は漠然とした不安感を抱いた。

そして僕のモヤモヤは的中することとなった。



「侵入者を検知。ただいまから警戒モードに移行します。警報準備中。十分後に看守塔へ警報が届きます」



部屋内にアナウンスが流れる。

部屋の照明は赤く点滅し、僕の焦燥感を煽っていく。



――――十分間ある。鍵を取ってここから脱出することを目的にしよう。



目指すは部屋奥の鉄扉。

僕は走って壁中央にある鉄扉に向かった。

意外にも、スパイ映画でよく見る赤外線センサーのような仕掛けがあるかと思いきや、すんなりと鉄扉にたどり着けて、どこか拍子抜けの心持を感じた。



鉄扉には鍵穴があり、どうやら鍵保管庫の鍵を使用するようだ。

差し込み、鉄扉をゆっくり開いてみる。

警報音が鳴る中、看守の到着にビクビクしつつ中身を確認した。



――――鍵が三つか



僕は中の鍵を手に取ってみる。



中島看守長の部屋、鍵保管庫、旧男子棟。



表記を見て、鍵保管庫の鍵を残してポケットにしまった。

この部屋はダクトへ登れる足場がなく、鍵を使って外に出るほかない。

恐る恐るドアを開け外を見る。

案外、警報音は外に漏れておらず、僕は部屋から出るとすぐさま扉を閉め鍵をかけた。



「なあ、今何か聞こえなかったか」



下から声が聞こえる。どうやら巡回中の看守が下にいるようだ。



僕はすぐさま建物の奥へと逃げる。



心臓の動悸がうるさい。

身体から感覚がなくなっていくのが分かる。

久方ぶりの大ピンチを迎えて、最悪の事態が脳裏をよぎった。



脱獄失敗。

その言葉が、ゲシュタルト崩壊を迎えそうなほど、幾度となく復唱された。



いや待て本当に詰みか?

手元に使えそうなものは無いか?



僕は一度手元の物を確認する。



そうだ、あれ使えるな。

これならワンチャンあるかもしれない。



僕は一縷の望みにかけて、そいつを手に持つと、二階の最奥に向かった。



振り返ることはしない。

距離があるのは明らかで、背後から足音は聞こえない。それだけが、僕のメンタルを支えていた。



僕は目的の部屋に立ち止まり、そして鍵を開ける。

ここが僕の賭けであり、今後を大きく分ける部分だ。



――ガチャ



解錠の音が聞こえる。

同時に緊張感は最高潮に高まっていた。



中は電気がつけっぱなしだった。

他の部屋とは打て変わって、豪華な装飾が見て取れる。

真っ赤なカーペットが敷かれ、木製の正方形なテーブルが中央に鎮座していて、取り囲むように黒い皮のソファが配置されていた。四つの角には同じ観葉植物が配置され、壁掛けの絵画は部屋の雰囲気を明るくしていた。



その中でも一際存在感を放つのが、最奥にある仕事机だった。

もちろん本棚や、クローゼットなど気になる部分はある。しかし、確認したが重要な物が置かれている様子は無かった。



僕は最後に机を調査する。

机には引き出しが四つあり、いずれも物をしまっておくには十分すぎる大きさがある。



まずは唯一左側にある引き出しを開けてみる。

中にはコンパスが入っていた。念のためポケットにしまっておく。



続いて右側の引き出しを上から順に確認する。

右上には、異なるハンコが二つと手帳、そして看守塔の鍵が入っていた。



僕は看守塔の鍵をポケットにしまい、手帳を開いてみた。

そして僕は目を疑う光景を目にする。



――――今日、看守長降格作戦を実行する。



たまたま開いたページに、こんな記載があった。

やはり中島看守の策略だったようだ。



更にページを捲る。



――――俺に逆らうからこうなるんだ。あの時から言う事を聞いていれば、お前の立場も安泰だっただろうにな



僕は『あの時』という言葉に引っかかった。

手記を遡り、どうやら大学時代の文言が残っていた。



――――あいつはいつもそうだ。俺に無いものを持っている。葵音だってそうだ。あいつは何でも俺から持っていてしまう



あいつは内村さんだ。

どうやら中島は内村さんに恨みを持っていて、葵音という女性を愛していた。

しかし、内村さんに取られてしまった……



他にも、手記を見返すが、『あいつ』を潰すために働いているような記述が目立っている。



「こんな奴が看守やってるって、マジどうなってんだよ……」



僕は手記を閉じながら呟いた。

本当なら色々考えたいし考察もしたい。

でも、悠長な行動を選択できる余裕も皆無だから、とりあえず引き出しを調べつくして房に帰ろう。



次に真ん中の引き出しを開こうとしたが空っぽ。

最後の一際大きな引き出しを開けようとしたが、鍵がかかっているのに気付いた。

どうやら、専用の鍵が必要らしい。諦めて、机の調査を終了させた。



僕は机から離れると、すぐさまダクトへ逃げていく。そして危なげなく房へ戻ることに成功した。




「どうだった?」



房に戻り開口一番、鳴宮が問いかける。



「今回は収穫えぐいよ」



「珍しいわね、あんたがそんな事言うなんて」



「ああ、それだけ凄かったんだよ」



僕はそう反応した。そして、今日の収穫について淡々と報告をした。



「確かに、あんたがそこまで言ってる理由が分かったわ」



鳴宮はそう言いながら、どこか納得いかないような表情だった。



「ていうか、あの中島って男、女の恨みで脱獄未遂事件を手助けしたって事なのよね? やばい看守じゃない?」



「ああ、そう思うよ。しかも見てくれこれ」



「ハンコがどうしたの?」



「一看守長がどうしてハンコが二つも必要だと思う?」



「重要書類の作成とか?」



「それなら、一つで十分だよ」



「だったら何だって言うのよ」



「簡単だよ。書類の偽装のため」



僕はハンコを見た時に確信したが、ハンコがある書類の判に似ていたのだ。



「職員室で見た、降格書類に同じハンコがあったんだよ」



「という事は――――――あいつが偽装のために?」



「うん、そう考えるのが自然な気がするんだ」



僕が言うと、ようやく納得したような表情で。



「なるほど。ずっと引っかかってたのよ。脱獄未遂事件は看守の監督不届きが原因ではないもの。どう考えても看守長が責任を取るべき問題じゃないわ」



「確かにそう言われると…………」



僕は腑に落ちた感覚があった。



「それで次は看守塔なのよね」



「ああ、頼んだぞ」



「ええ、任せておきなさい。私たちにも出来るってこと見せてやるわよ」



「分かった。待ってるよ」



僕は鳴宮に看守塔の鍵を手渡した。

そして僕は右手こぶしを突き出して、



「絶対戻って来い!」



僕は溌溂とした声色で言う。



「当たり前じゃない。あんたに負けない収穫を持って帰ってくるわ!」



彼女は決意に満ちた表情のまま、右手のこぶしを合わせる。

そして翌日の行動時間を迎えたのだった。
























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