第29話 クエスト

カードキーレベル2を手に入れた翌日、僕は食堂で頬杖を突きながら食事をしていた。



「来栖、お前行儀悪いぞ」



「す、すいません。ちょっと考え事してたんですよ」



「考え事って……なに、もう行き詰ってんのか?」



「ええ。新しいカードキーが手に入ったのはいいんですけど、その先が見えてこないんですよね」



僕が考えるこの刑務所からの脱獄方法。

それはカードキーの入手。

それが叶えば出口から出ていけるはず……

と勝手に考えているのだが、まあそんな甘い話ではなさそうだ。



まだ確認できていない謎もある。

その最たる例が脱獄囚の話だ。

あの、脱獄ギリギリまでいった、という話、それが脱獄に大きく関わっているような気がしてならない。

特にレベル5のカードキー。

そんな重要なカードキーがそこら辺の部屋にあるわけがない。



――あるとしたらおそらく看守塔だな。



しかし所持しているカードキーは、行けて作業棟。

看守塔になんて行けるはずもなかった。



「なるほどな。悪いが俺にもこの先の事は分からない。協力はするが、それ以上は出来ないぞ」



「そうですか……」



僕は少し落胆をすると、ちょうどよく僕を迎えに来た内村さんのもとに向かった。

そしてそのまま刑務作業に向かった。

今日は木材加工の刑務作業だった。難しい作業でもなく、電動のカッターで方道理に切断していけばいいだけの簡単なものだ。



「すまんけど、俺一旦ここを離れるから、おとなしく作業しておいてくれ」



「はい、了解です」



僕はそう言うと、再びカッターに目線を送った。

今日の刑務作業場には僕のほかにも数人が作業を行っていた。

そして一人だけ僕の近くで手を進めている男がいた。

けれど、その男からはため息ばかりが聞こえてきて、あまり居心地のいいものではなかった。



「あの、どうかしたんですか?」



僕は堪らず声をかけた。

するとやせ細った男は、困ったような笑顔で返答した。



「あぁ……陰湿な雰囲気を出しててすいません……」



「あ、いや、その……」



そんな素直に謝られるとは思っていなかったから、あのパターンの返答を用意していなかった。



「迷惑ですよね。あっち来ますよ……」



「——ちょっと待ってください」



僕が制止すると、その男がこちらを振り返り。



「どうかしましたかね」



「それはこっちのセリフですよ。それはただ事ではない気がします。よければ話を聞きますよ?」



僕はそう優しく言うと、その男はもう一度元の席に腰かけた。



「本当に聞いてくれますか?」



「ええ、気兼ねなく話してください」



それからポツリポツリと話を始めた。



その痩せた男には恋人がいたそうだ。社会人1年目から社内恋愛をしていたらしい。

ある日のデート中に誤って自動車事故を起こしてしまい、刑務所に入ってしまったそうだ。そしてその当時付き合っていた彼女とおそろいで着けていたペンダントを、看守長に無理やり取られてしまったらしい。



「あの人、そういうとこありますからね……」



「知ってるんですか、看守長の事!」



「知ってるというか最初にあった時、そんな感じがしたってだけなんですけど」



「そういう事ですか……」



そんな会話を重ねながら、僕はあることを思った。



「そういえばそのペンダントってどこにあるんですか?」



「聞いた話だと囚人所持物保管庫って聞きました。刑期が終わった後に返してやるって」



それって確か作業棟にあったような……



「——今日、夜の間に会いましょうか」



「は……? あなた何を言って……」



「あなたの房の場所を教えてください」



僕は痩せた男のクエストじみたことをこなす気でいた。

正直理由なんてものは無かった。ただ、無駄な正義感が僕を突き動かしているようだった。

そしてそのまま僕とその痩せた男は刑務作業をつづけた。









その頃、しずく達は自由広場で自由時間を過ごしていた。



「紫音ちゃん、何か手掛かり見つけた~?」



「これが中々ないのよね……」



鳴宮たちは捜査に難航しているようで、僕程進展している様子は見受けられなかった。

モヤモヤを抱えている様子の鳴宮は、二人と共に看守に連れられて食事に向かった。

食堂の中でもしずくと遊馬は、いつもの様子でふざけて話していた。



鳴宮は頭を抱えていた。

二人の子供の世話をしながら、探索をしないといけない状態だ。

疲労感がないとはいえ、やはり考える時間がないというのが現状だ。

確かに夜の時間はフリーだが、正直そこだけにとどまっている。



「ねえ、紫音ちゃん面白そうな話聞いてきたよ~」



「珍しいわね。しずくがそんな事するなんて」



「へへへ。なんか役に立たないとね~。紫音ちゃんとハルくんにまかせっきりは流石に申し訳ないから」



私は微笑んだとともに恥ずかしくなった。

もうあんな考えは忘れてしまおうとも思った。



「それで、どんな話を?」



「なんか、探し物をしてるみたいでさ~」



「探し物?」



「うん。なんかパンツをどこかに落としたみたいでさ~」



「えっ、はっ……? パ、パンツ……?」



「うん。なくて困ってるって」



「あ、そうなのね……」



鳴宮は呆れたようにそう言っていた。



「それで、他に何か言ってなかった?」



「ん~……代わりにやってくれたら、いいものをくれるって言ってた」



「いいもの?」



「うん。詳しい内容は言ってくれなかったけど、いいものとだけ言ってたよ~」



しずくは聞いた内容をすべて話したという様子だった。

しかし何かを思い出したようで続けて口を開いた。



「あっ、そういえば、お風呂上りにどっか行っちゃったって言ってた~!」



私は、しずくの言葉を聞きながら策を考えていた。



「それは、来栖に頼むしかないかもね……」



「えっ、なんで?」



しずくは納得がいかない様子だった。



「だって、お風呂場に自由に入れるのは来栖しかいないもの。私たちじゃ何もできないわ」



「そっか……じゃあハルくんに任せるしかないね~」



「ええ。とりあえず自由時間になったらトランシーバーで連絡するわ」







そうして自由時間がやってきた。

僕は計画通り、囚人所持物保管庫に向かうことにする。

そして、今日はもう一つやりたいことがあった。



「内村さん、ありがとうございます」



「いいんだ。終わったらクローゼットの中にかけておいてくれよ?」



「ええ、もちろんです。では行ってきますね」



「ああ、気を付けて」



僕がそう言うと内村さんが扉を開けてくれた。



今日、僕は看守になった。



何言ってんだって?



そのままだよ。僕は今看守の格好をして、看守のように振舞うんだ。

まあ、そんな事はどうでもいいか。

とりあえず今日の目的を遂行しよう。



僕は、目線を下に向けながら、堂々と男の房の棟から出て作業棟に向かっていく。

その道中、ポケットのトランシーバーが振動していた。



「——どうした?」



「あのさ、ちょっとお使い頼みたいんだけど……」



そして鳴宮からの”お使い”の内容を聞いて、僕は堪らずに大声を出してしまった。



「あんた、何してるのよ……! 気づかれたらどう責任取るつもり!?」



「すまんって……でも、パンツって……」



「私たちで行けたら行ってたわよ。でも現状あなたしかいないでしょ?」



「そ、そう、だな……」



僕は納得し、諦めて”お使い”を受け入れることにした。

優先順位を間違えてはいけない。

まずは囚人所持物保管庫。

その後風呂場に行ってパンツを回収。



そして何より大事なのが、

監視カメラ管理室までの経路の確認と,

見つからないように女の房の棟と作業棟までの監視カメラに撮られないような経路を探すこと。

この2つが大事になってくる。



そしてパンツを鳴宮に届けた後、

房内で着替えを済ませて、

痩せた男の房に向かう。

この工程で今日は向かうことにしよう。



そう工程を頭の中で組み立てた後、

僕は監視カメラの場所を気にしながら、作業棟に入るのだった。











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