第35話 頼み事
「囚人に頼み事って、何考えてるんですか?」
「そんな正論言わなくてもいいだろ。俺だって、好きで犯罪者に頼み事してんじゃないんだからよ…………」
看守は困り果てたような声色で返した。
「それで、目星はついてるんですか?」
「ついてたら、俺の方で何とかしてるから」
「それは……そうですね……」
僕は心底納得するように言った。
「じゃあ、自分の部屋に戻ってくれ。囚人が長居するのはリスクが高すぎるからな」
看守からのステルスミッションを通達され、帰宅命令が出された。
僕は逆らう素振りなくダクトへ戻り、そのまま房へ直帰した。
房に戻り、会話を回想する。
「囚人の中に、中島派の看守が紛れ込んでる。何か情報があれば教えてくれ」
看守は神妙な面持ちで言う。
「なんでいるって分かったんですか?」
「神田って脱獄未遂犯いただろ? あいつに協力したのが中島派の囚人なんだよ」
どうやら神田さんも中島派の謀略に利用されていたらしい。
真偽のほどは分からないが、神田さんは誰にも明かさないようだ。
協力者を売るまねはしたくない。
そもそも中島派の策略にはまっていることを知らない。
以上の二点が主な神田さんの行動動機だと考えられる。
「という事は、”確定”ではなく”推測”という事ですか?」
「まあ、正確にはそうなるな。神田の口から聞いたわけじゃないし、物的証拠もない。あるのは、中島が放った『俺の仲間が火を噴くぜ』という去り際の捨て台詞だけ」
その後に、脱獄未遂事件が起きた――――か。
「状況的には確定ですね」
「ああ。でもな、中島派の看守も人数が多いし、スパイを絞るのは骨が折れるんだ」
「なるほど、そこで囚人側の意見を聞きたいと」
「まあ、そんなとこだ」
そして先ほどの会話に戻る。
今回のクエストはクリアに向けた重要要素。だからペンダントには関係しなさそうだ。
僕自身の環境を整えて、協力関係にある内村派の信用を勝ち取る目的で、進行するのがいい気がする。
「鳴宮起きてるか?」
「ええ、起きてるわよ。何か収穫あった?」
鳴宮は真剣なトーンで話をする。
僕は呼応するように、ボケる雰囲気を感じさせない物言いで、看守との会話を蒜生した。
「ここ、刑務所よね……」
「僕も同じ事言ったよ……」
鳴宮はやはり困惑の声色を感じさせた。
「でも好都合ね。事態が悪い方向へ向く前に決着を付けましょう」
「そうしたいのも山々なんだけどね……」
そう、如何せん手掛かりがなさすぎる。
しかもスパイが紛れていると考えると、迂闊な行動は避けた方がいい。
そして時間が流れ、翌朝を迎える。
「おはよう、自由時間よ」
「了解です」
言って、島内看守が房内に入ってきた。
「聞いたわ、スパイの件聞いたのね」
「はい。でも、見当すらついてないし、どうしたらいいんですかね」
僕は悩みを打ち明けると、島内看守は優しく肩に手をのせる。
「そんな焦る必要ないわよ。あなたたちは脱獄の事だけを考えればいいの。ただ、邪魔者になるスパイを探る手助けをして欲しいだけなのよ。本当なら今すぐにでも脱獄して欲しいけど、中島派の邪魔がいつ入るか分からないし。私たちがどこまでカバーできるかも予測できないから今は我慢して頂戴」
島内さんは眉尻を下げながらも笑顔で言った。
彼女の寂しげな表情は、内村さんの理不尽な過去を反映しているように見え、僕の決意に一層火をつけたのだった。
「一つ聞きたいんですけど」
「ええ、どうしたの?」
「レベル5のカードキーは無いんですか?」
「それがね――――以前の脱獄未遂事件の際に盗まれてから所在が分からないのよ。分かってたら、君に渡せるんだけどね……」
「なら、3とか4でも良いので借りれないですか?」
「それも無理ね。基本看守は階級が上がるたびにカードキーレベルが上がるんだけど、看守のキーはマスターキーなのよ。それがレベルアップされていくのよ。予備のキーもあるけど、借りるたびに記録されて、無断持ち出しが発覚するとその場で持ち物検査が実施されるわ。見つからない場合は、囚人を全員房に戻して、看守総出でキーの捜索が行われる。もし犯人だと断定されると、懲罰房に入れられるわ」
看守は言うと僕を外に連れ出す。これから1日が始めるようだ。
しかし通常の日程と何ら変化のない1日を過ごしていたが、初めての事もあった。
「今日は断裁の作業をお願いしたいのよ。初めてらしいから説明していくわね」
そう言って看守は刑務作業の説明を始める。
作業場は他に比べて作業人数が少ない。理由は明快で、断裁機の大きさが部屋に対して大きいことに由来する。
それともう一つ――――――
「危なくないですか?」
僕は壁のヒビに目線を向けて言った。
壁一面が張り裂けるほどの長く大きなヒビ。それがこの部屋最大の特徴であることは言うまでも無かった。
「この島、業者が来るにも時間がかかるのよ。周辺海域が荒れやすくて、天候も変わりやすいから船が沈没なんて日常茶飯事。だから監獄にはうってつけなの」
「だから問題を起こしても、軽視されやすいんですね」
「そうかもしれないわね」
僕は刑務作業片手に、小声で看守と会話をした。
しかし事件と言うのは唐突に起こるもので、この時の僕には一切予感は無かった。
刑務作業をいつも通り終わらせて、僕は房に戻る。
そういえば、神田さんのヒントを鳴宮は分かったのか。
僕は気になり、島内さんと談笑した後に連絡をかけてみた。
「どう、何か掴めたか?」
「あんたね……簡単に言わないでよ……」
鳴宮は少し怒っているような声色だった。
「ごめんって」
「まったく――――それより、そっちの収穫は?」
「今のところ無いな。ただ、クリアの難易度が高すぎることは分かった」
「嘘でしょ。そんな悲報、さらっと言うの……?」
「聞いてから時間経ってるからな、落ち込みも回復したんだよね」
「あんた、回復早いわね……」
トランシーバー越しからも分かる彼女の絶望感。
「でもさ、囚人たちをここに運んでくる手立てがあるんだから脱出する方法だってあるだろ」
「まあ、確かにそうね。あんたにしてはまともな事言うじゃない」
「一言余計だろ……」
僕はツッコミ紛いの返事をした。
「あんたもあんまり無理しないでよ」
「ああ、ありがとな、お前も体に気を付けて」
「ええ。じゃあ、また明日」
そう言って、僕らは通話を切る。
トランシーバーをクローゼットに戻し、ベッドに腰かけた。
今、僕にできることは無い。
謎も意味が分からないし、クエスト受注もなさそうだ。しかも受注済みのクエスト進捗も見込めない。
僕はベッドに体を預けて寝転がる。そして気づいた時には、日が明るくなっていた。
「珍しいわね。来栖が寝起きだなんて」
「疲れがたまってたんですかね…………」
「あんま無理しないでね。急ぐのは良いけど、身体は資本よ」
「ですね……」
僕は言いながら苦笑した。
「じゃあ行くわよ。早く支度してね」
島内看守は言うと房内に入ってくる。
「この房、老朽化進んでるわね。ヒビも多いし、格子もさびてるわ」
「そんな怖い事言わないでくださいよ……!」
「まあ、安心して。上司に点検の届け出を出しておくから」
僕は雑談を交わしながら、房から出て1日の日程をスタートする。
「来栖、眠そうだな」
「田中さんは相変わらず元気そうっすね……」
自由広場。男たちが各々の時間の使い方をして、騒ぎ声を轟かせている。
僕らは周囲を囲むフェンスに寄りかかり、のんびりと時間を使っていた。
眠気に耐えながら舟をこぐように、夢と現実を行ったり来たりしていた。
――――ゴゴゴゴゴッ
「ん? 何の音だ?」
「どうしました田中さん」
「いや、変な音が聞こえてな」
「気のせいじゃないですか? みんな動き回ってるし、その音かも」
「ならいいんだがな……」
――――――ゴゴゴゴゴゴゴッ
「あれ、何か音聞こえてきましたね」
「だろ? こんな音聞いたことないぞ」
僕と田中さんは不可解な音に怯えていた。
周囲の人たちも違和感に気づいたようで騒音が大きくなっていった。
「おい……‼ なんだよ、あれ……‼」
バスケコートの金髪男が大声を上げる。
反射的に僕と田中さんは、金髪男が指さす方角に目線を送った。
「おい――――まじかよ…………」
僕は無意識に呟いていた。
視線の先に見えるのは、今まさに『崩壊』という現象を見せる老朽化した男子棟。
砂埃を上げて轟音と共にコンクリート製の建物が粉々になっていた。
僕ら囚人たちは全員言葉を奪われてしまい、釘付けにさせられてしまったのだった。
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