第28話 トランシーバー

それから一週間が経った。

結局何かできることが増えた訳ではなく、ひたすらポイント集めに注力していた。

その結果、トランシーバー四人分と交換できるほどの量が集まった。

これをあの三人に渡すことができれば最高なのだが、そんなうまい事があるわけもない。



「刑務所の監視カメラは厄介だぞ」



「ええ、そのようですね。今のままだと身動きが取れないんですよ」



そう、刑務所の中に張り巡らされた看守の目、至る所にある監視カメラのせいで探索はほぼ不可能な状況だ。

内村さんに聞いたのだが、監視カメラは職員棟の一階にあるそうで今の状態ではすぐに見つかってしまうとのこと。監視カメラ制御室のセキュリティの解除には、最低でもレベル3のカードキーが必要らしい。



「女の房の方は警備が薄いんだ。だから、あっちにさえ良ければ何とかなる気もする。それをどうするかだな」



「えっ、あっちって警備薄いんですか?」



「ああ。正確に言うなら、あっちがデフォルトで、こっちがシビアになったんだけどな」



「——もしかしてあの脱獄犯と関係あるんですか?」



「ああ。その事件をきっかけに警備体制が見直されたんだ。それで監視カメラの台数が増えてしまった」



なるほどな。でもなんで女の方の警備は増やさなかったんだ?

だって構造は同じなんだろ?

ってことは脱獄のしやすさも、前の男の房と変わらないはずなのに。



「女の方は、プライバシーが何とかで増やせなかったそうだな」



これは、お決まりのご都合主義の結果なのか、もしくはヒントなのか……

それにしてもあいつ女子には甘いのな……



「とりあえず、トランシーバーとポイントを交換してくれませんか?」



「あ、ああ。じゃあ先に渡しておくな」



田中さんはそう言うと、先にトランシーバー4つを渡してくれて、僕は交換するようにしてポイントカードを手渡した。



「証拠を残したくないから領収書は出ないからな」



「ええ、大丈夫ですよ」



僕はそう言うと、すぐに自分の房に戻ってクローゼットの中にトランシーバー四つを隠し入れておいた。

そうしてまた自由時間がやってきた。またいつもの一日が始まる。



「内村さん、監視カメラって止められないんですか?」



僕は小声で内村さんに問うた。



「監視カメラか……できないことは無いが、毎回という訳にもいかないんだよ」



「えっ、なんでですか? 看守なのにですか?」



「あそこは看守じゃなくて、職員室にいる職員が操作をする決まりになっていてな」



「癒着によるリスクを減らすためですか……」



「ああ。そういうことだ」



まったく、あいつ変なところで頭使うんだから嫌になっちゃうよな。

そこら辺の難易度下げてくれればいいのに……

とりあえず自由時間まで僕にできることは何もない。それまではおとなしくポイント集めでもしておくか。



僕は一度脱出の事を忘れて今日集めるポイントの事だけを考えた。

昨日集めた二百ポイントはトランシーバーに使てしまったから、またゼロからやり直しだ。

僕には三百ポイントを貯めなければいけないという責務がある。だからこれまで同様作業に励んでいかなければいけない訳なのだ。



今日も代り映えの無い一日として、何事もなく過ぎていった。

流れ作業と化した日々を脳死で続けた。

そして僕に自由時間がやってきた。

これからようやく本格的な作戦に入れるのだ。



「内村さん、お願いします」



「ああ。とりあえず行ってくるな」



内村さんはそう言うと急いで僕の房から去っていった。

今回の作戦には内村さんの協力が不可欠だ。そして、内村さんの信頼を試すためでもある。



今回の作戦の概要は簡単、三人にトランシーバーを渡しに行くこと。

入所した日以来、三人に会う以前に三人についての情報すら入ってきていない。

房が恐らく男と一緒だと仮定すると、他の囚人にバレることは無い。監視カメラは男の房ですら無いのだから女の方にも無いはず。

そう考えると、女の房の棟に侵入さえすればこっちのもんだ。

排気口はどこにでも繋がっている。だから、近くの排気口に入ってあいつらの房を探せばいいだけだ。



「——戻ってきたぞ! 後はお前次第だ!」



ちょうどいいタイミングで内村さんが戻ってきた。

肩で息をしながら、静まり返った房を駆け抜けている。



「はい。ありがとうございます。内村さんは扉を開けたらすぐに看守室に戻ってください」



「ああ。そうさせてもらうよ」



内村さんはそう言うと、僕の房の扉を開けてそのまま看守室に戻っていった。

僕は扉が開いたのを見ると、ひとまず外に出て、内村さんの後ろを歩いた。

正直な話、内村さんを信用しきれていない自分がどこかにいる。今だって、計画の協力をする体で脱獄囚をあぶり出そうとしているのかもしれない。他に協力者がいるかもという感じで。

だから看守の後ろを歩き、行動を疑い続けているのだ。



まあ、これで終わっても仕方ないよな。他に方法無かった訳だし。

とりあえず計画通りの動きをしていくか。



僕はできるだけ物音を立てないように、男の房の棟から脱出していった。

ここで一つ目の壁が現れる。それはこの通路が看守塔から丸見えということだ。

だから囚人服を着た人間が通っていれば、当然警報が刑務所中に鳴り響く。

そうすれば結果はおのずと見えてくるものだ。



しかし、これもまたご都合主義の奏真が作ったワールドだ。

二つの棟を結ぶ通路には等間隔で木が植えられている。だから一つ一つ丁寧に渡っていけばバレずにけるかもしれない。



そう思って、十本の木を少しずつ反対側から見えないように動いていった。

一本目、二本目…………

監視塔の方を見ながら少しずつ動いていた。

四本目、五本目…………

緊張感で手汗が凄い。でも、力強く木を掴んで滑らないように気を付けていた。

六、七、八、九本目…………

慣れが出てきてスムーズに行けるようになった。これは間違いなくいけると確信した。



しかし……



「——あっ」



その瞬間、雑草に足を取られた僕はその場に倒れてしまった。



――やばい、バレた。これは終わった。



そう思った時ふと視線を上げると、僕は陰に包まれているのに気が付いた。



「——雑草が長くて助かった」



正直終わったと思った。僕の一週間が無駄になるとこだった……



僕は肝が冷えた思いをしたが、安堵感という温かみに冷たさが無くなっていくような感覚があった。

僕はそのままほふく前進で十本目の木にたどり着いた。

なんとか見えないように立ち上がると、ようやく女の房の棟に侵入できた。



さあ、ここからもう一回気合を入れなおして探していくか。

一番気にしなきゃいけないのは、あの女看守だ。いつどこから現れるか分からない。

見つかるわけにもいかないから、まずは排気口に隠れないと……



僕は近場の部屋入ろうと、周りを見渡してみても房しかない。

でも、僕はそこで違和感を感じた。



――ここ独房じゃない



女の方は雑居房なのか。

ということはあの三人、同じ房に入ってる可能性が高い。

人数はまちまちで、三人~六人程度。

そして僕の房の棟と同じようで、電気が付いている部屋は一つだけだ。



見た感じ看守の気配はない。

恐らくうちの棟と一緒で看守は職員棟に戻っているようだ。

ということは、さっきやった要領で電気の点いた部屋にまで行けばいい。



そう思って、早足で部屋に向かった。



「あれ、あんたなんでここにいんのよ」



「説明はあとだ。とりあえず、これ渡しておくから」



「これは……トランシーバー?」



「うん。とある筋で手に入れてな」



「それは、信用できるんでしょうね」



「もちろん、安心してくれ。だからこれで、これから本格的に脱獄を始めるぞ」



僕は少々焦り気味に言った。



「でもどうするのよ。策でもあるの?」



鳴宮は僕に疑問を投げかけた。



「——分かった説明する。看守の動きはどうだ?」



「朝までは来ないわ。一時間くらいなら余裕よ」



「そんないる気は無いけどね……」



そう言って僕は房の中に入っていった。

それから房の奥のほうまで行って、鳴宮に、僕が過ごした一週間の中で得た知識と自分が考えている策を話した。

因みに言うと、遊馬としずくは寝息を立てていた。

どうして寝れるのか僕には些か疑問だった。



「なるほど……あんた凄いわね」



「お褒めにあずかり光栄です」



僕がそう言うと、鳴宮は少し微笑んだ。



「とりあえず、あんたにカード渡しとくわ。三人合わせて五百ポイントくらいはあるわ。それなら足りるでしょ」



「——ああ。十分すぎるくらいだ」



僕がそう言うと、鳴宮はそのカードを手渡してきた。



「ありがとう。じゃあちょっくらこと済ませてくるから待っててくれ」



「ええ。頼むわよ」



僕はそう言い残すと、鳴宮の送り出す声を聴きながら、鳴宮たちの房を後にした。

そして同じ手法を使って一度僕の房に戻る。

内村さんが止めてくれた監視カメラは、自由時間に職員が復活させることになっている。だから残り時間も限られてくるわけだ。



「田中さん、このカードのポイントでカードキーをくれますか?」



「お、お前、そのポイントカードの量なんだ……」



「僕の知り合いから借りてきたんですよ。そんなことはいいですから早くしてください!」



「あ、ああ……」



田中さんは僕の気迫に圧倒されているようだった。



「ポイントは均等で」



「なんでだ?」



「三人から借りてるんですよ。なんで不公平になるじゃないですか」



僕がそう言うと、田中さんは少し笑って。



「お前、変に律儀だな」



「ほっといてください……」



僕は少し照れ臭くなって、田中さんにそう言ってしまった。

その後、無事にカードキーレベル2を手に入れて、そのまま女の房の棟に向かった。



「ありがとな、これ」



「ええ。それでお目当てのカードキーは?」



「——ここにありますぜ?」



「それは何よりね」



僕の得意げな顔に対して、澄ましたような冷静な言葉で返してきた。



「じゃあな。これからはそのトランシーバーで連絡を取り合うから。くれぐれも落とすなよ」



「ええ。二人にもきつく言っとくわ」



「頼む」



「任せておきなさい。あの子たちのお守りは慣れてるから」



「お守りって……まあ、これからは4人で探索だから、よろしくな」



「ええ。あなたもあんまり無茶しないこと」



「うん、そのつもり」



そうして僕は自分の房に戻っていった。

その後僕はベッドの上で横になり、次の手を考えていた。

カードキーレベル2は男の房の棟はもちろんの事、女の房の棟、作業棟までが探索可能となった。



僕はそのまましずく達の真似事をするかの如く、眠りにつくのだった。
















































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