第33話 島内看守

「神田と喋ったのか」



内村さんは複雑な表情をしていた。



「はい、脱獄についていろんな話聞きましたね」



僕は抽象的な表現にとどめる。

看守に想像の余地を残して置ければ話が区切れると思った。



「良いぞハッキリ言って。聞いたんだろ?」



「————」



僕は静かに頷いた。



「そうか。で、どう思った?」



内村さんの問いに僕は俯いて目線を逸らした。



「どう、か…………」



僕は言葉を詰まらせる。

可哀想だとか、同情するだとか、胸糞悪いだとか、ネガティブな言葉が源泉のように湧きだしてきた。



でも言葉にする気はしなかった。



「君も良い子だよ」



悲しげな表情の僕を見て、内村さんは眉尻を下げて言った。



「看守長はね、囚人何かに人権無いって言ってるけど、囚人も人の心を持った生き物なんだよ。だから、リスペクトを持って接するのは当たり前だ。そうは思わないか?」



内山さんは寂しげに笑って見せた。



彼の言葉、表情は、彼の人生を投影しているように見えた。



「はい、僕思います……」



僕は胸を撃たれずにはいられなかった。

同時に中島への復讐心が更に燃え上がっていくのを感じる。



壁を殴りたい気持ちを抑えながら、僕は自分の房に戻った。

ぐったりした様子で僕は、ベッドに腰かけ、強烈な匂いから解き放たれた解放感で一杯だった。



「報告があるんだがな」



内村さんはおもむろに話始める。



「これをもって俺は来栖の看守から外れる。これから新しい看守が来るからそれまで待っててくれ」



内村さんの報告に僕は顔を上げる。



「えっ、どうしてですか?」



「君が看守服の騒ぎを起こしただろ。それで癒着を危惧した上層部が、リスクを考慮して外すそうだ」



「確かにそうですけど。まだ僕が犯人だという確証はもっていないはずですよ? なのにどうしてこんな結果に……」



「中島は疑わしきは罰せよを掲げるほど慎重な奴だ。だから、俺と君の繋がりを危険視してるんだろうな」



内村さんは冷静に分析した。

長い付き合いで、互いの性格を熟知している間柄だからこそ、早めの対策を講じた訳だ。



「なるほど。勘だけは妙に良いんですね」



「ああ、そういう奴だよ」



内村さんは嫌気が刺したような言い方をした。



まったく奏真の奴、性格の悪い看守を作りやがって……

あいつゲームの面白みを作る天才だな。



「という訳で、短い間だったがありがとう」



「はい、こちらこそお世話になりました」



言って内村さんは房から去っていった。



内村さんが迎えに来た時間はまだ起床時間前で、新たな看守が来るまで時間が残っている。なら、考察でもするか。



僕は紙を取り出す。

しかし情報もなく、糸口もないことから呆気なく断念することになってしまった。



「あんた、懲りないわね」



僕は突然の声に体を震わせると、すぐさま視線を向けた。



「だ、誰ですか?」



「あら、初日に会ったじゃない。看守の島内よ」



「あー、会いましたね……」



僕は目を泳がせながら言った。



「絶対忘れてたでしょ……」



黒髪ショートの彼女は呆れ顔で言った。



「まあいいわ。それより内村さんから聞いてると思うけど、今日から私が担当看守になる島内よ。よろしくね」



「はい、よろしくお願いします」



「それで、さっき何見てたの?」



「べ、別に何も見てませんけど……」



「隠しても無駄よ。さあ、早く出しなさい」



看守は鋭い剣幕で言うと、僕は成す術無い様子で紙を差し出した。



「これは何なのかしら?」



「さあ、僕も拾っただけですし……」



「はいはい、そんな嘘いいから。とにかく没収ね。それと、鳴宮達があなたの事心配してたわよ」



「多分懲罰房の話でしょうね」



後で確認してみるが、恐らくトランシーバーで連絡をいれたんだろう。

ちゃんと連絡しておいたほうがよさそうだ。



「まあ、私はあの子たちの看守もやってるから、伝えたい事があったら口頭でお願い。手紙でも良いけど、内容は確認させてもらうわね」



「なら、大丈夫と伝えておいてください」



「分かったわ。じゃあ早速、自由広場に移動しましょうか」



言って看守は扉を開けると今日の日程が始まる。

結局、看守が変わっただけで代り映えの無い日だった。

クエストの発生現場もなく、進捗は無いままで終わった。



自身の房に戻り、今後について考える。

とは言っても手掛かりも無ければ選択肢もない。

手詰まり状態で、就寝時間の自由行動を決意した。



「あなた、内村さんから聞いてるわよ」



唐突に看守は話し出す。



「彼の脱獄の提案に乗ったって」



「な、何で知ってるんですか……?」



「簡単よ。中島にやり返したい看守が多いのよ」



「でも、僕らが出て行ったら看守は?」



「もちろん、全員解雇でしょうね」



「だったら……」



僕が言うと、房に入ってきた島内さんは僕の前に立った。



「いいのよ。こんな刑務所いたくないもの。だけど、ただ辞めるのは癪だから、何か爪痕の一つでも残して去りたいじゃない」



「それ、看守のセリフですか……?」



「ううん。私は『看守』じゃないわ『犯罪者』よ」



彼女は自虐紛いのセリフを吐いた。そして彼女は続けて、現在の刑務所の状況を教えてくれた。



どうやら、大きく二つの派閥に分かれているらしい。



元から内村さんと交流のあった内村派と、現在刑務所の幹部となった中島派に分かれているそうだ。

今回の騒動は内村派が最後の足搔きとして起こす内乱のようなものらしい。



「なるほど。なら、僕らも好都合なので協力しますよ?」



「ええ、ありがとう。とりあえず、変な動きに関しては黙認するし、物が必要なら持ってくるわ」



「ありがとうございます。そういえばさっき、紙を没収したのは周りに人がいたからですか?」



「あら、分かってたの? そうよ、今は他の囚人がいないから話ができるけど、他の囚人の前だと絶対できないから注意して頂戴」



「はい、分かりました」



「それじゃあ、また明日」



言って島内看守は僕の耳元に、こう残す。



「君の荷物は内村さんが預かって、さっきクローゼットに戻しておいたから」



「マジですか⁉」



僕は反応すると島内看守はにこやかに笑って、自分の持ち場に戻って行った。



島内看守の計らいで刑務作業を早めに切り上げた。そのおかげで話し合いが可能となったが、就寝時間まで時間が出来てしまった。

今、彼女らに連絡はしない方がいい。恐らく刑務作業の真っ最中だろう。



僕は大人しく行動までの時間を待つこととするのだった。




















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