第25話 刑務所

それは長い闘いの始まりだった。



「みんな今日はありがとな!」



「本当だよ。こんな朝早くからどうしたんだ」



ここはとある山奥の施設。周りに何かあるわけでもなく、三階建ての白塗りの建物だけがそこにはあった。



「今日集まってもらったのは、ある実験を手伝ってほしかったんだ」



「実験ってなによ。別にそれなら私たちじゃなくてよくない?」



「いいじゃねえかよ。今回は鳴宮のお父さんも協力してくれてるんだから」



「は? お父様がどうしてあんたと?」



鳴宮の返しに、どこか得意げな様子で奏真は言った。



「よくぞ聞いてくれた……! 今回はな……」



えっと……

正直聞くのも嫌になるほどうざかったから、割愛して重要な部分だけを伝えようと思う。

簡潔に言うと、鳴宮父の会社がゲーム市場の獲得に乗り出したことで、ゲームの開発に注力をしていた。

その中で奏真が開発していた(というか某アニメからパクった)技術を提供して共同開発という形で、仮想世界のゲームを作り上げたそうだ。

それのテストプレイをしてくれという依頼だそうだ。



「あのマ〇パのパクリソフトの時のやつ~?」



「おい、その名前を出すなよ……著作権大変なんだからさ……」



「あんたも、そのメタ発言どうにかしなさい?」



「無茶言うなよ。これはしずくが言い出したことで……」



「はいはい、女の子のせいにしないのー」



「——不公平だ!!」



世の中って不条理だよな。こういう時って男は器となんとか言われて許さなくちゃいけないんだ。もっと男子にも温かい世の中になればいいのに……



そんな腑に落ちない会話を重ねながら、建物の中へと入っていく。

通された部屋には四つのベッドがあり、昔懐かしい寝台列車のような配置になっていた。



「それぞれ一人ずつベットに寝て、そこにある機会を頭につけて。やり方は一回やってるから分かるだろ?」



「そんなの覚えてるわけないじゃん!」



遊馬は堂々とそう言った。



「そんな胸張って言う事か?」



「だって本当の事だもん! 嘘ついてないんだからいいじゃん!」



確かにそうだけどさ……

なんか言ってることはまともなのに、言い方で損してるよな。もっと大人の言葉遣いすればいいのに。



それから四人がポディションについた後、奏真の掛け声と共に再び意識は仮想世界へと飛ばされた。



「皆さん、今回は刑務所からの脱出テストプレイに参加いただきありがとうございます」



気が付くとそこは一面真っ白な空間だった。

天から聞こえるナレーターの声は、どうやら僕らにルール説明をしてくれているようだった。



「皆さんには、文字通り刑務所からの脱出をしてもらいます。くれぐれも非人道的な行為は避けるようお願いいたします。それではルール説明は以上です。あとは自力で情報収集をしてください。期限は設けませんので、思う存分楽しんでください。それではいてらっしゃい!」



えっ、何最後の某テーマパークのキャストさんの掛け声的なやつ。そんな機能搭載してんのか。

無駄なとこに技術使うの本当になんなんだろう……



そんなことを考えながら今度は光に包まれていった。視界が奪われて、ようやく戻ったと思ったらもうそこは刑務所の前にいた。



「ゴールは、刑務所の外に体全体が出た瞬間とする。ゴールしたら先ほどの待機場所に移動する」



そう最後の説明が行われた後、すぐさま奥から看守と思われる人が出てきた。



「お前らが今日から収監される囚人たちか」



「は、はい……」



「とりあえずついてこい」



「え、ええ……」



なんだこの高圧的な物言いは。

まあ、確かによく見る看守だな。

囚人を勝手に下の存在だと決めつけて敬意を払わない、自尊心が高くて囚人に理不尽を押し付けてもなんとも思わないゲス野郎、というイメージかな。

確かに犯罪者であることは間違いないが、始めからそういう態度では些か納得のいかない部分もあるだろうし。



「お前ら三人は、この島内が担当する。ここからは島内についていけ」



「は、はい。ハルくんとは離れるんですか?」



「ハルくん……? ああ、この冴えない男の事か。こいつは男専用の棟があるからそっちに収監されることになる」



「——誰の事が冴えないって?」



「このハルくん? という男だが、それがどうしたんだ?」



「——看守か何か知らないけど、殴っていいかな~」



「お、お前。看守に向かってなんて口を……」



「——黙って。殺すよ?」



「お、おい、しずく落ち着け……! 僕は大丈夫だからさ」



僕がそうなだめると、鳴宮が僕の肩に手を置いて。



「——来栖。女にはね戦わないといけない時があるのよ」



「そんないっちょ前に言う事かな……」



まあ、僕のために怒ってくれてる訳だし、いっか。



「お、おい、お前名前は?」



「来栖好春です」



「来栖、どうにかしてくれないか?」



「——看守さん、大人わね自分で自分の責任を取らないといけないんだよ」



「お前何を言って……」



「——事実、だな」



そう言ってじわじわ詰めるしずくを眺めながら、今後の展望に期待をした。



「——月待、そこまでにしなさい」



「えっ、なんで私の名前知ってるんですか~?」



「ここに来る囚人の名前は、あらかじめ把握しておくものなのよ」



「じゃあ、あの看守は無能って事でいいのかしら?」



「ま、まあ、どうなのかしらね……」



そりゃ返答に困るよな。直属の上司が正当な理由でディスられてるわけだし。



「と、とりあえず房に向かうぞ! いいな!」



「は、はい……」



なんか始めから訳の分からないことになってきたな……



僕が看守に連れていかれた後の三人は、房に向かう道中、どういう訳か島内看守と話がはずんでいるようだった。



「あの看守、むかつくわね」



「本当だよ~。なんであんな人の言葉かにできるのかな~」



「それ、しずくが言うの……?」



しずくがきょとんとしたような表情浮かべているのを、鳴宮は呆れた様子で見ていた。



「それにしても、月待凄い怒りようだったわね」



「だって、大切な人だからね~」



「へー、付き合って長いの?」



「ううん。付き合ってないよ?」



しずくがそう言うと、看守は困ったような表情を浮かべた。

そこにすかさず鳴宮がカバーに入った。



「看守さん、来栖とは幼馴染なのよ」



「幼馴染? でもそれだけじゃ、大切にならない気が……」



「まあ、ふつうはそうね。幼馴染って言っても気心の知れた間柄に過ぎないわ。でもこの子の場合は特別なのよね」



鳴宮がそう説明すると看守は空を見上げて。



「何それ、ロマンチックね」



「そうね。私も羨ましいわよ」



二人のやり取りを見ていて、しずくはどこか満足げな表情を浮かべているようだった。



「——私としては唯一の理解者なんだ。ハルくんは」



そんなしずくの言葉に看守も納得したように言った。



「そりゃ、あそこまで怒るわけよね。そこまで言わせる男子なんてなかなかいないもの」



そうして四人の雰囲気は、終始和やかなまま時間が流れていた。話題は恋バナと例の看守への愚痴だった。

どうでもいい情報で言うと、さっきの看守はなんと看守長だったそうだ。名前は中島というらしい。



「じゃあ今度は刑務所の施設紹介するから、そこまで房の中で待機ね」



「私たち、雑居房なんですねー。六人部屋ですかー?」



「ええ。ケンカしないでよ?」



「はい! おとなしく待ってますね~」



しずくがそう言うと、島内看守は微笑みながら去っていった。





その頃、中島看守長と共に房を目指す僕は、無言の苦痛に耐えながら歩いていた。



「ここがお前がお世話になる房だ」



「独房なんですね」



「ああ。昔は雑居房だったが、問題が起きてな。最近独房に変わったんだ」



「問題、ですか……」



「ああ。でもお前には関係ないから教えないがな」



なんやねん自分から言っておいて、だったら言わなくていいじゃないかよ……!



「じゃあ後で施設紹介するからそれまで待機してろ」



「はい」



僕は淡泊な返事をした。

正直少ししずく達が羨ましかった。

だってあの看守凄い気が合いそうな感じがしたから。

このテストプレイを楽しく過ごせそうな感じだった。



さて、看守も去ったことだし、房の中でも調査しましょうかね。

勝手に開かない扉、硬くて薄いベッド、着替えがかかっているクローゼット、そして……



「トイレだけやけにちゃんとしたつくりだな……」



プライバシー保護の観点からか、トイレだけはやたらまともな作りになっていた。

中に入って内装を確認すると、一般住宅のトイレのようだった。



――ん?

――もしかしてこれ排気口か?



僕はトイレの便座に上ると、そのまま上の排気口の蓋を外した。



「おいおい、これって……」



僕は目を疑った。

ユーチューブとかのかくれんぼ企画とかで、天井裏のスペースに隠れている人を見かけるが、この刑務所の天井裏はもしかしたら刑務所中につながっているのかもしれない。それくらいに置くまでつながっていた。



とりあえず目先の目標は、このスペースを使って色んな場所を探索することかな。

よし、とりあえず戻るか。変に怪しまれても困るし、時間もたっぷりあるから焦る必要はないしな。



僕はそう思うとトイレを後にして、ベッドの上に腰かけた。



「おい、来栖いるか?」



「はい、いますよー」



「よし、じゃあ今から施設紹介に向かうから、用意してくれー」



――あれ?

声色といい言い方といい、さっきの看守じゃないのか。

まあ、それはそれで僕的にはありがたいけどね。



「よし! 準備できたようだから施設紹介に行くぞ」



「はい。すいません、お名前だけでも聞かせてもらえます?」



「ああ、そういえば名乗ってなかったな。俺は内村だ! よろしく!」



「内村さん、これからよろしくお願いします!」



良かった、話しやすい人だ。

少しは今後の活動にも良い影響が及びそうだ。



そう思いながら、僕は内村さんの後ろを歩いていく。

内村さんの紹介で、ちょうどよく盛り上げながら施設紹介を進めてくれた。

この刑務所には、男女の房がそれぞれ別の棟にあって、刑務作業の棟に、看守や職員たちが過ごす職員棟、看守が代わる代わるに入る看守塔、食堂や医務室がある棟。

それだけでなく、監視カメラがそこら中に張り巡らされていて、探索はかなり大変な様相だ。



そのまま刑務所を一周して、僕はまた独房に戻った。



「それじゃあ、明日から刑務所生活が本格的に始まるから、また自由時間に呼びに来るな!」



「はい。よろしくお願いします」



「じゃあまたな」



そう言い残すと、内村さんは房から出て職員棟の方向に戻っていった。

そういえば前提として、仮想世界には疲労がない。だから眠気が来ることもないために、睡眠時間に充てられている時間は実質探索時間に変わるわけだ。

しかし今の僕にできることは無い。

適当に時間の経過を待つことにしよう。



「来栖」



「は、はい……って内村さんじゃないですか」



「静かにしろ。とりあえずこっちに来てくれるか」



「はい……」



なんだってこのタイミングでここに?



「時間もないから単刀直入に言うな」



内村さんはそう切り出した。

そして僕は言葉を失うことになるのだった。






「——お前、脱獄しないか?」


















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