第39話 ようやく

「おう、グッドタイミングだな」



「今他の看守いませんか?」



「ああ。ちょうど出払ったとこだぞ。でも、また帰ってくる可能性もあるから、あんまり長居はするなよ」



「はい、簡潔に済ませますよ」



僕は冷静に反応する。



元々最高峰のリスクを覚悟して、僕はこの場にいる。

いつ看守が戻ってくるかも分からない状況を受け入れ、バレた後の処分を空想しながら、迅速な行動を選択した。



「スパイの一人が分かりました」



そう、冷静沈着な声色で報告すると、看守は目を丸くして言う。



「それは本当か⁉ どんな奴だった?」



「それはですね――――――」



僕は鳴宮から聞いた情報をまんま看守に伝えた。



「なるほど、気づかなかった――――――よし、とりあえず房に行ってくる。報酬は島内さんから受け取ってくれ」



看守は急ぎ足で職員室から去っていった。



一人取り残された僕は、看守の緩さに唖然とし、無意識にもその場に立ち尽くしてしまった。



あの看守、囚人が職員室にいるのに置き去りにして房に向かうのは、いくら見方でもリスク管理ヤバいだろ……

待て、これはチャンスなのでは?

職員室には俺一人、監視カメラも止まっている。

なら、調べ放題だ……‼



僕は、意識が現実に戻ってきたと同時に、職員室を引っ搔き回し始めた。

職員たちが業務の際に使用する机や引き出しは全て確認し、私用な物や書類等が入っている。

中に脱獄の手がかりになりそうな物が入っていないか、書類が混ざっていないかを見て回った。



僕はふと手を止める。

最後の机の一番下、その引き出しの書類に目が留まったからだ。



――――内村看守長、今日を持って看守長から看守への降格を命ずる



中央人事からの勅令状。

右下のハンコから公的機関が正式に発効したものだと分かる。

降格理由は、脱獄未遂事件の責任を取り懲戒処分とのこと。

内村さんも公的文書を出されたら決定を呑むほかない。



でもあの人の性格なら、降ろされても復讐は考えないとどうしても感じてしまう。

囚人に平等な態度で接し、部下からの信頼も厚い。



そんな彼がどうしてだろう……



そこが繋がらない。

彼への不信感が募るばかりで、本気で信頼していいのかも分からなくなってしまう。



話をすぐにでも聞きたいが、如何せん彼の姿を見ない。

看守交代から三日が経過した今、彼のとの接点は無くなった。でも、自由行動や刑務作業、夜間行動中も姿すら見かけない。



やはり何かあったと仮定するのが賢明だ。



僕は、書類を元の位置に戻して再び捜索に移った。

壁際の大きな棚が四つあり、事務作業や経理のファイルが敷き詰められていた。



その中に、囚人報告書なるファイルがあり、僕は手に取ってみる。



内容は『囚人報告書』そのままで、囚人の問題行動や問題児の記録など、囚人管理の記録が記載されていた。

勿論、神田さんの脱獄未遂事件も記載があった。



――――今日、神田という囚人が脱獄を図った。以前から計画的されていたようで、どうやら協力者もいるらしい。仲間だ、と頑なに口を割らないが、神田の処分は既に決定している。早く言って楽になればいいのに……



看守の言葉通りだ。

仲間がいて、そいつらの情報を出さず死ぬ気なんだ。



更に続きがある。



――――どうやら神田は内村さんだけに協力者を話したらしい。今更内村さんだけに話すのって、何か怪しくないか? もしかして神田と繋がっていたのか……



えっ、内村さんが知っている……⁉

確かに、これが周知の事実だとすると、いくら内村派の人間だとしても否定派しずらいだろうな。



――――今日、内村さんの降格が決まった。どうやら中島の進言があったらしい。神田の輸送日が決まり、一か月後だそうが、どうやら新しく囚人が収監されるそうだ。なんだか最近囚人が多くて嫌になるな。



どこか日記口調だ。

しかも仕事に対する愚痴まで書かれている。

これが囚人報告書でいいのか甚だ疑問だが、そこは奏真のテキトウな部分な気がする。



僕はファイルを元の位置に戻した。

職員室には他に、別段特筆すべき物は無く、僕は房への帰還を急いだ。



ダクトを通りながらふと考え事をした。



――――内村さんが怪しい



一番引っかかるのは、やはり動機。

内村派の看守たちは口を揃えて復讐という単語を口にするがそうは思えない。

しかし他の選択肢が皆無という現状も否定できない。



何か見落としがあるのか、それとも今後の活動で手掛かりがつかめるのか。

恐らくその真実にたどり着いた時、僕らの脱獄は何かしらの動きを見せるに違いない。



僕はそのまま房に戻り、島内看守の到着を待った。



「なんか動きあったか?」



「ええ、さっき看守がものすごいスピードで、向こうの女囚人を連れて行ったわよ。それで囚人たちがざわざわしてるわね」



鳴宮は周りを指さしながら言った。

どうやら職員室から去った看守は猛スピードで女子棟に来て、そのまま僕の情報通り、囚人を連れて行った訳だ。



「僕がさっき伝えた情報鵜呑みにしたのかよ……」



「それだけ信用されてるって事じゃないの?」



「囚人信用する看守がどこにいんだよ……」



「あら、ここはゲームよ? しかも私たちの仲間の看守でしょ? なら信じて当然だと思うけど」



「でもな――――いくら仲間とは言え、立場をわきまえて欲しいとこだけど」



「それだけ困ってたんじゃないのかしら。ようやく掴んだ情報なのだから、そりゃ飛び込むのも無理はないけどね」



鳴宮は得意げに言う。

自分が掴んだものだからと調子に乗っているようだ。



「それで、報酬はもらえたの?」



「それが、島内看守から貰えとのことで、まだもらってないんだよな」



「はぁ⁉ あんた何してんのよ。それって、体よく使われただけじゃない!」



「でもさ、止める前に走って出て行っちゃったんだぜ? どうやって止めろって言うんだよ」



「それもそうね――――とりあえず、次見つけたら絞めてやりましょう」



鳴宮はこぶしを鳴らしながら言う。



「お前、看守に暴力はいかんでしょ」



「でも、足で使われたの悔しくないの?」



「まあな。でも、スパイが減るだけでもこっちからしたらメリットだろ」



僕が言うと、鳴宮はため息をついて。



「あんた、看守からそう言われて協力したんでしょ」



「そうだけど――――――でも実際リスクは減るし、良い事じゃないのか」



「でも、報酬貰える確証ないのよ? それにリスクを掛けるって馬鹿らしくない?」



鳴宮は当然のことのように言う。



「じゃあ、鳴宮は確かに報酬を貰える行動しかとらないし、馬鹿らしいことはしない。そういうスタンスなんだな」



「ええ、無意味な事に時間を使うなんて、アホらしくなるわよ」



「だったら、何でスパイ探しを頼んだ時に、即答でやるって言ったんだよ」



「それは――――」



「確証がどこにある……! 職員の一意見を聞いて、僕が確認のために頼んだだけのミッションだぞ! そこに根拠はあったか? 報酬はあったか? 僕らのためになる確証はどこにあったよ!」



僕はいらだった様子で言う。



「ここから出ていくなら、あらゆる可能性をしらみつぶしに調べていく必要があるし、もちろん行動にはリスクが伴うだろ。脱獄経路に答えなんてものは存在しないだろうし、あったとしても誰が教えてくれる? 自分たちで全てリスク管理して、経路を確認して、協力していかないといけないんだよ。だからな、確証がないものでも、報酬が無いものでも、隈なく調査して情報を得ることが重要だろ」



「分かったわよ――――でも、極力行動回数を減らす方が、リスク減っていいんじゃないかしら。あなたの言うリスク管理の観点から見たら、適策だと思うけど」



「確かにな、鳴宮の言う通りだ。でも手詰まり状態だっただろ? なら可能性を模索するほかなくないか?」



「という事は、今回は特例だった――――そう言いたいのかしら」



「特例と言えるほど変な手立てを使ったわけじゃない。優先度の低い行動に出ただけだよ」



「そう、なら今後も可能性としては十分にあり得そうね」



「ああ、協力頼むぞ」



言うと、鳴宮は得意げに笑って。



「もちろんよ。納得のいく答えが聞けて良かったわ」



僕は鳴宮の言葉と表情を見て安堵感を得る。

同時に、再び手詰まり状態に陥ってしまった。

看守の言葉通り何かしら報酬が貰えればいいが、それが無い場合行き止まりに当たってしまう。



手元の手札は、神田さんから貰ったヒントの紙、崩壊した男子棟の探索、そして職員棟の言ってない部屋へアクセス、中島派と内村派の対立の結末————



正直どこかの夜に看守がやってくるか、もしくは姿を見せずにただ顎で使われただけだったのか。その真相が分かる。



そして夜を迎える。



「————来栖いる?」



その声主は、四人での談笑中に突然現れた。



「どうしたんですか?」



僕の疑問符とは対照的に察した様子の鳴宮は、島内さんに問いかける。



「もしかして報酬ですか?」



「あら知ってたの? まあ、いいわ。これ、報酬よ。有力情報ありがとう」



「ありがとうございます――――これはなんですか?」



島内看守は、どこかの鍵を手渡してくれた。



「これは鍵保管庫の鍵よ。気づいてると思うけど、職員棟の二階は特定の鍵が無いとドアの開け閉めは出来ないの。だからこれを使って」



「ありがとうございます! また情報あったら伝えますね!」



「ええ、そうして頂戴」



看守は柔和な笑顔を見せて房を去った。



「あったわね……」



「あったな……」



僕らは見合わせながら困惑したように言った。



「さっきの何だったのかしら……」



鳴宮はそう、ため息交じりに呟くのだった。

















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