第27話 ポイント

「おーい来栖、自由時間だから行くぞー!」



「分かりました内村さん」



二日目の朝がやってきた。

今日から本格的な刑務所生活が始まる。

まずは自由広場に向かった。そこで自由時間を過ごすことになっている。

サッカーができる広場や、公園の遊具、簡単な筋トレ器具など、設備が意外とちゃんとしていた。



「じゃあ刑務作業の時間になったらまた来るから。それまでここにいろよ?」



「はい! 了解です!」



そうして僕は内村さんを見送ると、一回広場を見渡してみた。

ここにはしずく達がいる様子はなく、おそらく男子だけが自由時間をもらえているのだろう。



「あっ、田中さんいたんすね」



「ああ、来栖か。言っとくがここでその話はしないからな」



「ええ。リスキーですもんね」



なるほどな、そこら辺のリスク管理は出来てる感じだな。

まあ、じゃなきゃ闇市の店主なんかやれないか。

どうしようか、色々聞いてみるか?

んー……でも悪目立ちしそうだし、そうなると逆にやりづらくなりそうだな。



「やあ、お前新入りか?」



「は、はい。そうですけど……」



「そんな固くなんなよ! これから仲間になるんやからさ」



えっ、なになに? 突然どうしたんだ?

こんな距離の詰め方……もしかして何か企んでるのか?



「俺の名前は上尾や。よろしくな」



「は、はい……」



やりずらいな……

こんだけぐいぐい来られると、こっちからどう手を出したらいいか分からなくなるんだよ。



「じゃあな、また刑務作業で」



そう言うと上尾を名乗る男は仲間の方へ戻っていった。

仲間とコミュニケーションをとる様子を観察していると、僕と話している時と何ら変わらない様子で話していた。

 


なるほど、根っからの明るいやつって事か。

まあ、それなら変に疑っても無意味に終わるだけになるな。

とりあえず様子を見ながら探っていくしかないようだ。



「——太陽にも黒点がある」



「た、田中さん?」



「ああ、ただの独り言だ。忘れてくれ。というか、お前看守来てるから早くいってこい」



田中さんの言葉を聞いて、僕は入り口の方向をみると手を振ってアピールする内村さんがいた。正直可愛いと思ってしまった。



「ようやく来たな。とりあえず刑務作業へ向かうぞ」



「はい、分かりました」



そう言うと僕は内村さんの後に続いていった。



「今日は裁縫の刑務作業をしてもらうから、よろしくな」



「了解です……と言いたいところなんですが、ミシンとか使ったことなくて……」



「家庭科とかでやってこなかったのかよ……」



「覚えてないです……」



家庭科とか一番苦手な教科だし、覚えてないというか思い出したくないの間違いなんだよね。

でも、そうはいっても本当に記憶にないんだよな。

まあ、記憶があってもできる気しないけど……



そう自分の不甲斐なさに呆れながら、内村さんからミシンの使い方のレクチャーを受けて、ようやく刑務作業を始めた。

始めてみると意外と楽なもので、ものの一時間程度で終わってしまった。



「おう、意外と早かったな」



内村さんはそう言うと、おもむろにポケットからカードを取り出した。



「これは?」



「これはポイントカードだ! 刑務作業が終わるとこの機械にかざすと、ポイントが付与される。一回十ポイントだぞ!」



うん、知ってた……

なるほどな、内村さんはこのタイミングで説明するつもりだった訳か。

でも十ポイントって時給十円って事だろ? 流石に安すぎないか?

まあ、そこまでのリアリティを求めるのは流石に酷か。



「それじゃあ食堂に移動するぞ!」



僕は内村さんの誘導に従って、食堂に移動した。

そこにはさっきまで自由時間を過ごしていたであろう囚人たちがそこにはいた。

食堂のメニューは固定制で、今日はカレーだった。

僕は配膳されたそれをかきこんで、テキトウに時間を過ごしていた。



「お前、食うの早いな」



「あ、ああ……まあな」



僕はテキトウに相槌を打った。

僕にはどうしてかコイツと話そうと思えなかった。

何か嫌な感じがする。

底の見えない暗闇がどこまでも続いているような、そんな気がしてならない。



「それで、お前この後の刑務作業どうすんや?」



「どうするって、別に僕にどうこうできるもんじゃないでしょ」



「まあ、そうやな……」



そう上尾は困ったように笑った。



「来栖! 次の刑務作業に向かうぞ!」



「は、はい!」



僕はそいつから逃げるようにして入り口に向かった。



「ねえ、内村さん」



「あの上尾って男、いつからこの刑務所に?」



「ああ、あいつもお前と一緒の新入りでな。二週間くらいまえからだな。それがどうかしたのか?」



「いや、怪しいなって思ったんですよ」



「怪しいって、なにが?」



「なんか、やけに僕に対して距離を詰めてくるんです」



「それは確かに嫌な感じだけど、それだけで懲罰房に連れて行くのは些か横暴だ」



そりゃそうだな……

でもこれは困ったな。面倒臭い引っ付き虫見たいのがずっとくっついている感覚だ。

まあ、とりあえず様子見をしていかないとな。



僕は警戒心を一段階上げたところで、そのまま次の刑務作業に向かった。

次は荷物の仕分け作業だった。搬入された二十種類ほどの荷物を、看板に書かれた箱の中に入れていった。

そして三十分ほどして作業が終わった後、ポイント付与の機械にカードキーを通した。



「内村さん、この後もう一つ作業できるんですよね?」


 

「いや? もう房に戻るけど……」



ん? なんか聞いてた話となんか違うな……



「あれ? ボランティアができるって聞いてきたんですけど」

 


「あー、それか。なら、ついてきてくれ! やってもらいたいことがあるんだ!」



そう勢いよく言うと、僕ら二人は農場に移動した。

中に入ると刑務作業中の囚人たちもいた。



「あれ、来栖じゃねえか」



「田中さん! 刑務作業ですか?」



「ああ、お前はボランティアか。じゃあ、雑草取りってとこだな」



「田中、お前先に言うなよ……」



「別に良いじゃないですか。だって、俺が言おうと看守が言おうと変わらないんですから」



「ま、まあ、そ、そうだな……」



内村さんよ、しっかりしてくれないか……



「とりあえず終了時間まで働いてくれ。終わったらまた来るな」



「はい、また後で」



そう僕が言うと、内村さんは入り口を後にした。



「田中さん、一人で作業なんですか?」



「ああ。刑務作業は全員一人で行うのが規則だからな」



「でも、僕はどうなんですか?」



「それは知らんけど、お前が新入りだからじゃないか?」



「それ、関係あるんですか……?」



「だって、知らんもんはしらんから」



そりゃ、刑務所の規則の全てを知ってるほど記憶力がいい人なんてそういないからな。

まあ、なんでもいいからとりあえず始めるか。

さっき説明聞いたんだが、ボランティアは刑務作業とは異なって、任意ということもあってポイント付与は作業量に応じて支払われるそうだ。

こういうとこには現実的にな設定にしてんのな……



「それで、お前これからどうするつもりだよ」



「どうするって?」



僕がそう言うと、田中さんはまっすぐ僕の方を見て言った。



「——脱獄するために必要な物買うかどうか聞いてんだ」



僕は言葉を詰まらせた。



「だ、脱獄? 何のことですか?」



「とぼけなくていいって。俺のとこに来て商品を買う気がある奴は大体、脱獄を企てるやつだからな」



「大体って、他にもいたんですか?」



「——ああ。過去に何人もいたが、一人だけ惜しいとこまでいったやつがいたんだ」



「惜しいとこ?」



「最後のカードキー、レベル5のカードキーを所持し、あとは脱出をするだけだった。でも決行直前にバレてしまってな。それで計画は失敗、そいつ自身も他の刑務所に送られた」



確かに、そこまでされた刑務所に置いておくのは些か危険だ。だから移送したんだろうな。

というか、衝撃の事実を知ったんだが……



「カードキーって5枚もあるんですか?」



「ああ。お前さんは1枚持っているようだが、そんなんじゃどうにもならんだろうな。せめて3はないと」



「3って、途方もない数字だな……」



「まあ、並大抵の男なら無理だな。でもお前になら何とかなるかもしれない」



「その心は?」



「ポディションが有利すぎる。そして状況判断が的確な上に、危機管理能力も悪くない。おまけに俺を味方にした。いけない訳がないな」



まったく、自分の評価が高いことで。



「でも僕にそれを言うって、何をする気です?」



「何も? ただ面白そうだからだな」



あっ、まさかこの人……



「田中さんってサイコパスですね……」



「ああ。自覚済みだ」



調子いい男だこと。

まあ、でも有益な情報が手に入った。



「来栖、安心しろ。俺は口が堅いからな」



「あんた、立場分かってるんですか?」



「立場だと……?」



僕のその言葉に田中さんは、少しだけ怪訝な表情を浮かべた。

しかし僕は臆することなく続ける。



「はい。僕も田中さんも立場は対等。それだけは忘れないでくださいね」



これはリスキーなゲーム。少しでも不利な条件を提示されたり、弱みを握られれば速攻ゲームオーバーだ。



「——お前、何が言いたいんだ」



「——あなたがやっている事も、十分マズい事のはずだ。僕だけが危ない橋を渡ってるわけじゃない。あなただって、橋の上で僕のような挑戦者が上がってくるのを待ってる見物者なんですよ。」



僕がそう言うと、田中さんは声を出して笑った。



「お前、なかなか面白い事言うじゃねえかよ!」



そう言うと一気に冷静な顔に戻った。



「——で、お前は何がしたいんだ?」



「僕は、田中さんが僕の事をチクらなければそれでいいんです」



「お前、そんなんでいいのか?」



「ええ。それだけで十分です」



そうだ。ここで欲張って値下げだの、無償提供だのをねだれば田中さんに悪い感情が芽生えかねないからな。

時間もあるし、ゆっくり時間をかけて脱獄する方がいい。



「お前ってやつは不思議な奴だな。今なら俺をゆすれるいい機会なのによ」



田中さんの言葉に、僕は少し口角を上げて言った。



「言ったじゃないですか、平等だって」



「——ふっ、なるほどな。なら今まで通りポイント持って来いよ」



「はい。そのつもりです」



その不思議な雰囲気は説明のしようもないものだった。

その後に来た内村さんにも、きょとん顔を浮かべさせるくらいの難問だったようだ。



「それで来栖、志願した割には進んでないよだが?」



「す、すいません……初日に飛ばしすぎたようで……」



「まったく……明日はしっかりしてくれよ」



「面目ないです……」



そのやり取りの後、僕は自分の房に戻り再び休み時間がやってきた。

とはいっても所持ポイントは三十。何もできやしないのが現状。

少しの間はポイント集めが重要になってきそうだ。だからこの時間はベッドのに入って体を休めることにしよう。



そして僕は布団をかぶって横になるのだった。




























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