第31話 懲罰房

「お前、看守の服を盗んだだろ」



中島看守長は尋問室に僕を監禁する。

刑事ドラマの取調室のような机と2つの椅子。それは面と向かって位置していた。



「盗んでないですよ‼」



「ほう? だったら、昨日の深夜から今日の朝方にかけて何をしていた」



「布団で寝てましたよ」



「だったらこの映像を見てくれ」



看守長が提示したパソコンには僕の房が写されていた。

どうやら僕の房がもぬけの殻になり、不信感を抱く看守がいたらしく、房内に幾度となく俺の名を呼ぶ看守の姿が映っていた。



「この時間、お前は房にいなかった。布団にくるまっているようには見えないし、トイレにいればすぐに出てくるだろう。しかし、何分経ってもお前の声は聞こえない」



「でも、それが看守服盗難と何の関係があるんですか? それ以前に、本当に盗難何ですか。単純に看守の管理が甘かったという線も考えられますけど」



僕は苦し紛れに抵抗する。



「かもしれないな。でも、お前があの時間房にいなかった事が何よりの問題だ」



これはまずいな……



映像証拠を提示されては言い訳の余地がない。



「でも、見えないだけでちゃんと布団にはいました」



「本当か?」



「嘘だと思うならそれを証明する証拠を提出してください。昨日刑務作業の後、看守の先導で房に戻り、そのまま房にいました」



「お前は――――内村看守だな?」



「はい。確認してもらえば証言してくれると思います」



「分かった。ただ、今日は懲罰房に入れる。歌が悪しきは罰せよ、だ」



「分かりました……」



看守長は言うと、僕を先導して懲罰房へ連れていく。



流石に容認は出来ないぞ。

理不尽な理論で自身の決定を貫くのは、内村看守が恨むのも納得の性格だよ。

これは今後苦労しそうな敵だな……



僕はため息をつきながら、奏真のゲーム作りに感心していた。



幾何の階段を降り、おおよそ最下層に6つの懲罰房がある。



「お前は4番だ! 死刑囚のお前にはお似合いな番号だよ。じゃあ、明日迎えに来るから、今日は大人しくしとけよ!」



「あんたに言われなくても分かってますよ」



「ほう、言うじゃねえかよ。まあ、お前が大人しくしてくれりゃ何でもいいから」



看守長は、けだるげに言って懲罰房の階層から去っていった。



一人になった僕は懲罰房の薄汚れたベッドに腰かけた。



一息つきながら部屋を見渡し、改めて衛生環境の悪さに気が付く。

トイレはむき出しだしで悪臭を放っている。また、ベッドも洗濯にまわっていない様相で、不潔集が漂ってきた。



「来栖、いるか?」



階段を下りる音と同時に、聞きなれた看守の声が聞こえる。



「どうしました?」



「心配だから見に来たよ」



内村さん優しいな。あのクソ看守長とは大違いだよ。



「まあ、それだけじゃないんだがな」



言って看守は房の格子に近づく。



「————とりあえず房の荷物は俺の部屋に置いてあるから。落ち着いたら返しにくな」



「————了解です。本当に助かります」



「気にすんな。お前の行動はリスクが高い。ミスなく出来ると思わない方がいいぞ」



「でも、内村さんの苦労も増えるじゃないですか。リスクも高いでしょうし……」



「まあ、助けあいだよ。俺も来栖も危ない立場にいるんだ。お互い様だろ?」



内村さんは優しい笑顔で言った。

こんな状況でも、味方とはいえ寛容な言葉をかけてくれる看守に感謝しかなかった。



「じゃあ、明日迎えに来るからちゃんとしとけよ」



「はい! また明日合いましょう」



彼は看守長に邪見な対応をされた胸苦しい気分を吹き飛ばしてくれた。

僕は彼に感謝を思いながら快活に返した。



内村さんが帰った後、俺は再び腰を落ち着ける。

結局、一日刑務作業も無ければ、自由時間も食堂で飯の時間も無いから、時間を持て余して仕方ない。



そうだ、いい機会だから一度状況を整理しよう。



僕らは脱獄が目的。そのために必要な条件がある。

まず、レベル5のカードキーが必要。出入口を含めた全ての扉に有効で、邪魔くさい防犯カメラさえ無力化できる優れもの。

そして、全員が揃っている。必須ではないが、やはり一人欠けることなく脱出が最高に気持ちがいい。



ただ、現在所持するカードキーはレベル2。まだまだ先は長そうだ。

しかも看守長の勘の良さが最大の敵となりそうな予感がした。



とりあえず、女子の動きが気になるが…………



とはいえ、トランシーバーも房に置いてきたし知る由が無い。

翌朝まで懲罰房で大人しくするのが得策な気がした。



「————おいお前、脱獄する気か?」



「……っ⁉」



俺は驚きの様相を隠すことが出来なかった。



「盗み聞きとは趣味が悪いな」



「漏れ聞こえてきたのを『盗み聞き』とは随分な言い方だな」



「事実だろ」



「最大限に悪い言い方しただけだな」



真正面の房。無精ひげを生やした髪ボサボサのおじさんが話しかけてきた。



「お前、名前なんて言うんだ」



「来栖だ。あんたは?」



「神田。短い間だがよろしくな」



「あ、ああ――――よろしく」



なんなんだ、いきなり……



「あんた、随分吞気だな」



「ああ。別に焦ることも無ぇからな」



神田はやけに冷静に言った。



「俺ぁ、もう死刑を待つ身。抗おうにも、そんな気持ちにならねんだよ」



「後どれぐらいなんだ?」



「二週間くらいじゃねえか? そんなんじゃ準備できねえしな」



なるほどな。つまり諦めたと。



「それで、なんで僕に話しかけたんだよ」



「んなぁ簡単だ。俺がお前の手助けしてやろうと思ってな!」



「——え?」



僕はきょとん顔を披露する。



「俺はな、元脱獄未遂囚だからな。お前に良い情報を教えてやろう!」



無精ひげの男は得意げな顔をして言うのだった。































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