第38話 ぶつかり

僕は、職員室に向かうダクトに潜入していた。



昨日の夜、俺が房に戻ると疲労困憊、汗ダラダラの鳴宮がベッドに座り込んでいた。



「なあ、何この状態……」



鳴宮の死にそうな表情を見て、僕の心配が高まっていく。



「あんた、朗報よ……」



「ああ、ありがとう。でも、今は休め。話は後で聞くから」



僕がなだめるように言うと、鳴宮はため息をついて。



「あんたには勝てないわね……」



「何言ってんだよ。いいから早く休め」



僕は鳴宮の発言意図を汲めず、とりあえず休息を促した。



この日の僕は大きな収穫があった訳じゃない。でも、使い方によっては大きな進歩と捉えられる気がする。



僕はそうやって、自己肯定感を上げた。



「紫音ちゃん、結構頑張ってたみたいだよ?」



遊馬と鳴宮が寝息を立てる中、しずくが僕の布団に腰かける。



「だな。何かめちゃくちゃ疲れてたみたいだし」



「顔色悪かったしね」



しずくはトーン低く言った。



「やっぱり、動きたいか?」



「まあ、私に難しいのは分かってるけど、二人に任せっきりも辛いよ」



しずくは眉尻を下げて笑った。どうにかして取り繕うとする彼女が痛々しく見えて対得きれない。



「鳴宮はな、しずくも遊馬も、ちゃんと役割を果たしてくれてるって思ってるぞ」



「聞いたよ。信用の保険みたいな事言ってたかな」



「悪く言うとそうだな。でも、鳴宮のためを考えると二人の役割は無くてはならない存在なんだよ」



僕は、言葉を選びながら真実を伝えた。どうせ嘘を言っても、いつかは明るみになる。なら、偽る意味がないのだ。



「でもさ、リスクは取って無いからな~」



「別にリスクを取る必要が無いなら良いんじゃないか?」



「うんでもさ、皆でリスクを取っても良くないかな」



どうやら相当罪悪感を抱えている様子だった。

確かに遊馬としずくはリスクを取った行動はせず、看守との信頼関係構築に勤しんでいた。でも、その役割の重要性に気づいていないようだ。



「看守と仲良くなっておけば、融通してくれることも多いし、手詰まりでも時間稼ぎできる可能性も高いんだよ。そう考えると二人も割かしリスクを冒してるって言っても過言じゃないよな」



「確かに……」



しずくは腑に落ちない様子で反応する。



「なら、一回やってみるか?」



僕は提案する。



「良いの~⁉」



そう、目を輝かせて言った。



「ああ。ただ、中途半端だから僕のタスクがひと段落した後にな」



「うん! やらせてくれるなら何でもいいよ~」



しずくは急激なメンタル回復を見せた。零れ落ちる笑顔と共に、両足をパタパタ動かして楽し気な表情を浮かべていた。



僕はそんな呑気な彼女を見て、心配の肥大化が起こっていた。

とはいえ、しずくのやる気とモチベーションを削るような発言は、事態をマイナスにしか導かない。いくら言葉でリスクの話をしても、一回の自覚には敵わない。

だから、何も伝えずミッションに送り出すのが賢明な判断だと思った。



「まあ、しずく運動神経良いから手際には問題ないだろうから、後は看守の監視をかいくぐれるかだな」



「そこは任せて!! 家でスパイ映画を何作も見てきたから!!」



しずくは決め顔で言った。



「————映画と現実をごっちゃにすんな」



「えっ、ここゲームでしょ?」



「しずく、謎に鋭いの止めてくれない?」



僕は、しずくの何気ない鋭さに驚きつつ、勘弁してほしいなとも思った。



「寝なくていいのか?」



「別に眠くないからな~」



しずくは困ったような表情で言った。



僕としずくは家で交わすような他愛もない会話を続けた。

一瞬、ここが自宅かと勘違いするほど、穏やかで和やかな空気が流れていた。

時折耳に入る二人の寝息も、緊張感を緩和させる効果を発揮していた。



「ねえ、ハルくん」



「ん? どうした」



しずくは改まったような声色で会話を始める。



「このゲームさ、本当に『脱獄ゲーム』なのかな」



「なんでそう思うんだ?」



「だって、監視緩くない? それに看守が優しすぎるよ」



「でもな、難易度設定の可能性もあるからさ。この刑務所、移動経路がダクトしかないし、監視カメラもそこら中にあって、外壁も高い。しかも絶海の孤島というおまけつき。これで看守が厳しかったら無理ゲーだろ」



確かに、しずくの言わんとする意見も分かる。

看守が囚人に協力を仰ぎ、脱獄の協力をするのは脱獄ゲームの理に反している気がする。ぶっちゃけ言えば、看守が秘密裏に4人を逃がす事だって可能だとおもうが、あまり詮索するのは駄目な予感がした。



「確かにそうだけどさ……」



「何が腑に落ちないんだよ」



「派閥争いに、なんで私たちが巻き込まれてるんだろって」



「それは奏真に聞いてくれ――――あいつがストーリー作ったんだから」



「まあ、そうだね」



しずくはそこで口を閉ざした。



彼女は良くも悪くも天然だ。様々に疑問を持っては晴れるまで追求する。

いつも呑気で一見何も考えていないように見受けられるが、時折見せる探偵並みの洞察力がなんとも頼もしい。

言語化が苦手だから、言いたいことが伝わってない様子だが、彼女の能力には感服するばかりだ。



「なんいせよ、僕らが目指す先は変わらないから。看守の思惑を利用するのが賢明な気がするな」



「そっか――――分かった! じゃあハル君のがひと段落するまで待ってるよ」



「ありがとう。しずくも気になることがあったら何でも言ってくれ。その時はちゃんと話合おう」



「うん、そうするね~」



しずくは通常運転に戻ると、僕らは再び『現世に戻った後のやりたい事』に話題がシフトした。



僕らは夜が明け、二人が目を覚ますまで話し続けた。



「二人とも元気ね……」



鳴宮は起きたての半開きな瞼のまま僕らの会話に参加した。



「まだ寝てなくていいのか」



「ええ、十分回復したわ」



僕は返答に迷った。

鳴宮の顔色と、声質など総合的な判断から、回復が不十分に見えた。



「分かった。とりあえず昨日の話をしてくれ」



「端的に情報を伝えるわね――――」



鳴宮は言葉通り、無駄を極力排除した単純な説明をした。

彼女の言葉が止まり、僕は反応をする。



「————下っ端っぽいな」



「ええ、でも重大な事実が分かったわね」



「ああ。スパイは一人じゃない。何人もいると考えた方がよさそうだな」



組織の下っ端がスパイとして潜り込む可能性は大いにある。

ただ、敵組織に対する重要な作戦に下っ端だけが遂行対象と考えるのは無理があるだろう。



「あと、私のミスであなたには迷惑掛けるわね」



「いいんだよ。そういうのをカバーし合うのが仲間だ。僕らに頼っていいんだぞ」



僕は鳴宮を励ますように言う。



「ありがとう。もっと頼らせてもらうわね」



「ああ、そうしてくれ」



僕は屈託のない笑みで言った。



「それで、この後は?」



「深夜までやることは無いな。僕は房で大人しくしてるかな」



「じゃあ、私は捜索に行って――――」



鳴宮が話す最中、僕は割り込んで言う。



「駄目だ。休んでくれ」



「何で?」



「お前、気づいてないだろ。自分の体調の悪化に」



「少しくらいなら大丈夫よ。監視も甘いし、多少なら見逃してくれるわよ」



僕は、彼女の言葉に引っかかりを覚えずにはいられなかった。



「お前勘違いしてるかもしんないけど、ここは刑務所だ。確かに僕らには多くの看守が味方だし、支援もしてくれるよ。でも、房の外に出てた、もしくはカードキーを持っていたなんて知られたら、懲罰房は免れないぞ。誰が内村派の看守かなんて僕らには分からないんだから」



僕は強めの言葉で彼女に制止を掛ける。



「でも、あなただって懲罰房に入ってたし、看守にバレた事だってあるのよね。人の事言えないんじゃないのかしら?」



「ああ、そうさ。僕は体調も崩さず、万全の状態で臨んだ結果、ミスったんだよ」



「だったら――――」



「お前は万全の状態なのか? それでミスって仕方ないって言えるのか? 急がなくてもいい今、それが最善の策だと本気で言えんのか?」



僕は負けじと鳴宮に詰め寄る。



「お前が持って帰ってきた情報のおかげで、ようやく先に進めるのに、今急いで事態が急変したら、それこそ計画は水の泡だ。早くやることも重要だけど、確実性も求めた方がいいんだ。それにもっと自分を見ろ。正直お前が心配だ」



僕は思いつく限りの説得を試みて、何とか彼女を休息に持って行こうとした。

しかし、彼女の表情は曇ったまま、何かが晴れないような表情だった。



「分かったわよ――――そこまで言われたら言い返す言葉も無いわ。でも約束して……! たまには私たちも頼りなさい! 私たちにだってやれることもあるはずよ」



「それなら紫音ちゃん。次の行動、私行くことになってるから一緒に行こうよ」



しずくは考え付く中で最もな善良策を提示してくれた。



「分かったわ。とりあえず詳細は体調が万全になってから聞くわね」



鳴宮は、続けて僕に問い詰める。



「あんた、最初にしずくを頼るってどういう事?」



「どういう事も何も、しずくからやりたいって言ってきたんだから……」



「それで仕方ないとはならないわよ? 順序で言えば私からだもの」



鳴宮の言葉に、罪悪感を感じる自分がいた。

そりゃそうで、しずくと遊馬は看守への好感度係を担ってくれていた。だからこそやりやすく行動できていた僕と鳴宮がいるのだ。



「元々、僕が行くつもりだったから、お願いするつもりなかったんだよ」



「まあ、そんな気するわよ。とりあえず、私はもう一度休むから、お二人さん変なこと始めないでよー」



「始めないよ……‼」



「始めないわ……‼」



僕としずくは同じタイミングで否定する。

聞いた鳴宮は、僕としずくを見て嘲笑すると、再びベッドにもぐりこんだのだった。




















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る