第32話 ペンダント
その頃、女子は――――――
「これ、あんたの忘れ物でしょ?」
鳴宮はクエストの受注主に鈴色のパンツを渡す。
現在、自由時間の真っ最中だから、女子棟中の囚人たちが広場に集まっていた。だから、看守の目を容易にだますことが出来た。
「ありがとう! 今私ノーパンで気持ち悪かったのよねー」
パンツを受け取った彼女は、穏やかな笑顔で胸を揺らした。
「そうだ! これ約束の物。確か――――茶髪の女性に頼んだだけど、別にいっか!」
「え、ええ――――ありがたく頂くわ」
鳴宮は困り顔を浮かべつつ、ずぼらなクエスト主に会釈をして二人の元に帰った。
「それ、ペンダントだよね?」
鳴宮の手には碧色の大きな石が特徴的なペンダントを握っていた。
チェーンはジルバーで、細かく細長の円が幾重にも繋がって、一つの線になっている。深い碧色の石からは、引き込まれそうになるほどに神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「ええ、でも――――何に使うのかしら?」
鳴宮は首をかしげる。
今のところ彼女らに、ペンダント関係の情報がもたらされるわけではない。
「後で使うんじゃないのー?」
「その線が有力ね――――それか、来栖の方で使うか」
「ありそうだね~。ハルくん、一人で解決しちゃいそうだし」
しずくが呑気に言うと、鳴宮は妙に納得した気分になった。
「あんた、来栖の事だけは信用度高いわね……」
「そりゃ、ハルくんだもん。何とかしてくれるよぉ~」
しずくは相変わらず平静のままそう言ってのけた。
「まあ、来栖が色んな情報掴んでくれてるし、的を得てるのよね」
「なら、信じて待つのも一つの手なんじゃないかな」
しずくは言うが、鳴宮は頷かない。
「でもね、私たちも動ける事はやらないと、一生出られないわよ」
鳴宮は反論するが、しずくの言葉を受容する部分もあった。
全員が動くとハイリスクハイリターンでしかない。待つ人がいるのもリスク管理としては手立ての一つだ。
「一回、来栖に連絡してみるわね」
言うと、監視から遠く、死角になる位置でトランシーバーを起動する。看守を背にして来栖に呼びかけるが、反応が無い。いくら呼びかけても、彼のけだるげな声が聞こえることは無かった。
「出ないわね……」
「面倒くさがってるんじゃないのー?」
「いや、大事な話なのに面倒くさいとか言ってられないわよ?」
「知らないよー。でも、珍しいよねー。ヨッシー、こういうの必ず出るでしょ」
遊馬は他人事のように言った。
「そうなのよね……」
私は嫌な予感がしていた。
今朝、刑務所中が騒がしくなっていた。
もしかすると、彼が巻き込まれた可能性も無きにしも非ず。
となると、彼が応答しなかったのにも説明がつくか…………
という、一人の女子高生が予期した最悪のパターンだった。
「だけど、夜にならないと行動は無理ね」
「パンツの件みたいなクエストを見つければいいんだよねー」
「ええ。でも、そう上手くいくとは限らないわよ」
「いいの! ポジティブに行かないと、メンタル終わるよー?」
「こ、怖い事言わないでよ……」
鳴宮は遊馬の言葉に眉を顰めるのだった。
一方、懲罰房の来栖は――――
「聞かせてくれよ。神田さんの仇は僕がとるよ」
「なんだお前、随分頼もしいじゃねえか! そんな若い面して、精神年齢は高いってか! 最近の若者はよく分かんねえな」
「そう言ってるあんたも分かんないけどな……」
俺は茶々を入れた。
聞いた神田さんは大声で笑って話題を変えてくる。
「まあなんだ、普通に手掛かりを言っても面白くないよな」
「いや、言って欲しいんだけど…………」
「それだったら俺が面白くねえんだよ。そうだ、ヒントを出そう」
神田さんの言葉に面倒臭さを感じつつも、目先の障壁が無くなるのは好都合だ。そう思って彼の話に耳を傾ける。
「牛が3頭の牧場は、今日も同じリズムで生活する。朝起きて、ご飯を食べて、囲いの中を散歩して、またご飯を食べて、暗くなると再び檻に閉じ込められて、眠りにつく。しかし、年老いた雄牛は目を覚ますと一度だけ飼い主にトイレを懇願する。その牛にはこだわりがあって、近所の森林にある最奥の巨大樹を好む。牛は飼い主が木の根元に掘った穴へ用を足す。牛は恥ずかしいのか埋めた穴の上から枯れ葉を被せる。牛が死んだ後は飼い主の慈悲で木の根元に遺骨が埋められた。」
長ったらしく神田さんは意味深で謎めいた文章を口にした。
「それが、ヒント……?」
「ああ。あと、もう一つ」
「何ですか?」
「お前、内村看守と仲良さそうみたいじゃないか。という事は彼が元看守長だったって知ってんだろ?」
「えっ⁉ い、いや――――知らないですけど……」
内村さんが元看守長……?
「なんだ、知らなかったのか」
「はい……」
僕は混乱のあまり歯切れの悪い返答しかできなかった。
「————知りたいだろ」
「そりゃ、知りたいですよ」
神田さんは鬱陶しい提案の仕方をして、僕の苛立ちを誘った。
彼は僕の様子を見て楽しげに笑うと、仕方ないと言いたげに話し始める。
「この話は内村さんから直接聞いた話だ。俺が懲罰房に入ってすぐ、監視役としてきた彼が話してくれたよ」
神田さんはそう前置くと本題に移った。
「内村さんは『被害者』だ」
神田さんは内村さんを『被害者』と評し、長い物語を語り始める。
「大学時代、彼には恋人がいたんだ。名前までは教えてくれなかったが、どうやら相当仲が良かったらしくてな、結婚の約束までしていたそうじゃねえか。だけどな、邪魔者がいたんだよ。知ってるだろ、中島看守長、あいつも同じ人が好きだったんだ」
僕は静かに聞いていた。
そして理解していた。雰囲気が悪くなっていると。
「だから中島は、しつこくアプローチを繰り返して、内村さんにも嫌がらせを行ってた。その後、看守となった三人はそれぞれの道に進み、内村さんと恋人の関係性は続いていても、進展は無かったそうだ。そして、内村さんと中島がこの刑務所に配属が決まった」
僕は話を聞くだけで寂しい気持ちになる。
同時に中島に対する恨みつらみが爆増していた。
「二人は下っ端から始まった。我々看守を現場で監視する立場として時間を過ごした。それから何年かして、内村さんは囚人と関係が良好で、看守としての行動が評価されて看守長となった。その時、中島は棟長と呼ばれる、男子棟の長として役職を持っていた。中島は同僚が出世したことに苛立ちが収まらず、どうにかして引きずり下ろしたいと考えた」
神田さんの回想を聞きながら、僕は呟きに似た声色で言う。
「内村さんの接し方を見ればわかりますよ。囚人に対して番号で呼ばずに、ちゃんと名前で呼ぶんです。理不尽な怒り方をせず、我々の話を聞いて、公平な判断を下してくれます。世間話も、無駄話も、笑い話も、全部反応してくれる」
「そこだろうな、囚人から、看守から、刑務所の全員から評価されていた要因は」
神田さんも感慨深げに言う。
「けどな、中島は内村さんがチヤホヤされているのが気に喰わなかった。だから、俺の脱獄未遂事件を使ったんだ」
「使った……?」
「ああ。別に、内村看守は関係ない。俺が独断で計画し、実行に移した行動だ。ただ、脱獄は前代未聞の事項で、刑務所内も予期せぬ事態だったからな、対応にも時間がかかったんだ。しかし、内村さんは迅速かつ的確な指示で俺の進路を妨害した」
僕は中島の行動に吐気が催しつつ、内村さんの臨機応変性に感心した。
「俺は成す術無く捕まったよ。準備期間も結構設けてたんだがな。無駄だった。そして俺は死刑囚として扱われるようとなる訳だ。その後、内村さんは脱獄囚が出てしまった責任を取り立場を追われた。もちろん、対応を評価した人は大勢いたが、中島を中心とした反対派が猛抗議。内村さんは出来た人だ。自身の責任と反対派の台頭で、位を譲った。そして下っ端に逆戻り。今でも、現場で忙しなく動いているそうだ」
「はい、よく見させてもらってますよ」
僕は沈んだ声色で言った。
内村さんが中島を憎む理由、それが少しだけ見えた気がした。
「しかし、それでは説明がつきませんよ?」
「何がだ?」
「どうして内村さんが僕に脱獄を勧めてきたかです」
「嘘だろ⁉ 内村さん、そんな事してたのかよ……!」
神田さんは僕のカミングアウトに目を丸くした様子で言った。
「でも、中島にやり返したいからじゃねえのか?」
「だったら、大学時代にあっても可笑しくないはずだ。でも、聞いた限りだと、中島の嫌がらせにも耐えてきたように聞こえます。なら、復習を考えるのは些か妙では?」
「なるほどねぇ……」
「恐らく別の要素が介在しているのが妥当ですよね……」
「ああ、そうだろうな」
神田さんは静かに肯定する。
「後はお前に託したぞ。どんな結末が待っているかは、お前の行動次第だ」
「はい、叶えて見せますよ」
「そうか、ならさっきのヒントを書いた紙を渡しとくぞ」
神田さんは紙の中に石を入れ丸めると僕の房に投げ込んできた。
「ありがとうございます……‼」
僕は言うと、見計らったように階段の方から音が聞こえてくる。
「来栖、起きてるか」
「はい。もちろんですよ」
「今日は就寝だ。また明日、時間になったら迎えに来るから、それまで待機だぞ」
「了解です。おやすみなさい」
言って、表情変えずに戻っていった。
翌日から僕の計画は更に進めていくこととなる。
僕はベッドの匂いに慣れたのか、横になることが出来るのだった。
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