第21話 金持ち

夏休みの中盤、僕はとある豪邸の中にいた。



「なあ、お前の家って本当に家なのか?」



「あんた何言ってんのよ……」



鳴宮は僕の発言を呆れたように聞いていたが、この規模の建物を見たらそう思うって。



「紫音、これ全部鳴宮家の敷地か?」



「うん、そうだけど?」



「今度貸してくれないか? 面白そうなこと思いついたから使いたいんだよな!」



「えっ、絶対嫌なんだけど」



「何でさ。絶対楽しいって!」



お前、なんて要望してんだよ! 



いくら友達でもここは自宅なんだから荒らされたら困るだろ。



「まあ楽しいなら、考えてみるわね……って、なるわけないでしょ!」



「うわっ、紫音がノリツッコミした」



確かに僕も驚いた。鳴宮ってそんなことするキャラなんだって。



「あんたね、そんな事したらお父様が大激怒よ?」



「そんな紫音のお父様って厳しいの?」



「あんたがお父様って呼ばないでよ、気持ち悪い」



「うん、マジでキモいよな!」



「なあ好春、何でそこだけは同調するんだよ……そんなに親友のメンタル崩す気?」



「親友? あれ、変態の間違いじゃないか?」



「どんな間違え方だよ!」



あれ、なんか奏真をおもちゃにするの楽しいな。

やばい、変な癖に目覚めそう……



そんな通常運転の僕らが、なぜこんな所にいるか。それは数日前に遡る。



「ハルく〜ん! 旅行行こうよ〜」



「そんなお金ない」



「え〜ケチ! いいじゃん、行こうよ〜」



「無茶言うなって! いくら仕送りがあるからってそこまでの余裕はないんだよ!」



まったく、なんて呑気なやつだよ。こっちが頑張って節約してる事知らないからそう言うことが言えるんだよな。しずくにも家計簿つけさせようかな……

いいや、そんな事したら毎月赤字だ! そんな危険なことさせられない。



「え〜、行きたい! 行きたい! 行きたい! 遊びに行きたい〜!」



そう、子供のように飛び跳ねながら言った。

しずくのそんな表情を見て笑みが溢れる自分がいたが、無理なものは無理だ。譲れないものがここにはある!



「ハルくんのケチ〜! いいもん、他の人に聞いてみるから。」



「はっ? 他の人ってどういう……」



「ハルくんには関係ないもんね〜」



コイツ、マジで追い出してやろうかな……



僕は少し苛立ちながらしずくの事を見ていた。

それからというもの、しずくは徐にスマホを取り出すとどこかに電話を掛けているようだった。

相手は定かではないが、どうやら本当に旅行の話をしているらしい。

日程、旅費、参加者。諸々の事情を決めているようだった。

僕が一番気になっていたのは旅費の出所だったが、それは親からの仕送りから出すとのこと。それの決定権が僕にある訳もないから、文句の一つも言えなかった。




「それで、いつ行くんだよ」



「一週間後だよ。避暑地でゆっくりするんだって」



「避暑地か。この季節にもってこいだな。」



そうか、しずくは旅行に行くんだな。じゃあその間は手抜きの料理でいっか。たまには一人でのんびりしよう。



「それで、ハルくんは何かしたい事とかあるの〜?」



「何するって、グータラしようかなって」



そんな事聞いてどうすんだ? 自分が行きたい所とか考えとけばいいのにさ。

あいつが僕の心配を? それはないな。だってしずくはこういう時大抵何をしたいかを最優先に考える人だ。

だから僕の事を聞いて来たのは驚いたが、おそらく知りたかっただけだろうな。



「そうじゃ無くて、ハルくんが向こうで何するって話」



「は? え? ど、どういうこと?」



「だから、ハルくんが何をしたいかを聞いてるの!」



な、何を言ってるんだ? だって僕は旅行に行く気なんかないぞ?

お金もかかるし、ゲームもしたいし、のんびりしたいし。何より暑いの嫌いだし。



「何をしたいって、何言ってんだよ。僕は家から出る気ないからな」



「そっか。せっかく紫音ちゃんから、家に来ないって言われてるのにな~」



は? ちょっと本当に話が見えないんだけど……

避暑地? 鳴宮? 家? 何が何だか訳が分からないな。


「ちゃんと説明してくれ。断片的過ぎて何が言いたいのか分からない」



「あれ、私説明してなかったっけ?」



「お前、記憶力捨ててきたのかよ……」



「ハルくんひどいな~。私だって人間だもん!」



別にそんなことが聞きたいわけじゃないんだよな……



僕がそうため息をつくと、しずくは得意げに話し始めた。

聞くと、いつもの3人組で旅行したいと鳴宮に打診したところ、別荘を貸してくれるとのこと。そうすればお金もかからないし、執事やメイドさんがいれば高校生でも安心して過ごせるという訳だ。



「あいつ、本当にお嬢様だったのか……」



そういえば前に馬鹿にしたようなしていないような……

けど、あいつのどこがお嬢様なんだ? 口調も横暴だし、発言も毒まみれだし気品の欠片もないだろ。



「とりあえず、事前にどんな人か見たいから家に呼んでくれって言われたんだよね~」



そりゃそうか。だって、全く知らない男が自分の娘と夜を過ごすなんて、父親からしたら気が気でないだろうな。

ただよかったのは、奏真も来てくれるらしいとのこと。男一人だったら疑わしい目を一身に向けられることになるから、分散されるのはうれしい。



けどな…………

やっぱりお家でゴロゴロしたいな…………



「ハルくん、もちろん行くよね?」



「えー、僕家で――」



僕が否定的なコメントを言おうとすると、しずくが遮るように言った。



「ハ・ル・く・ん? 来ないなんて言わないよね?」



「は、はい……もちろんです……」



なんで僕怒られてるんだろう。別に家でゴロゴロしててもいいじゃん。



僕は少しだけ面倒くさく思っていた。

しかし、しずくの得意技であるしつこさで僕の反抗心は完全に折れてしまった。



「なんでそんなに嫌そうなの?」



「嫌ってわけじゃないんだけどさ」



「じゃあ、なんでそんな気が乗らないような感じなの?」



「えっ、ゲームしたい」



「ゲームならいつでもできるじゃん!」



しずくはそう言うと、勝手に僕の参加を決めて鳴宮に連絡してしまった。

僕のゲーム計画は完全に崩壊を迎えた瞬間だった。



――でもまあ、それだけじゃないんだけどね



そうして今に至る。

僕らはメイドさんの後を歩きながら、規格外の豪邸の中をずっと見まわしていた。

アニメとかでよく見る、高い天井に連なる大きな窓。敷き詰められた赤いカーペットに豪勢な装飾品の数々。鳴宮がお嬢様だと徐々に実感していった。



そりゃ、視線が定まらなくなるわけだよ……



僕はそう呆れていると、先頭を歩くメイドさんの足が止まった。



「皆様、到着いたしました。中に旦那様がいらっしゃいます」



「メイドさん、ありがとう」



鳴宮がそう言うとメイドさんは会釈を返して去っていった。



「お父様。私、紫音ですわ」



「ああ。入りたまえ」

 


鳴宮の声に反応したお父様と呼ばれる男性は、威厳のある様相で鳴宮にそう言った。

僕の中にある緊張感というものが段々強くなっていく。

初めての授業で怖い先生が来た時の感覚に近いような心持ちで、鳴宮が開けた扉の部屋に入って行った。



「やあ、皆さん初めまして。私が紫音の父です」



そう言って立ち上がった男性は気品に満ちた雰囲気が漂っていた。自宅にも関わらずスーツ姿で、白髪でピッタリと決めた髪型に、整えられた髭が印象的だ。



なんか、えらいところに来てしまったんじゃ無いか?

建物を見た時から分かってはいたけど、ここまでレベルが違うとは思っても見なかったよ。



僕は鳴宮父を見ながらそんなことを考えていた。

そんな中で鳴宮父は、不意に立ち上がると口角を上げて僕らに問いかけた。



「——君たち、鬼ごっこは好きかな?」



「お父様、唐突にどうなさったんですか?」



鳴宮がどこか怪訝な様子で父親を眺めていた。

そんな娘の様子に気づく様子もなく、突如テンションを上げて語り始めた。



「鬼ごっこだけじゃない! 脱出ゲームにかくれんぼ。あのアグレッシブさは見ごたえもやりごたえも最高なんだよ! どうだ、やりたくてうずうずしてるんじゃないか?」



あれ、何か思ってたのと色んな意味で違う。どうしようこのテンションの応えられる程、興味ないんだよね。



そう思った僕だったが、ただ一人だけ目を輝かせている人間がいた。そいつは勢いよく喋りだした。



「鬼ごっこですか? 最高っすよね!」



「おー、君には良さが分かるかね!」 



「ええ! 俺大好きなんすよ!」 



あー、なんとなく知ってた。だって自分で勝手に計画して僕らを強制参加させて楽しんでんだもんな。それで嫌いとか言われたら何がしたいのか分からない。



奏真はそのまま鳴宮父と共通の楽しみについて話していた。

僕らはそれを見ていることしかできず、過ごし方を全くつかめずにいた。



「なあ鳴宮、これいつまで続くんだ?」



「こうなったお父様はだれも止められないのよ……」



そう、鳴宮はため息交じりに言った。

僕もなんとなくそんな気がしていて、勝手に覚悟を決めていた。

そしてその予感は的中。そのまま一時間二人の盛り上がりを眺めていた。



「あのー、紫音のお父さん」



「なんだね?」



「私めに、この家を貸していただけませんかね」



奏真がそう踏み込んだお願いをすると、少しだけ鳴宮父の顔が曇ったように感じた。



「——奏真君、本気で言っているのかな?」



「——こんなことで嘘をつく私ではありませんよ」



あーあ、こんな茶番いつまで続くんだろ……

ツッコミ不在だから変な方向にどんどん進んでいくし、だれかブレーキ役を買って出てくれる人はいないのかな。



「——それは、楽しい事なんだろうな」



「——それはもう、楽しすぎで体が痙攣しますよ?」



なんだよそれ。どういう状態なんだ?

楽しすぎて痙攣する……笑いすぎてって事か?

つうか、馬鹿真面目に考えるだけアホだな……

もうやめよう……



「——そうか。因みにだがどんなことを?」



「——そりゃもちろん鬼ごっこですよ」



何が勿論なんだよ……

てか、そんなカッコつけていう事かな。普通の事を普通に言ってるだけなのに。

しかもそんな理由で家を貸すとか馬鹿げてるぞ? 流石の奏真も失礼すぎだ。



「——ほう。それなら許可しよう」



えっ!? 許可しちゃうの? そんな事のために自宅を荒らされてもいいの?

金持ちの発想が理解できないわ…………



「——奏真君、携帯を出しなさい。ラインを交換しよう」



「——そうですか。ではそこで連絡をしあうんですね?」



なんでそんな当たり前のこと聞くん? それ以外にどんな使い方があるん?

それで僕らが思いつかないような奇抜な事でもするん?

はあ……はあ……はあ……

もう疲れたからやめていいかなこれ……



それから奏真は連絡先を交換し、鬼ごっこの開催を約束した。しかも参加者は僕たちということまで勝手に決めていた。



一連の流れが終わり、僕もようやく挨拶を済ませることができ、鳴宮宅を後にした。



その数日後に僕らが別荘にお邪魔したことは、また別の話でお話しすることにしよう。


























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