第22話 山

「なあ、僕の目ちゃんとついてる?」



「——あんたもっとまともなボケしなさいよ」



そんな事言われても、なんだよこのでかさは……!!



今日、僕らは以前から計画していた鳴宮の別荘に来ているのだが……



「だって、こんな漫画みたいな規模感の別荘見たら、語彙力もなくなるって!」




別荘なのに僕の家より大きいって、どんだけお金が有り余ってるんだろう。

まあ、だから奏真の提案に二つ返事で、しかもボケる余裕まで見せれてしまう。

逆に鳴宮父のメリットってあるのかな。

あんな感じの人でも社員を抱える社長。利益を出さないと会社倒産するはずだ。

そこの部分どうなってんだろう……?



「来栖、そんないい反応してくれるの?」



「そんな事言ったって、素直な反応してるだけなんだからさ」



だってさ、この辺一帯の海、山、森、ドデカ別荘。全てが鳴宮家の所有敷地なんだから。逆に驚かない方がどうかしてるって。



「——なるほど。しずくがああ言う訳ね」



「えっ? 私がどうしたの?」



「ううん。こっちの話」



なんか意味深な雰囲気を感じたんだけど気のせいだったか?

てか、しずくが何言ったんだろう。そこが一番気になるところなんだよな。



そんなどうでもいい話を交わしながら、別荘の中に入っていく。中はやはり広く、なんと一人一部屋使えるほどに設備も整っていた。

メイドさんと執事さん、更には管理人さんまで僕らの面倒を見てくれるらしく、文字通りの至れり尽くせりという訳だ。しかも無料というおまけつき。

ここまでしてもらうのは些か申し訳なく感じてしまう。



「しずく、散歩にでも行かないか?」



「いいよ~。準備するから先に下行ってて」



「ああ。急がなくていいからな」




「うん。ありがと」



僕はしずくの声を聴いてから、一階に降りて行った。

そのまま僕はリビングのソファに腰かけながら外をぼんやりと眺めていた。

至る所に見えるのは、人間が手を施す前の地球の姿。やはりたまにこんな光景を見るのも良いものだとしみじみと感じた。



「なあ好春、この後予定あるか?」



「この後しずくと散歩でもしてこようと思ってる」



「んじゃ、丁度良かったな。これ渡しとくわ」



「なんだこれ、トランシーバーか?」



「ああ。山とか森に入ると、電波が届かなくなるらしいからな。遭難した時の保険だ。後で月待ちゃんにも渡しておいてくれよ」



「うん。分かった」



トランシーバーか。これ全員分あってちゃんと配布するんだろ?

凄すぎて言葉にならないよもう……

ていうか、電波のつながらない山はもう遭難フラグびんびんだよな。だから、トランシーバーでフラグがへし折れた気がする。



「じゃあ、気を付けて行って来いよ。昼間からそういうことはしないようにな」



「うん。ありがとな」



「おう」



奏真はそう言うと自室に戻っていった。

スマホをいじりながらだったからもしかすると、あの社長に連絡していたんだろう。

ということは着々と準備が進んでいると考えるのが妥当か。

ちょっと憂鬱だな……



「お待たせ~。行こう!」



「オッケー……って、その恰好……」



「えっ、普通のジャージだよ? 別に普通じゃない?」



「ま、まあ……そう言われればそうだな……」



なんだろうこの違和感。

理由は説明出来ないけど、見慣れないっていうのは結構な要因を担っているような気がする。

まあでも、露出の多い服を着てこられるよりは何倍もましだな。しずくならやりかねないし、運よくなのか分かっていたのかは分からないが、肌の露出を抑えることが大事なんだ。



「本当は新しく買った服を着てきたかったんだけどね、お母さんに止められちゃった」



「——お母さん、ナイス判断!!」



「ハルくん? なんか言った?」



「ううん、な、何も言ってないよ……?」



「そうなんだ。てっきりお母さんナイスって言ったのかと思ったよ~」



怖い怖い! そんな不穏な空気を出さないでくれ。

新しい服を着たかったのはわかるけど、今回はしずく母が正しいんだ。

山には危険が多いから、露出は極力控えた方が好ましいんだよ。



しずくの機嫌を損ねるかもという恐怖心を心の片隅に感じた会話を何とか乗り切ると、快晴の空の下、過ごしやすい気温からすがすがしい気分で歩みを進めた。

鳴宮家所有の山までは徒歩五分といったところ。物珍しさから、目線が定まることを知らない。



「なあ、こんな景色独り占めしていいのか?」



「独り占めじゃないでしょ」



そうしずくは言ったのだが僕には意味が理解できていなかった。



「二人占めじゃん! 私の存在消さないでよ~」



「あっ、なるほど。そういう事ね……」



なんだ、ただ自分の存在を忘れたと思ってただけね。

別にそういう意味で言ったわけじゃないから、あんまりツッコまれるとつまらない反応しかできないからできれば辞めて欲しいな。



「そういう事ねじゃないよ~。私だってこんな壮大な景色初めてなんだからさ」



「中学時代とか来てなかったのか?」



「うん。存在すら知らなかったしね」



そういうもんか。

まあ、確かに知ったところで感はあるしな。しずくから行ってみたいとも言いずらいし、中学生じゃ自分たちで旅行するっていう概念すら持ってないだろうし。選択肢になかったのかもな。



「じゃあ、二人で楽しんでいこうよ」



「そうだね~。っていうか、ハルくんなんか張り切ってるの?」



「そ、そういう訳じゃないよ! 単純に久々のお出かけだからテンション上がってるだけだって」



「私と二人でのお出かけが嬉しいって?」



「そ、そんなんじゃないから……!」



「あれぇ? 顔赤いよぉ?」



「うっせ! 暑いからだよ!」



「ふ~ん。こんな涼しい日にね……」



こいつ、なんでこういう時だけ勘がいいんだよ。いつもだったら面倒くさそうな感じで流すところなのに。

現実って甘くないな…………



そうやって僕は無駄な体力を消費してしまった。

若干のため息をつきながら、山のある方角に向かって歩いて行った。



「どうする?」



「ん~、とりあえず海まで行こうよ」



「オッケー! しずく後悔するなよ?」



「しないよ~。そのためにジャージ着てきたんだからさ」



「んじゃ、行くか!」



僕は長旅の一歩を踏み出した。

僕らが山の麓に付くと、そこには道を示す看板があった。こういう類のものは専門家とかが、どこに続いているかをテストして道筋を立てているイメージだ。

そのイメージ通りなら、流石鳴宮家といったところだ。しかもトランシーバーまで準備しているなんて抜け目がない。凄いの一言である。



「ハルくん、勝負しない?」



「なんだよ突然。てか、お前から行ってくるの珍しいな」



「へへっ……たまにはいいかなってね~」



しずくも久々の遠出でテンション上がってたんだろうな。

そう考えると子供みたいで可愛いな……っていかんいかん!

ここでそんな邪なこと考えちゃだめだ。雰囲気が悪くなるかもだからな。



「分かった。それで勝負ってなにすんだよ」



僕がしずくにそう問いかけると、どこか得意げな様子で説明を始めた。



「よくぞ聞いてくれたね! 今回のルールはいたってシンプル! 先に疲れた方が負けにしよ~!」



何か奏真が移ったか?

キャラ変わりすぎて困惑するんだが。これは僕にも手が負えないぞ。

てか、いいのかこんなキャラ変許して。この物語の根底をお揺るがしかねない気がするが……



「おい、それやって大丈夫か? ケガするし熱中症になるんじゃないか?」



「——あっ、確かに」



「お前、考えてから言ってくれよ……」



「でも、飲み物もたくさんあるし何とかなるんじゃない?」



それがフラグにならないと良いけどな。まあ、トランシーバーもあるし何とかなるか。



「分かった、やってみよう。でも無理だけはするなよ」こっちがどんだけ心配してるか

「うん! やっぱりハルくんはそうでなくちゃね~!」



まったく呑気なもんだよ。こっちがどんだけ心配してるか。

コイツといると幼い子供のいるお母さんの気持ちがよく分かるよ……



どんどん体力が奪われていく中、僕らは山道を進んでいく。

僕もしずくも基本的に運動をしないから、体力の器が蟻みたいに小さい。だから、歩き始めてまだ一時間だが、もう息が上がっている。



「しずく、もうギブアップしたらどうだ……?」



「ハ、ハルくんこそ、もう限界っぽいじゃん……」



目が回ってきた。

山道は依然として上りが続いている。整備されておらず、木の根っこが露出していて大股で上がらなければならない場所もある。

しずくも相本が覚束ない様子だし、そろそろ終止符を打つべき場面だと確信した。



「しずく、次の日陰で休もう……」



「えっ、じゃあ私の勝ちってことでいい?」



「ああ。それでいいから、早く休まないと共倒れになる……」



「やった~! 我慢した甲斐があったな~!」



そうしずくは嬉しそうに言った。



しずくが嬉しそうだからいっか。それだけで元気が出てくるよ。



そう思いつつ、ようやく見つけた休憩ポイントで足を休めることにした。

意外にも簡易的ではあるが屋根のある建物があった。おそらくこれも鳴宮家が独自で立てたものだ。流石の僕も、もう驚かなくなってしまった。



「ぷはぁ~、これおいしいな~」



「お前、居酒屋のおっさんかよ……」



「ハルくん、女子にそういう事言うんだ……!」



そう頬を膨らませながら言った。同時に体を近づけてきて、僕の顔を覗き込むように見ていた。

ふと視線が下に向く。そして僕の顔の紅潮はさらに増すことになった。



「し、しずく……お前近いって……」



「だってハルくんが意地悪言うんだもん! 私怒ってるんだからね~」



「分かった、分かったよ、ごめんて……」



「そんなテキトウな謝罪いらないもん!」



はあ……

まったく、しずくのやつこんな距離詰めたら暑いだろうに……



「どうしちゃったんだよ、今日変だぞ?」



「変って、私いつも通りだけど」



しずくはきょとんとした様子でそう言った。



「そうか……まあでももう少し休もう」



「そうだね~」



しずくはそう言うとようやく僕から離れてくれた。

さっきまでの怒ってる様子はどこかに消え去ったようで、いつものしずくに戻った様子だ。

汗を拭いているしずくをなんとなく眺めていた。



なあ、しずくさんや。

ここに二人しかいないからってもう少し気にしてくれませんかね。

長袖の上着とズボンを脱ぐのはいいけど、至る所が汗で透けてるんだよな。首筋から滴る汗といい、僕には少し刺激が強いよ……



「しずく、着替え持ってきていないのか?」



「うん。別に要らないかなって」



いや、どう考えてもこの気温だったら必要不可欠でしょ。



「てか、そのリュックの中に何入ってんだよ」



「えっ、何って必要なものだよ~」



そう言ってしずくがリュックから取り出したものは、あまりにも想像とかけ離れたものだった。



「——お前、これはなんだ」



「何って、おやつだよ?」



しずくはさも当たり前のようにそう言った。

それを聞いた僕は……



「お前、何のために持ってきてんだよ……」



そう、呆れて言葉もまともに出てこなくなったのだった。

僕はため息をつきながら自分んリュックから着替えを取り出して、しずくに渡した。



「とりあえず着替えろよ。僕はちょっと離れたところにいるからさ」



「えっ、でもハルくんの着替えが無くなるよ~」



「いいよ僕は。そこまで汗かいてないから」



「まあ、確かにそうだね……分かった借りるよ~」



「ああ、そうしてくれ。僕は向こうにいるから」



そう言って僕は建物の外に出ると、近くの坂道から周囲の自然を眺めていた。

僕の頭の中はもちろん穏やかで、心臓の動悸も落ち着いている。そのまましずくに対してもいつも通りに接することができる……



待て。あのリュックの中身、あれはなんだ?

普通こういう時って、着替えとかタオルとか飲み物とか、運動に関係あるものを持ってくるもんだと思うんだけどさ。

ポテチにチョコレート、クッキーにサンドウィッチ。なんでこんな食べ物ばっかり持ってきてんだよ。使えるものと言ったらタオルくらいだ。



そう考えた結果、やはり落ち着いてはいられないことが分かった。食べも以外に何もないということは、突然のアクシデントにも対応はできなさそうだ。

少し気を張らないといけないかもしれない。



「ありがとう、終わったよ~」



「おう、じゃあ行くか」



「そうだね~、十分に休めたし」



しずくはそう言うと、再び上り坂を元気に上っていった。

僕の服はしずくには大きいようで、少しぶかぶかの様子だった。

それでも自分のもののように上手く着こなすのは流石今どきの女子といったところだ。不便だと思わせる様子も見せていない。



そんなしずくとふざけながら山道を進んでいく。

さっきみたいに調子乗ってゲームみたいなことはやめて、ちゃんとこまめに休憩を取るようにした。

歩き始めて二時間が経過したころ、ようやく山頂にたどり着いた。



「着いた~!」



「景色最高だな!」



これは来た甲斐があったというものだ。

上りながらも景色は楽しんでいたが、一番高いところからの景色というものは、やはり格別だな。しかも快晴のおまけつき。周囲が一望できる。



「しずく、なにか食べ物ないか?」



昼ご飯は食べてきたが、歩き続けて二時間。流石にエネルギー不足が深刻化していた。だから食べ物を少しくらい恵んでほしかったのだが……



「ないよ~」



「えっ……ないのか?」



「うん。全部食べちゃったしね~」



「嘘、あんな量あったのに……?」



おいおい、リュック一杯にあったあのお菓子を休憩時間だけで食べ切ったのかよ。こいつの胃袋どうなってんだ?

てか、僕大丈夫かな。もう動けないかもしれないんだけど……



「なあ、僕もう動けないかも……」



「えっ、なんで?」



「お腹空いた……」



「なら大丈夫じゃない~?」



しずくのやつ、他人事だと思って……

まあでも自分で何とかするしかないか。



「ねえ、ハルくん」



しずくがそう言うと、どこかのグラビアアイドルの真似事をしだした。



「——お前、何してんだ」



「私なら食べれるでしょ~」



まったく、もっと服を着てる時にやってくれ。

今のままだと冗談って分かりずらいからさ。薄い布でぶかぶかだから隙が多いんだよね。だからボケに聞こえてこないんだよ!



「はいはい、じゃあ早く進むぞー」



「なんで食べてくれないの~?」



「そんくらい自分で考えてくれ……」 



そんなこと聞き返さないでくれ。

これ、人いたら明らかに勘違い案件だよな。よかったよここでしてくれて。

しずくなら人前でやりかねないからさ。



そんなしずくの行動に翻弄されつつも、再び歩みを進め始めた。

今度は下りで体力の消費も上りよりは少なくて済む。だから、同じような距離のはずなのだが半分くらいの時間で山を下りることができた。



「海だね~」



「ああ。海だな」



山から出るとそこは砂浜だった。

オレンジに染まる空の下、永遠にも思える地平線に海が広がっていた。



「綺麗だな」



「えっ、私の事?」



「なんでこの流れでそうなる……」



「ごめんごめん冗談だって」



まったく、風情もあったものじゃないなこれ……

それにしても、ちょっと思ったことがあるんだよ。



「海、怖くないのか?」



「うん~、ちょっとはあるかもしれないけど、全然大丈夫なんだよね~」



普通トラウマになって水すらも拒絶するようになるそうだが、しずくにはその素振りすらない。

山中にも水が流れている場所もあったし、始めに目的地を決めた時も海に行きたいと言い出したのはしずくだった。

正直謎だったのだ。



それから僕らは、砂浜に腰かけると海を眺めながら潮風にあたっていた。






















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