第24話 肝試し

僕らが鳴宮に拾われて別荘に戻り、早めの夕食を頂いた後、とあるミーハーが何かを言い出した。



「さあ、みなさんお待ちかねの肝試しを始めていくぞー!」



「嫌だ」



「私も、面倒くさいわね」



「私もやりたいんだけど、暗いとこ苦手だからあんまり……」



しずくは少し遠慮気味に言った。



しずくってみんなの前だとちゃんと空気読むんだよ

な。



なんだろうこの不公平感……



「えー、みんな行かないのー? 楽しそうじゃん!」



「おい遊馬、せっかくいい流れだったのに余計な事言わないでくれないか……」



僕は遊馬に対して、懇願にも似た言葉を吐いた。



「だってさ、こんなワクワクするような事なかなか無いじゃん!」



あー、駄目だこれ……



こんな目を輝かせた遊馬はもう止めることはできない。



「柚月、頼むわ今回はその好奇心を……」



「ああ、遊馬頼む! 今回は僕らの生死がかかってるんだ!」



「おいおい、たかが肝試しでそんな事になるのか…………」



奏真はそう呆れた様子で言った。



「柚月ちゃん、私はいいよ。私は……! もう覚悟できてるから……!」



しずくは泣く素振りを見せながら柚月に言った。



「しずちゃん……! 二人とも、しずちゃんのこの覚悟を聞いてもまだ同じことが言えるのー!」



「いや、僕らの負けだよ……しずく、お前の熱意には負けた」



「ええ。私も、行く覚悟は出来たわ……」



「——だからさ、そんな危険な場所に行くわけじゃないから!」



奏真の叫びも虚しく、四人の耳に入ることは無かった。

ミニコントに珍しく参加しなかった奏真は過ごし方が分かっていない様子だった。

その姿があまりにも滑稽で、全員がもとに戻った後の笑いの的になったのは言うまでもない事だった。



その後、機嫌の悪い奏真を先頭に森林の入り口まで歩いて行った。



「さあ、到着だ! お前らはここで待っていてくれ。スタートの合図はトランシーバーでするからそれまで待ってろ! さっき馬鹿にしたことを後悔させてやる……!」



「だから、ごめんて! そんな根に持つことないだろ? いつもやってる側なんだからさ」



「——ふんっ! いいから待ってろよ!」



「なんか負け犬の遠吠えみたいだな……」

 


「ん? なんか言ったか!」



「う、ううん!! な、何でもないから早くいってこい……!」



「お、おう……?」



奏真は情緒不安定を疑われるほどに、どこか困惑した様子で僕を見ていた。



「なあ、何が始まると思う?」



「奏真の事だから、何かしら準備してくるとは思うけど……」



「そうなんだよな……鳴宮の言いたいことが分かるよ」



ああ。あいつ変に凝り癖があるから、おそらくだけど何個か仕掛けが用意されているはずだ。

何か変なことになりそうなにおいがプンプンしてるんだよ。だから本気で嫌だなって思う反面、興味本位で体験したいなと思う側面もあったりして。

まあ、どうなるのか怖いってのが本音なんだよな。



「ハルくん、絶対に離れないでよ……」



「あー、お前そっか。怖いのだめだったよな」



「う、うん……」



なんかこういうシチュエーション、アニメとかでよくあるよな。

これはもしやおいしいやつなのでは……?

いや、やめとこうそういうことを考えるのは。



「じゃあ、僕の腕にでもつかまっとけよ。それなら大丈夫でしょ?」



「——そ、それじゃあお言葉に甘えて」



お、オフッ……

育った胸が腕に当たって……

これは僕がもつかどうかわからなくなってきた……



「まったく、ラブコメは他でやってくれないかしら……」



「あれなんじゃないー? 作者が好きだからでしょー!」



「あー、それはあるわね。だからあんたとしずくの胸を大きくしたのよ。私が小さいわけじゃないわ……! これは作者が悪いのよ……」



鳴宮の奴何ぶつぶつ言ってんだよ……



「おい、お前メタ発言が過ぎるぞ? 流石に読者が怒るって……」



「あんたには分からないのよ! この世の中の不条理が……!」 



鳴宮の心の叫びが出たところで、僕のトランシーバーに連絡が入った。



「——あのー、そろそろ始めていいですか?」



「お前、さっきまで機嫌悪かったのはどこ行ったんだよ」



「紫音の話聞いてたら、そんなのどうでもよくなったんだ!」



「——奏真、あんたまで私を馬鹿にするのね!」



「もうそういうの良いから始めたいんだけど……」



なんか今日は奏真がめちゃくちゃ困ってるように見えるのは僕の期のせいかな。

それはそれで、日ごろの僕の大変さを知ってもらえるいい機会なんだけどね。



そんな賑やかな中で、奏真は説明を強行した。

今回の肝試しは定番の様式で、事前に渡されていたお札を森の奥にある祠に持っていくだけ。

まあ、おそらくそこまでに色々ありそうだけど……



「じゃあ、俺はスタート地点で待ってるから楽しんでくれよな!」



「——お前、何主人公の真似事してんだよ」



「そんな、一言一言ツッコまなくていいから……!」



そんなこんなで、暗黒並みの暗さを持つ森の中にライト二つで入っていった。

しずくはより一層僕の腕を強くつかんでいて、気持ちよさより痛みが圧勝していた。



「ね、ねえ! み、みんないる?」



「——いないよ」



「う、嘘でしょ!? みんなどこ行っちゃったの……!?」



「お前、誰もいなかったら返答なんかないだろ……」



僕が鳴宮にそう言うと、鳴宮は鬼の形相で詰め寄った。

 


「——あんた、殺されたくなかったら、そこに這いつくばりなさい。まあ、それでも許してあげないんだけどね」



「じゃあ、やる意味ないじゃんか!」



「——私の気が収まらないのよ。ほら早く」



「ねえ、紫音ちゃん。早く進みたいんだけど……」



「待って、この舐めたクソガキに私という高貴な人間の凄さを味わわせないといけないのよ」



「ヨッシー、おいてこうよー!」



「あっ、なるほどな……おっけー、遊馬行こう!」



僕は遊馬にそう返すと、歩くスピードを少しだけ早めて森の奥へと進んだ。



「お、置いてかないでよー!!」 



「じゃあ早く来いって」



「わ、分かったから、待ってー!」



何か本当にネタキャラみたいな立ち位置だよな。

これが本当にお嬢様なのか些か疑問に思ってきたよ……



そんなひと悶着あった後、森を進んでいくと道から外れたところに古井戸があった。

しっかりと蓋がされていて、今では使用されていないような出で立ちだった。



「ねえ、なんか蓋動いてないかな?」



「おい、冗談よせって……」」



「でもしずくの言う通りよ……ちょっとずつ蓋が開いてきているわ……」



「これは楽しいことになったねー!」



「なんで、遊馬はそんな余裕なんだよ……!」



「えっ、なんとなく?」



そんな会話を交わしながらも、蓋の様子を眺めていた。

そしてとうとう蓋が地面に落ちた時……



「なあ、何か出てきたんだけど……!?」



僕がライトを照らす先で、古井戸から出てきた髪の長い女性が地面を這うようにしてこちらに近づいている。

地鳴りのような低い声を出しながら徐々にそのスピードを上げている。

僕らは頭が真っ白になりながらひたすらに道なりに走った。



「はぁ……はぁ……みんな、大丈夫か……?」



「え、ええ……私は平気よ……まあ、喉は終わったけど……」



確かに喉カッスカスだな。

まあ、あれだけ悲鳴上げてればそうなるのも当然だよな。



「しずくは大丈夫か?」



「う、うん……全然大丈夫……逆に怖くなくなったかも」



「——えっ、なんで?」



「ハルくんが守ってくれたからかな~」



「お、お前……からかってるだろ、また……」



「あれ、バレた?」



「なんでバレないと思ったんだよ……」



ったく……

まあでも、これが言えるってことは余裕が出てきた証拠だな。



そのまま息を整えながら四人でまた歩いていく。

道の中腹から奥の方へ歩いていき、風や動物たちが奏でる音を聞きながら、突然飛び出す小動物たちに驚かされながら、どんどん祠に近づいていく。



「なあ、なんか人影見えないか?」



「えっ……また何かいるの?」



「なんかでかいよねー」



「語彙力……」



鳴宮は遊馬の語彙力に呆れながら話をつづけた。



「でも、本当にでかいわね。しかも、なんかただれてる……?」



「ただれてる? そんなゾンビじゃあるまいし……」



「ハルくん、なんでフラグ立ってんの~?」



「は? フラグ?」



僕がしずくの言葉に返答していると、道を遮るように立っているそれが動き出した。



「俺……マッチョだろ……?」


「は? え? ま、マッチョ?」



「あぁ……いい身体だろ……?」



「そ、そうですね……いい身体です……」



近づいて分かったのだが、本当にゾンビだった。

語弊なく言うと、精巧に似せた特殊メイクだった。

恐らく男で、声のトーンはさっきの貞子よりもだいぶ低いものだった。

そのまま僕らが、引きながら問答を続けていると、何か満足したのかそのまま茂みに入っていった。



「——ねえ、なんだったの?」



「——僕に聞かれて分かるわけないじゃんか」



「——それもそうね」



奏真もかなり時間をかけて準備したやつのはずだが、僕らの反応が想像以上に薄かった。そのせいでトランシーバーからうるさめのため息が聞こえてきた。



そしてようやく森の最深部にある祠にたどり着いた。



「すごい、何か神秘的な場所だね~」



「ああ、同感だ……」



「私も久々に来たけど、こんな綺麗だったのね……」



言葉を失うとはこういう事なんだなって思った。

大木の陰に隠れるようにして、古めかしい祠があった。その周りには他に木はなく、見上げると一面に月とたくさんの星が広がっていた。

月明かりがちょうど祠を照らしていて、更に美しさの度合いが増していった。



「うちがこの札を置いてくるから。三人はそこ居てねー!」



「ああ、よろしく」



こんな綺麗なのに、なんでそんな気にしないでいれるんだよ……

日本人が古来から大切にしてきた風情というものを、遊馬は持っていないんだな。



僕はそう呆れながら、この神秘的な風景を目に焼き付けていた。

なんとなく堪能した後、僕らは来た道を引き返す。

何事もなく道の中腹まで戻ってきた。



「また、何かがスタンバイしてんだけど……」



「もう、怖くなくなってきたわよ……」



始めの貞子にはさすがに血の気が引く思いがしたが、なんというか作り物感というかが、僕らの恐怖心をそぎ落としたのだ。

そして僕らは怖がることなくその陰に近づいて行った。



「あんたら、ワシを舐めてるじゃろ」



「舐めてるってどういう……」



「ワシが偽物だと言いたいんじゃろ」



「い、いや、それは……」



だって本物が本物って言わないだろ。それと同じだよ。



「舐めてるのならお仕置きが必要じゃの。では手始めにそこの男。覚悟しておれ」



「えっ? 覚悟って……」



僕は少し気後れすると、目の前のおばあさんは手に何かを持ち、すごいスピードで距離を詰めてきた。



「う、うわー!!」



「は、ハルくん!?」



僕はおばあさんに殴られた瞬間その場に倒れた。

別に痛くもなく、何かが触れただけだったが、勢いに圧倒されて倒れてしまった。



「これで、反省するんじゃな。ではな」



そういうとおばあさんは茂みの方に走っていった。



「ったく、なんなんだよ……」



「えっ、来栖? 生きてたの?」



「——何勝手に殺してんだよ」



「だって殴られた瞬間倒れたんだもの。何かあったって思うでしょ」



まあ、そう言われればそうか……



「あんな子供騙しでも、雰囲気で騙せるんだな」



「えっ、子供騙し?」



「ああ。だってあれピコピコハンマーでしょ?」



「う、嘘……そんな風には見えなかった……」



確かに僕も目の間に来るまで識別できなかったが、頭に当たった瞬間に鳴った音で瞬間的に理解した。



「なんだ、ハルくんケガしちゃったのかと思ったよ~」



「そんな軽々しく言わんといてよ……」



しずくって僕に一大事があった時もこんな感じなんだろうな……

まあでも、それはそれで逆にいいかもしれない。



「とりあえず早く戻りましょ。夜も遅いしね」



鳴宮の一言の後、僕らは再び歩みを進めた。

周りに何か気配があるわけでもなく、ひたすらに風が木々を煽る音だけが響いていた。



「なあ、あそこにいるのって……」



「また、あいつが仕掛けたものなんじゃないの?」



スタート地点付近。僕らは木々の奥の方に真っ白なワンピースを着た、見た目同年代くらいの黒髪の女子が微笑みながら立っていた。



なんだろうこの違和感。

確かに状況から考えれば、奏真の仕掛けの可能性が高い。

でも、こんな地味な仕掛けを最後に持ってくるか?

しかもテイストがまるで違う。社長が一噛みしてんのかな……



僕は多少の胸の引っ掛かりを持って、そのままゴールした。



「お疲れー。どうだった奏真プレゼンツの肝試しは!」



「子供騙しね」



「あんま怖くなかったな」



「初めだけだったな~怖かったのは」



「ずっとワクワクしてたよー!」



僕らは各々感想を述べた。

そしてそれを聞いた奏真は、悔しそうに言った。



「せっかく時間をかけて準備した三つだったのに……」



「えっ、三つ?」



「あ、ああ。三つ」



奏真の返答に血の気が引いていくのが分かった。



「奏真冗談言わないでよ……!」



鳴宮も僕の質問意図が分かったようで、同じような表情をしていた。

しずくも同様に、僕の服を強めに引っ張っていた。



「ど、どうしたんだよ三人とも……」



僕は状況を飲み込めずにいる奏真に事の顛末を話した。



「お、おい……俺そんなの用意してないぞ?」



「他の人が勝手にやったとかは?」



「絶対ないぞそれは。だって俺が協力を依頼した人だけしか着てないはずだ。しかもその特徴に合致する人もいない」



ということは……



「な、なあ、早く帰らないか……?」



「え、ええ、体冷えちゃうわね……」



本気で怖くなった僕らは、走るようにして別荘に戻った。

昔その森では迷い込んだ女子が、行方不明になったとかならなかったとか……












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