第20話 俺

僕は病院に到着した後、しずくの病室の前で待っていた。

とりあえず今日は安静にして話はまた明日。気絶から復活したてで状況に混乱しているし、やはり頭と気持ちの整理が必要だと実感した。



しずくの両親にも報告済みで、明日病院に来るとの事。その時に今後について話していこうという流れだ。



「月待ちゃんの様子は?」



ちょうどその頃、海水浴場からタクシーを飛ばしてきた奏真たち三人が到着した。



「寝てるよ。今日は疲れたみたいだ」



「そりゃそうよね。一時は生死を彷徨ったのだから」



鳴宮は唇をかみながらそう言った。



彼女は帰りのボートの中で、「私は何も出来なかった」と何度も繰り返し呟いていたのを耳にしていた。



正直僕にはかける言葉も無かった。だから聞こえていないフリをしたが、悔しさは依然色濃く残っている様だった。



「しずちゃん、大丈夫そうなのー?」



「ああ。メンタルが安定してないだけで、命に別状はないそうだよ」

 


「そっか。それは本当に良かったよー!」



遊馬は珍しく声のトーンが落ちていた。



親友がこんな状況になって、普通でいられる訳が無いんだよな。だから遊馬が沈んでる気持ちもよく理解できるよ。



「とりあえず、お前は月待ちゃんの側にいてやれ」



「そうね。あの子も来栖がいれば安心できるだろうし」



「二人とも……」



僕は二人が素直にそう言ってくれたのが少し嬉しかった。

この手の話は茶化される事が多い。その度に嫌気がさしていた。



「えー、私もしずちゃん見てたいー!」



「あんた子供じゃないんだからごねないの」



「しーちゃんもお母さんみたいなこと言わないでよー」



まったく、親子の会話みたいな事、ここですんなよ。病室の前だから、寝てるしずくに迷惑かかるだろうが。



「うちさ、しずちゃんに対してなにもしてあげられなかった。砂浜の上で見てることしかできなかったんだ。だからさ、今くらいはやらせてよ」



「柚月、あんた……」



遊馬の言葉は鳴宮を納得させるには、十分すぎる効果があるように見えた。

珍しく鳴宮が丸め込まれてる場面をみて、遊馬のポテンシャルに驚いた。



僕はそのまま二人でしずくの部屋に向かうのかなと思ったその時、"ぐるるるる……"という音が鳴った。



「ーー本当、あんた締まらないわね」



「せっかく遊馬良いこと言ってたのに……」



「この場面でお腹が鳴るなんて、笑いの神様が取り憑いてるんだろうな」



僕ら三人は遊馬に呆れた目線を向けた。



「だってしょうがないじゃん! 昼ごはん食べる時間なかったんだから!」



それはしずく云々の前に、あんたら二人が遊び道具持って来たとか言って、勝手に海の家に戻って準備してたらかでしょ。



「自分のせいなんだから、責任転嫁しないの」



「しーちゃんの意地悪! この、馬鹿馬鹿馬鹿!!」



「あなた……本当に高校生よね……?」



確かに、このごね方は幼稚園生か小学生しかしないやつだな。

遊馬、基本的に小学生から成長してないから、真面目な事言っても本当に締まらないんだよ。



「とりあえず、全員でご飯食べ行くか」



「いいの? しずく一人にして」



「うん。今寝てるから、逆に一人にしていいかなって」



「俺らがいると寝付けないかもしれないしな。」



奏真はそう僕の意見に同調した。



空気が一変したのを僕は一人でに感じていた。

人の命が危機に瀕していた。その事実は僕らの楽しげな雰囲気を壊すのに十分すぎる効果があった。

でも、彼女の明るさには不思議な魔法がかかっているような気がしてならない。だって、僕を含めた四人が全員笑顔を取り戻したのだから。



それから僕らは近くのファミレスに入り、各々が各々の食べたいものを平らげた。



「遊馬、もうちょっと抑えられないのか?」

 


「何でよー! 食べたいものを食べたいだけ食べるのー!」



「来栖、無駄よ。この子の食いしん坊っぷりは中学から変わらないもの」



「おいおい、中学の時からこんなんだったのかよ……柚月お前、胃袋どうなってんだ?」



そう奏真は呆れたように言った。



僕も始めてみたけど、少年漫画の主人公並みの食欲と胃袋だよ。出てきた食事を飲み物のように食べ、スリムな体のどこに大量の食べ物が入ってるのか、疑問でしかない。



それからも食欲が止まることなく、ハンバーグに丼もの、麺類などを食べた後にしっかりデザートで締めるという、ちゃんとご飯好きな人の食事だった。



「あ……もう食べれない……」



「もう食べなくていいから……」



まったく、どこまで食い意地張ってるんだよ。

何回店員さんが皿を片づけに来て、食事を運びに来たことか。

始めは笑顔で接客してくれてたけど、だんだん笑顔が困惑に変わって、しまいには驚嘆していたな。



「ちょっと休ませてー」



「ああ、じゃあ三十分くらい残るか」



遊馬はそう提案してきた。僕らも苦しそうな遊馬を見て諦めたように同意した。

時間の経過は早いもので、適当な話をしていたらに十分が経過していたのを時計で確認した。



「ちょっとトイレ行ってくるな」



「待って、僕も行くから。二人荷物番任せるね」



「ええ。いってらっしゃい」



僕と奏真は席を外してトイレに立った。

ファミレスの構造上、トイレが他の階にあるため、外に出なければいけなかった。



その道中、不意に奏真が目線を止めた。



「先トイレ行ってて。そこに知り合いいるから話してくるわ!」



「ああ、あの運転手ね」



「そう。だから先帰っててよ」



「うん」



奏真はそう言うと足早に階段を下りて行った。

僕はそのままトイレに向かい用を足すと、そのまま階段を上がっていった。



そしてそのまま席に戻ろうとファミレスの取っ手に手をかけた瞬間、建物の下から怒鳴り声に近い大声が聞こえた。



「お前ふざけてんじゃねえぞー!!!」



おいおいおい、どうしたんだよ奏真。お前がそんなキレることなんか無いじゃないか。



僕は嫌な予感を察知して階段を急いで降りた。

道路に出ると、奏真が運転手の胸ぐらをつかんで、その場が修羅場と化していた。



「ちょっと、奏真のお友達さんですよね。お願いですから止めてください」



「えっええ……」



僕は状況を理解できずにとりあえず奏真をなだめた。

しかし奏真はヒートアップしているようで、中々僕の話を聞こうとしない。

そこで僕は手を止めた。諦めたわけではなく、話を聞くという方向性にシフトしたのだ。



「なあ、なんで手を止めたんだよ!」



「止める前に。まず状況と経緯を聞かせてくれ」



「そ、それなら、まあ……」



目の前の運転手の付き人は、少しずつ話を始めた。



数分前。



奏真は運転手に話しかけた後、さっきのしずくの件の話を始めた。

状況はどうだったのか、三人の反応はどうだったのか、船上での三人を報告のような形でやっていた。



「その時から、徐々に奏真の表情が曇り始めたんだ」



「それはどうして?」



「運転手のあいつの言葉に引っかかったみたいでよ」



「引っかかった?」



「ああ。月待さんいたっしょ? あいつあの子が生死をさまよったにも関わらず、ふざけたこと抜かしやがったんだ。さすがに俺も友達辞めたくなったぜ」



「聞かせてくれ! なんて言ったんだ!」



「落ちたのはあの女のせいだ。あの女が運動神経悪いからああなったんだろ? そんなどんくさい女だったら、始めっからボート乗らせんなよな。」



「そんな感じだったな」



「他には何か言ってたか?」



お腹から何かが湧き上がってくるような感覚があった。



「胸が大きいとか、ヤってみたいなとか。そんな感じだな。とりあえず警察が来る前に止めてくれ! 奏真が捕まるのは嫌だからな」



「——ああ、そうさせてもらう」



「ん? どうした?」



「いいから、そこで待ってなって」



僕の眉間のしわは、もうこれ以上ないほどに出来上がっていた。



「奏真、一回辞めろ」



「あぁ!? いいから黙ってろ!! これは俺の問題だ!」



「違うな、これは僕らの問題だ。だから、一回下がれ。引き継いだるよ」



「——頼むぞ。手加減したらお前、一生許さないからな」



「——僕がそうすると思うか?」



僕がそう言うと、奏真は僕の顔を覗き込んで、少し笑って言った。



「ふん、無いな――じゃあ頼んだ。先戻ってるぞ」



「——ああ、そうしとけ」



さあて、周りには目の前のゴミと奏真の友達が一人————という訳でもなさそうだな。



「クッソ、なんだよあいつ。いきなりキレやがって」



「よお、お前名前なんっつうんだ」



「ああ? いきなりなんだよ。名前? 翔だよ。ったく面倒くさいな……」



「悪いな。僕……いや、俺は今虫の居所が悪くてね。なんでか知ってるか?」



「はあ? 知るわけないだろ? ってか、お前誰だよ」



「俺の名前は好春だ。まあ、別に名前なんて覚えなくていいな」



俺がそう言うとこいつは、困惑したように僕の横をすれ違おうとした。

その時僕はあることをそいつの耳元で呟いた。そしてそのままそいつに笑いかけた。



「おいてめえ、誰に向かって言ってんだ!」



「えっ、自分の事を強いと思ってる雑魚に」



僕が冗談半分でそう言うと、翔の顔の色が変わった。



「誰が雑魚だって? お前ごときが俺に勝てると思ってるのかよ!」



あーあ、そんな負けフラグ立てちゃうのかよ……

ったく、つまんねえな!



「ああ、勝てると思ってるな」



「てめえ、なめてんじゃねえぞ!!」



おいおい、今度は雑魚の典型的なセリフ吐くのかよ!

もっと俺のモチベーション下がるじゃんか!



「だって、お前じゃ相手にならないし、周りにいる大人たちだって全員雑魚だろ? 早くかかって来いよ。ひよってんのか?」



「なんでそれを知って……」



「お前、俺を馬鹿にしすぎだ」



だから奏真を帰したってのもあるし。あいつも喧嘩は強いけど、この量は絶対勝てないからな。



「おい! お前ら出てこい! こいつをやってしまえ!」



コイツの一声であらゆる路地という路地から屈強な男が出てきた。



「へー、意外と多いのね」



「どうだ、ビビったか?」



「いいや。だってどうせ雑魚だろ。塵積もにすらならないだろ」



「だってよお前ら。やってやれよ!」



「こいつ散々コケにしてくれるな。さすがに馬鹿にしすぎだぞ?」



「でも、事実だろ?」



「まあ、悔しいがそうだな。いくら束になってもお前には勝てんだろうよ」



「おい、認めちゃうのかよ……」



ありゃ、意外と素直だったな。

なんでこんな器の人たちがこんな雑魚のもとについてるんだ?



「こいつ、金だけは持ってるからな。うちの組も儲けなきゃやってけねえんだ」



「世の中も世知辛いな」



「ああ。こんな奴のもとに付きたくねえよ俺らだって」



「だよな~。こんな扱いされたくないもんね」



「お、おい……」



「本当だよ。だってよ、今日だってあいつの護衛っつって朝早くから呼び出されてんだぜ?」



「えっ、あんな雑魚の護衛? そんなつまんないこと朝からやってんの、馬鹿らしくね?」



「おーい、俺の話……」



翔は何かを言いたがっていたが、俺らの耳に届くことは無かった。



「マジでやめてえ。周りの奴らも、この仕事やりたがらねえんだ」



「もう帰らねえか? 家帰って好きなことした方がいいだろ」



「確かにな……よし! お前ら帰るぞ!」



「いいんすか、兄貴」



「いいんじゃねえか? だってこんな仕事つまらんだろ」



「ええ。早く辞めたいっす」



「だったら、もうやめちゃおうよ」



「はい! じゃあ組長のとこ行ってきます!」



「よし! じゃあ俺もついてくな。お前も気を付けて帰れよ!」



「ああ。ありがとな」



俺はそのままやくざの皆と別れようとした時、隣で大声を出す男がいた。



「いい加減俺の話を聞けよ!」



「ああ、ごめん存在忘れてた」



「て、てめえ……! お前らもなんでやっつけないんだよ!」



「言ってんだろうが! 俺らで相手できる相手じゃないって。そんな事言うならまずあんたからやってくれ」



「分かったよ……」



えっ、このまま戻れる流れじゃないの?

せっかく面倒くさいことに巻き込まれずに済むと思ったのに……


 

「言っとくけど、お前には手加減しないからな」



「いいよ別に。俺だって弱いわけじゃないんだからな」



「あっそ。別にどうでもいいけど」



俺の心には今までにないほどに炎が灯っていた。

さっきまで収まりつつあったものが、再燃した瞬間だった。



「さっきの言葉、忘れてんじゃねえだろうな」



「あ、ああ。も、もちろんだよ……」



「それならいい。早くかかって来いよ。こっちだって時間ないんだから」



もう十分経ってるよな。遊馬の休憩時間も終わってるかも。



「俺だって、喧嘩の強さには自信があるんだ! あんま舐めてっと痛い目見るぞ!」



そういった翔は殴りかかってきた。

数メートルの距離を詰めるために、走りながらこぶしを向けてきた。

でも、そんな弱々しいパンチに臆するわけもなく、表情一つ変えずに避けた。

その後も幾度となくよけによけて、こいつの体力を奪っていった。



「な、なんで当たらないんだよ……」



「えっ、お前が雑魚だからでしょ?」



俺はそうはっきりと言い放った。



「馬鹿にするなー!!」



「だったら、強くなれよ」



俺はそう言って、殴ったこぶしを左手で受け止めると、そのまま路地の方に飛ばした。

翔は情けない声を上げながら飛んでいった。

とりあえず屈強な人たちを帰した後、俺も路地の方へ歩いて行った。



「お前、何者だよ!」



「——ただの元不良。柔道有段者という特典付きのね」



「そんな訳ない! なんでそんな尋常じゃない強さ持ってんだ!」



「——才能じゃね?」



「この生意気なクソガキ……」



「——うっせえよ雑魚」



「なんだと……!?」



このひれ伏す顔がたまらんな……

俺が何でこんな闇を抱えてるかって?

簡単だよ。しずくがやられて黙っていられなかったから……

と言えば聞こえはいいけど、本音を言うとあの言葉を聞いてプッチンって血管が切れたような感覚がしたからだな。

あとは普通に昔の血が騒いじゃったってやつだ。



「——これ以上調子乗ったら殺すぞ?」



俺はさらに顔を近づけて、脅すようにそう言った。



「ひ、ひい…………」



翔は怖気づいたように、消えそうな声でそう言っていた。

俺はその声を聴いた後、そいつに背中を向けてファミレスに戻った。

もちろん翔は不意打ちをつこうとしたが、それでやられる俺じゃない。

軽く背負い投げを決めた後、そいつを放置して今度こそファミレスに戻っていった。



――次、あいつにひどい事言ってみろ。次は本気で殺しに行くからな



俺はそう心の内で決意を固めた。

それから、目的の建物の方角に歩いていくと三人が神妙な面持ちで待っていた。



「おせーよ」



「すまんすまん」



「それで? 終わったの?」



「まあな。ちょっと無茶しかけたけど」



「へー、なんか、あんたの見方変わったわよ」



鳴宮は僕を見ながら、少し口角を上げてそう言った。



「陰キャで、なにされても何にも言わないやつだとでも思ったか?」



「まあね。ちょっとそう思ってた。だからしずくとも平和に過ごせてると私の中で結論付けてたのよね」



残念でした。僕はそこまで我慢でいるような利口な奴ではないんですよ。



「ちょっとがっかりしたか?」



「いいえ、見直したわ。あなたにもちゃんた考えがあるって分かったから」



「それならよかったよ」



そう言われた僕も、釣られて笑っているのが分かった。



「すごかったよねー。ヨッシーってそんな強かったのー?」



「えっ、見てたの?」



僕がそう言うと、他二人が慌てた様子で遊馬の口を塞ごうとしていた。



「——とりあえず三人の記憶を消していいかな?」



「怖い怖い! ったく、柚月の馬鹿野郎……!」



「なんで? 思ったこと言っただけじゃんー!」



「そうなんだけどね……?」



まったく、本当に何でこうどうでもよくなるんだろうな。

まあ、それが遊馬のいいとこなんだろうね。ちょっと羨ましいよ。



「もういいよ。とりあえず病室戻ろう」



「だな。月待ちゃんも待ってるだろうしな」



奏真は僕の声に同調した。

そしてそのまましずくの待つ病室に戻っていくのであった。


















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