第30話 パンツ

まずは囚人所持物保管庫を目指す。

保管庫は作業棟の二階にあって、僕の房からは結構離れた位置に設置されていた。



みた感じ看守も見当たらないし、これは楽勝かもな。



僕は余裕綽々な様子で、作業棟に入っていった。



「あれ、なんで看守がこんな所に?」



作業棟一階の階段前、僕が階段を上がろうとした時に、後ろから声がした。

僕はその声に体をビクつかせた。



「なんでって、看守がいたらマズイことでもあるんですか?」



驚いた様子を悟られないように、僕は聞き返した。



「別にそうじゃないけどよ、珍しいなと思ったんだよ。いつもなら誰も見回りに来ないから」



看守の男はそう言った。



誰も見回りに来ない?

それは、単純に作業棟だから見回りをする意味がないというだけなのか……?



しかし、僕は訳を聞こうとは思わなかった。

この様子から察するに、恐らく看守の間で常識となっているようだ。

理由を聞こうとすれば、逆に怪しまれてしまう。



「話は異常ですか? それなら私はこれで」



「あ、ああ—―お疲れ様……」



「お疲れ様でした」



僕は足早に階段を上がった。


危なかった……

もしこの格好じゃなかったらと考えると、肝が冷えるな……



でもおかげでいい情報を手に入れられた。

これは大きな収穫だ。

しかも監視カメラが少ない。

一階に一つくらいしか設置されていない様だし、もしかすると穴場かもしれないな。




僕はそのまま二階の探索を始めた。

ここには作業棟と言うだけあって、刑務作業以外の部屋が見当たらない。

どうやら、保管庫以外は全て刑務作業の部屋らしい。 



まあ、ここは作業の時間以外に用は無さそうだな。

だったら、ちゃっちゃと回収して行動予定を早める事にするか。



僕はすぐさま保管庫に突入した。



内装はステンレス製の棚が部屋中にびっしりと敷き詰められていた。

でも、意外と管理はしっかりしているようで、棚ごとに番号が割り振られていて、入り口のノートですぐに探し物が見つかるようになっていた。



ん?

ペンダントが持ち出されてるな……



僕はノートを見て疑問に思った。



確かにペンダントが保管されていた事実はある。

でも、2日前に持ち出されていた。



という事は誰が持っていったのか?

いや、このペンダントが彼の物とも限らないか。

なら、彼の話は嘘か……

でも、彼は”どこにあるか分からない”と言っていたな。保管庫も看守長がそう言っていただけ。



じゃあ、どこにあるって言うんだよ……!



仕方ない、ペンダントは後回しだ。

とりあえず、次はパンツを探さないとか。



つーかその前に、この保管庫にある物を見て回るのもいいかもな。



僕はノートをパラパラめくって、保管庫に残された物を見て回った。

ノートは表になっていて、左から、見つけた日付、物の名称、届けた看守の名前、見つけた場所、返却した日付、返却後のチェック。

それらが横並びに書かれていた。



そういえば、ペンダントの発見場所、どっかで聞いた事がある気がする。



どこで見たっけな……



ノートには、”男子棟の2階、左から3番目の房”と書かれていた。



あっ、これってあの時彼が言った房の場所じゃないか……!

という事は、彼のペンダントの可能性が高い訳だ。



でも、そうなると、どうして返却のチェックが記されているんだ?

見たところ昨日の日付になってるし、もし彼が持ってるだとすればクエストが発生するはずがない。

それに、僕に嘘をつく動機だって彼には無いはず。



じゃあ、どうしてだ?

どうしてペンダントが、持ち出されなければならなかったんだ!



僕は思考を巡らせたが、答えに至る事はなかった。

もしかすると、いや、もしかしなくても、情報が足りなさすぎるのかもしれない。

やっぱり後回しにせざるを得ないようだった。



僕は他の保管物を見てみた。

案外保管物は少ないようで、記載も三つ程しか見受けられなかった。



その中で、僕が1番気になった物、それの前に行く際俺はトランシーバーを用意した。



もし、これが”例のブツ”なら僕はラッキー極まりない。一石二鳥とはこの事だな。



そんな、笑みが溢れるほどのラッキーが目の前に転がっているようだった。



「ーーもしもし、聞こえるか?」



「ええ、聞こえるわよ。珍しいわね、あんたが私達を頼るなんて」



なんだ? それは嫌味類だよな。

僕、君になんかしたかな……



「嫌味なら後で聞くから、とりあえず要件を聞いてくれ」



「じゃあ、後でたんまり言ってあげるわ」



「分かったよ……」



僕はため息混じりでそう言った。



「それで、どうしたのよ」



「あ、ああ。鳴宮がさっきしたパンツの話あっただろ?」



「え、ええ」



「そのパンツの特徴を教えてくれないか?」



僕は気恥ずかしさを隠しながらそう言った。



まったく、なんでこんな役割を担わなきゃいけないんだよ……

しかも、女子にパンツの特徴を聞くって新手の拷問だよな。



「あんた今、風呂場にいるの?」



「いや、囚人所持物保管庫にいる。そこに女物のパンツが一枚あるんだ」



「なるほど、それが私たちのお目当ての物かもしれないと」



「そういうこと。だから特徴を教えてもらおうと思ったんだよ」



「オッケー、じゃあいくわね」



鳴宮はそう言うと、頼まれた人が述べたという、下着の特徴を明瞭な声で言葉にした。



彼女曰く、”ラベンダー色の花柄”だそうだ。



「鳴宮、どうやらビンゴだったみたいだぞ」



「ということは……」



「ああ。目の前にお目当ての物があるんだよ!」



「それは好都合ね。罠を疑うくらい」



俺がテンション上がって報告した内容を、鳴宮は怖いくらいネガティブに翻訳した。



まったく、怖いこと言うなよ!



「それは、心にしまっといてくれ……」



「まあ、そうね。勘繰りすぎも良く無いしね」



「そういう問題じゃないんだけどーーーーまあいいや、そんなことより、とりあえず届けに行くから待っててくれ」



「ええ、捕まらないように祈ってるわ」



鳴宮は終始棘のある言い方だった。



「なあ、僕なんかした?」



「えっ、別に何も?」



「じゃあ、なんでそんな高圧的な言い方してんだよ!」



俺は始めから感じていた疑問をぶつけた。



「えっと――――ノリ?」



鳴宮は楽しんでいるようだった。



通りでおかしいと思ったんだよ!

刑務所内ではほぼ会話していないし、会う機会もない。喋ったのだって4日振りとかだしさ。




どこで恨みを買ったのかと冷や冷やしてたの返してくれよ!



そう、僕は心の中で叫ぶのだった。



後で女子の房に届けに行く約束をした僕は、そのままノートをパラパラめくっていた。



——日記?



俺は何気なくそう呟いた。



ノートの最後尾には「とある囚人の日記」と記されていた。

欲を言えば脱出の手がかりが書かれていて欲しいが、とりあえず刑務所に関する情報であれば何でも良かった。

まだまだ謎に包まれている事象が多くあって、それらを紐解いていかないと脱出は難しい気がする。



ひとまず、俺は日記のある棚まですぐさま歩いて行き、例の日記を手に取った。



日記と言っても、水色の大学ノートに項目が三つだけ書かれているだけの、メモと何ら遜色ない物だった。

 


でも、ここにずっといる訳にもいかないな。

ひとまず女子にあれを渡しにいかないと。



俺は次の行動を決め、瞬時に実行に移した。



てか、パンツ届けさせるって拷問だろ……



僕は重たい気持ちになりながらも、とりあえず女子の房に向かった。



「鳴宮、起きてるか?」



僕は布団に入る鳴宮に声を掛ける。



「こ、こんな時間にどうしたんですか……?」



どうやら鳴宮は僕だと気づいていないらしい。



「僕だ、来栖だよ……! いいから来てくれ……!」



「あんただったのね……てか、紛らわしい格好しないでよ」



「この格好の方が動きやすいだろ――――ほい、お目当てのもの」



僕はポケットから持ってきたブツを鳴宮に渡す。

用件が済んだら去ろうと思ったていたが、如何せん鳴宮の表情が気になった。



「やってること、下着泥棒と変わらないわね……」



「頼んだのお前だろ……」



まったく、人使い荒いくせに文句ばっかだな……



「とりあえず、進展あったら連絡してくれ。こっちは手詰まりで困ってんだよ」



「ええ、もちろんよ。多分明日には報告できると思うわ」



「了解、待ってるな」



僕は言って彼女らの房から去った。

それから看守の巡回や監視カメラの網をかいくぐり、ようやく自分の房に戻ってくることが出来た。



そして、布団に入り、翌朝————



「おい、起きろ!」



僕は気づかないうちに眠っていたようで、気が付くと窓の外は明るくなっていた。

格子の外から声が聞こえてくる。しかし寝ぼけた俺は事の重大さを自覚していない。

ゆっくりと体を起こし、外の中島看守長を見た。



「お前、今から懲罰房に入れる。すぐに房から出てこい」



俺の目覚めは衝撃的な言葉から始まったのだった。









































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