第26話 田中

「——脱獄しないか?」



その衝撃的な提案に僕は言葉を失ってしまった。



「さすがに看守から、そんな提案を持ちかけられると思わなかっただろ」



「は、はい……」



そりゃそうだ。

普通だったら「脱獄」なんて単語を囚人から聞こうものなら、すぐさま懲罰房行きだ。

それを看守側から提案されるなんて考えもしないだろ。



「で、やるのかやらないのか。はっきりしろ」



内村さんは鬼気迫るような様子で僕に言った。



――どうする



「待ってください。僕がバレたらどうなるんですか?」



「他の刑務所に運ばれて、更に刑罰が重くなるだろうな」



なるほどな。すなわちゲームオーバーを指すわけか……


よし……!



「——やります」



「本当か! 本当に協力してくれるのか!」



「声が大きいですって……! はい、協力しますよ」



そうは言っても、一番の問題が……



「そうは言っても信用がないんですよ」



「面と向かってはっきり言われると何か傷つくな……」



そうあからさまに傷ついたような表情を浮かべたが、状況を飲み込んでくれたようで。



「まあ、でも俺よりお前の方がリスクが高いのは明らかだもんな」



「一緒じゃないですか?」




「——俺には何もないからな」



何もってなんだ?

看守なんだから責任くらいは伴う気がするけど、その辺どうなんだろう……



「それで、どうします?」



「俺から信用の証として、これをあげよう」



「これって……カードキーですか?」



「ああ。これで一部の刑務所内の建物に、自由に行けるようになるぞ……!」




「そ、そんな大事なものもらっていいんですか?」



「ああ。これなら信用できるだろ? もし俺が裏切れば、そのカードキーを見せればいいからな」



「どうしてですか?」



「これは俺専用のスペアキーだ。もし持っていたとしたら俺は共犯と疑われるだろ? 看守が共犯と疑われること自体、刑務所内の信用問題に関わる。だから、俺にとってもリスクなんだよ」



なるほどな。

ということはもし僕がバレた瞬間、内村さんも刑務所をクビになる、という訳か。

運命共同体になったわけだ。

そうなれば話は変わってくるな。



「僕から提出できるものはありませんが、内村さんは僕が怪しいと思えばいつでも懲罰房にでもぶちこんでください。それが僕の提出できる最大限です」



「まあ、危なそうなら俺が看守長にでも告げ口すればいいからな。立場的には俺よりも弱いのは変わらないんだ」



それから内村さんは再び職員棟の方に戻っていった。

自由時間までは少しだけ時間がある。少しだけ探索してみるか。

あの後詳しい話を聞いたが、このカードキーは男子棟の鍵を自由に開け閉めできるそうだから、色々見て回るか。



僕はそう決心すると、トイレに入り天井の蓋を外すと、裏側の空洞に上った。

空洞の大きさには意外と余裕があり、移動をするには十分だった。



まず重要なのは監視カメラの位置だ。

施設紹介時に監視カメラを確認していたのだが、くまなく張り巡らされている感じだった。

しかし刑務作業部屋や食堂など、室内には意外と監視カメラの設置がされていない。もちろん重要施設にはあるだろうが、警備が脆いのかもしれない。



とりあえず見に行ってみよう。

まずは僕の房がある一階からだな。

基本房しかないから、あんまり意味ないかもしれないけど。

房の数は一列十個の二列で、計二十個。

一個ずつトイレから覗いてみるか。



そう決心して、一つまた一つと確認をしていった。

予想通り、一つの房を残して何も収穫は得られなかった。

でも取りこぼしがあるよりはずっとマシだ。



そして対面側の房が最後の確認となった。

一つ気になっているのは、ここだけ電気が点いていること。

そこを気にしない手はないだろう。

僕は細心の注意を払ってトイレに侵入。ドアを開けると、なにやらベッドの上でボケっと壁を眺めていた。



「——おい、そこで何してる」



トイレの陰でコソっと見ていた僕は、その声に体をビクつかせてしまった。

しかし男の声に反応することは無く、僕は引き続き様子をうかがっていた。



「——そのままなら看守を呼ぶが、いいな」



男は脅すようにそう言った。



別に呼ばれたとしてもなんてことは無いんだが、看守との癒着がバレるのはかなりまずい。

ここは従っておくのが賢明か……



「分かった、降参だ」



「お前、新入りだな。そんなところで何をしていたんだ」



「いや、こんな時間まで起きてるやつの顔でも拝もうかと」



「——ほう。なかなか分かってるじゃないか」



――えっ? 何が?



「それはどうも」



なんとなくそう言っておいた。



「俺はな、ここで闇市をやってんだ」



「闇市?」



やるのは勝手だが、儲けとかどうなってんだ?



「お前、刑務所特有の通貨知らないだろ」



「な、なんだよ、そんなのあるのかよ……」



内村さん、なんで説明してくれなかったんだよ……

性格的に抜けてるのはいいけど、重要な説明を放棄するのは駄目だって。



「名前はダサいが、持ってると色々便利だぞ」



「名前なんてあるのか?」



通貨だから、円とかドルとかって感じか……

でもダサいってどのレベルでダサいんだ……?



「——ポイントだ。名前……」



「は? それ本気で言ってるのか?」



「そんなんでボケて何が楽しんだよ……」



そりゃそうだな。ボケにしてはクオリティの低さが半端ない。

もうこんなものを取り合うだけ馬鹿らしいから、もっと建設的な話をしようか。



「それで、どんな物があるんだよ」



「——選りすぐりの物を取り揃えてるぜ?」



「——ほう、それは是非見せてもらいたい」



そうして奥から取り出した商品には、魅力的なものが多かった。

相場が分からないから値段は割愛するが、欲しいものは二つ。

一つ目はトランシーバー。できれば四人分。

二つ目はレベル2のカードキー。持っているのはレベル1。より探索の幅が広がりそうだ。



「で、ポイントってどうやってゲットするんだ?」



「刑務作業とかボランティアとかでポイントが入るな。それで将棋とか囲碁とかと交換できる。まあ、そんなことをせずにそのまま景気が終わるまで貯め続けて、現金と交換するのが主流だがな」



「なるほどな。でも単価どれくらいなんだよ」



「一個十ポイントだな。時間的に三個が限界だ。」



ということは、一日三十ポイントだとして、トランシーバーが一つ五十ポイント。カードキーは三百ポイント。意外と良心的な店で助かった。



なんとなく道筋が経った後、僕はその男に別れを告げた。

分かれる前に名乗り忘れていたからちゃんと名乗っておいた。

男の名前は田中というらしい。ちゃんと覚えておくことにしよう。



その後、僕は自分の房に戻りベッドの上で時間の経過を待っていた。正直監視カメラの影響で動こうにも無理がある。

日数的な余裕もあるため無理をしないことにした。



そして不安しかない初日を迎えるのだった。










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